第30話 決意
それから数日して。
俺は、王都の門の前に立っていた。
フランとエリザベス、フルーにエルンスト、アルフレッドとアン……。
彼らが俺の前に立って、惜しむように悲しんでくれている。
「さびしくなりますね」
エルンストが涙を拭きながら笑った。
俺は今日、この国を出る。
◇
今から遡ること数日前。
俺とフランとエリザベス、そしてエルンストの4人で茶会をしたことがあった。
もっとも、俺はむりやり連れてこられたようなものだったが。
「あの時はありがとうございます」
エルンストが丁寧に頭を下げる。
「いやいい。あくまで俺のためだからな」
しかしエルンストは純粋な目でこちらを見つめてくる。
元々エルンストに恩を売ろうという思惑だったので、うまくいったのは確かに嬉しいのだが、ここまでしたわれると少々罪悪感がわいてくる。
助けを求めてフランに目くばせをするが、彼女はなんでもないように俺の視線をいなすばかりだ。
婚約者だった頃は良い印象を持っていなかったが、現在はずいぶんと克服したようだ。
今はエルンストの全面的な味方になるつもりらしい。
俺は彼女を「最初はお前も乗り気だったろう」と恨めしそうに睨んだ。
……もっとも、逆恨みにすぎないとは、俺自身理解しているのだが。
「いいえ、僕は貴方に助けていただきました。あの時の世間を知らなかった僕を助けてくれたのは、セーレ殿、貴方です」
エルンストが光に満ちた、しかし凛とした目で俺を見上げる。
「…………そうか」
それだけ言って、俺は彼から目をそらした。
あまりに真剣なその目線が、どうにもまぶしかったのだ。
「いやはや、青春だねえ」
エリザベスがフフフ、と怪しげな笑い声を上げる。
それだけなら若者をまぶしく思っている発言に聞こえるが……。
(絶対楽しんでるだろ……!)
エリザベスの目が好奇心に光るのが見えた。
間違いない。俺が困っている様子を楽しんでいる!
(ここは……)
エルンストを見る。
とてつもなく純粋なその目はほほえましいものだが、それが俺に向けられているとなれば話は別だ。
エリザベスを見る。
明らかに現状を楽しんでいて、助け舟は期待できそうにない。
最後にフランを見る。
我関せずといった様子で、とくに助けるつもりはなさそうだ。
(仕方ない、か)
「……お前の助けになれたようで、よかった」
歯の浮くような台詞を、と、自分でも思う。
しかし、エルンストが引いてくれるような言葉がこれ以上出てこなかったのだ。
捨て身の策が功をそうしてか、エルンストは満面の笑みを浮かべながら机にある紅茶を飲んでいる。
とりあえず、さらに感謝を繰り返されるということはないだろう。
「ところで」
エリザベスが食べていたサンドウィッチを飲み込んだ。
普段の言葉遣いや人柄もあってどうにもガサツな印象がぬぐえないが、こういった時の食べ方は大変丁寧で、彼女も上流階級のひとりであるのだと再認識させられる。
「これから、アンタはどうするつもりなんだい?」
エリザベスだけでなく、エルンストとフランまでもが気になるようで、じっと俺の瞳を覗き込んでくる。
俺はというと、ため息を吐きたいのをなんとか必死にこらえていた。
(エリザベスめ……お前は絶対知っているくせに……!)
2人には伝えないつもりだったのだが、このような状況ではそれもできないだろう。
きっとエリザベスも俺を思いやった上でこのようなことをしたのだろうが……。
俺は決心して、口を開いた。
「旅に、出ようと思う」
エルンストとフランにとっては寝耳に水だったようで、目を大きく開きながら硬直してしまっている。
確かに彼らにとっては、突然妙なことを言い出したとしか見られないだろう。
しかし、俺としてはずっと考えていたことだった。
そもそも反乱などという大それた方向にずれていってしまったものの、元々は旅に出るのが目的だったのだ。
それが、アウグストの妨害によりギルドや店が使えないなど出鼻をくじかれた結果、この形に収まった、ただそれだけなのである。
だから、この反乱が終われば旅に出るというのは初めから決めていた。
(……それに、俺の身体についても気になるしな)
ネフィリムへと変化したアウグストの、すべてを金へと変えてしまう攻撃。
あれを受けてもなんの変化もなかったというのが気になる。
一応手紙を実家によこして確認したのだが、あちらもまったく検討がつかないといった様子だった。
後は、手がかりを探すしかないだろう。
「あのバカ貴族たちのせい……?」
フランが悲しげにつぶやくのが聞こえた。
彼女が言う「バカ貴族」とは、自分の娘を娶らせようと必死だった一派だろう。
俺が勇者であり、同時に反乱の象徴である事実に政治的価値を感じる者は多い。
そこで、己の娘と結婚させることで、その権力を自分の家のものにしてしまおうとしていたのだ。
「別に、そういうわけじゃないさ」
少しだけ嘘をつく。
別にあれがなくとも、遅かれ早かれ旅には出るつもりであった。
しかし、彼らの存在によって旅をはやめることにしたのは事実だ。
だがそれはフランのせいではない。だから彼女が自分を責める必要はなにひとつないのだ。
「何、二度と会う気がないわけじゃない。アウグスト派の貴族がいたら、こっちへ連れ出しにきてやるよ」
病室にいたとき、人づてで聞いたのだが、アウグスト派に属していた貴族の多くが捕縛されたのだとか。
その中でも悪事を共に働いていた層は投獄され、そうでない者たちも、アウグストの実態をしって多くがエルンスト派に組した。
全員が、というわけではなく、逃げられた者もいるのだが、それらは追々捕まえていく予定らしい。
逃げ出した層の多くはアウグストと一緒に悪事を働いていたとのことなので、俺も手伝う予定だ。
「……わかりました」
エルンストがさびしそうに笑う。
そこからの茶会は、すこし物悲しい空気がただよっていた。
◇
彼らに見送られて、俺は王都の門を出る。
半ば押し付けられるような形で結構な金貨を貰ってしまったので、財布をつるした腰が少し重い。
ここから国境近くまでは馬車を乗り継いで、それからは気ままに旅をする予定だ。
天気は晴れ、澄み渡るような青空に、純白の雲がのどかにゆらめいている。
旅立ちにはぴったりの天気だ。
門出を祝福するように、あたたかい風が頬をなでた。
「……ところで、お前はなんでついてきたんだ?」
さも当然といった様子でついて来るフランに一言。
今までの彼女は俺の監視のためについていたが、今はそういった必要もないはずだ。
しかし、
「ついていきたいからついていくの! それだけじゃ不満?」
と頬を膨れさせたのを見て、思わず吹き出してしまった。
「あー! なによ! バカにしてるでしょ!」
「いやいや、そんなことないさ」
やわらかい風に揺られて、草が静かにざわめいている。
さて、これからどこへ行こうか。
閲覧、ブックマーク、評価などをしていただき、誠にありがとうございます。
皆様のおかげで、日々更新を続けられると言っても過言ではありません。
さて、ここで第1章完結とさせていただきます。
しばらくの間は、1.5章といった形で旅の様子を短編形式で書いていく予定ですが、すこし不定期になるかもしれません。まことに申し訳ありません。
長い間、拙作を見ていただきたいへんありがとうございます。
縁があれば、また見ていただけると幸いです。




