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第29話 戴冠と審判

 俺たちは、半ば連れ去られるようにしてリブラ教の大聖堂に来ていた。

 ここが、戴冠式の舞台になるのだという。

 大理石でできた巨大な建築物は圧巻で、かつて遠目で見たときとは比べ物にならない。

 いくつもの尖塔が空を突き刺すようにまっすぐと伸び、巨大な入り口から礼拝堂へ向かう多くの見学客の姿が見える。

 今までは王族と関係者のみの参加となっていたが、今回は民衆の力も大きいということで、一般公開もされることになったのだとか。

 これがエルンストの提案だというのだから、彼の成長ぶりには驚かされる。


 関係者用に別途用意された入り口から中に入ると、そこには巨大な空間が広がっていた。

 大聖堂らしい大聖堂、と言えばいいのだろうか。

 小さな屋敷なら入るのではないかと思ってしまうほどの高さの礼拝堂を支えるために、何十もの大きな柱が列をなす。

 それぞれに聖人たちの小さな彫刻が彫られており、リブラ教の世界観が一目みて把握できるようになっている。

 奥、司教側の壁には、リブラ教がもっとも崇拝する対象であり正義と裁判の女神、リブラの降臨を描いたステンドグラスがはめ込まれている。

 そこからさまざまな色に染まった光が漏れ出し、巡礼者を幻想的な世界にいざなう。

 俺もまたそのひとりだ。もっとも、リブラ教には入っているだけで、信者としては失格もいいところなのだが。


(……だが、少しでも信じてたらきっと熱心な信者になってたな)


 そう思ってしまうくらいには、その光景は威厳に満ちていた。


 フランと共に関係者席に――一般公開されているため、その辺りは分けているらしい――案内されながら、大聖堂の中をキョロキョロと見回す。

 一般席と関係者席、そしてエルンストが歩くのだろう、真ん中の部分が細い綱で分けられており、万が一の事故が起きないように騎士が警備の任に就いている。

 知り合いの姿を見つけたらしい、フランが誇らしげで、同時に悔しそうな顔をした。

 父が騎士を務めたこともあると聞いていたが、彼女自身にも騎士に対するあこがれのようなものがあったのだろうか。


「静粛に」


 あらかじめ所定の位置についていた司祭が口を開く。

 白いあご鬚をたたえた、まさしくといった姿だ。


「これより、エルンスト第七代シュヴェルトヴェヒター王国国王の、戴冠式を始める」


 入り口から影が差した。


                  ◇


 エルンストがゆっくりと、そして民衆を見回しながら歩く。

 国民の反応は黄色い声をあげたり、雄たけびをあげたりとさまざまだ。

 それらにエルンストは微笑んで手を振る。

 その姿は、国王にふさわしい、堂々としたものだった。

 やがて司祭の下に辿り着くと、両手に冠を持った司祭にひざまずく。


「エルンスト・フォン・シュヴェルトヴェヒター」

「はい」


 司祭の声に、エルンストが応えた。

 凛とした声だった。


「汝、リブラの加護を受けし者なり。正義の守護者なり。汝が(まなこ)は何のためにあるか?」


 エルンストが答える。


「我が眼は国を見渡すためあり」


「汝が手は何のためにあるか?」


「我が手は正義の剣を取るためにあり」


「汝が足は何のためにあるか?」


「我が足は正義を至らしめるためにあり」


 問答が続く間に、司祭のかたわらに数人の司祭が近づいてくる。

 彼らは香油壷を手に持ち、エルンストの全身にそれを塗っていた。

 のどの奥まで、ぴりぴりとした静寂が響きわたる。

 時間から放り出されるような感覚。

 しかしそれも終わりへと近づき、ついに最後の一節を残すのみとなった。


「――汝が(からだ)は、何のためにあるか?」


 エルンストがゆっくりと目を閉じる。


「……我が躰は、民草(たみくさ)の守護のためにあり」


 瞬間、貴族たちの間に動揺が走った。

 しかしそれは悲観的なものでなく、より前向きな驚きといった様子だ。


「……さっきの宣言は、本来違うものなの」


 どうやら表情に出ていたらしい。

 フランが俺の疑問に答える。

 もちろん、静かな空間に響かないよう、ささやき声で。


「『我が躰は正義の守護のためにあり』……今までの国王は、みんなそう言っていたと聞くわ」

「なるほど、そこをエルンストは変えた……」

「ええ、今までは貴族しか参加してなかったから、国民の多くが知らないのもムリはないわ」


 先ほどエリザベスに聞いたのだが、この貴族は皆親エルンスト派らしい。

 志が同じとは限らないが、少なくとも否定的ではないのだろう。

 先ほどの動揺が前向きなものだったのはそのためだったのかと、俺はひとり納得していた。


 どうやらそれは司祭も同じだったらしい。

 一瞬だけ身体をこわばらせると、すぐに今までと同じ、威厳に満ちた雰囲気へと戻った。


「……汝が宣言、しかと聞き届けた。汝、リブラの加護を受けし者なり。正義の守護者なり。汝が正義に、この冠を授けよう」


 司祭がよく響く声でそう宣言すると、エルンストの頭に冠を置いた。


 ……遠くからパチパチと、手を叩く音がする。

 一般席のほうからだ。

 拍手はやがて2人、3人……と増えていき、やがて一般席の者全員がするようになった。

 それから一拍置いて、貴族からも手を叩く者があらわれる。

 エルンストの即位を祝福する拍手は、大聖堂中に響き渡った……。


                  ◇


 場所を玉座の間に移して、今度はアウグストへ処罰を下す時間がはじまる。

 戴冠式とは違い、こちらは一部の関係者のみの参加となっている。

 一般市民と貴族の多くは公開形式での断罪を望んだのだが、エルンストがそれを許さなかったのだ。

 騎士たちから引きずられるようにして、アウグストが玉座の間に入ってきた。

 彼は己の無実を証明しようと口を開くが、周りの厳しい目を見て頭を下げる。

 エルンストはと言うと、眉間にしわを寄せながら、目を堅く閉じていた。

 騎士たちによって、アウグストはむりやりひざまずかされる。


「な、なにをする! 儂はこの国の王であるぞ! 無礼者どもめ!」


 アウグストが肩をわななかせる。

 しかし周りの反応は薄い。

 それに覚えたものは怒りか、あるいは恐怖か。

 そんなことは知るよしもないが、彼は横の騎士たちに向かって叫んだ。


「グズグズするな! はやくこやつらを捕まえろ!」


 しかし騎士たちは反応しない。

 当たり前の話である。彼はもはや王ではないのだから。

 ……とはいえ、この様子だと即位について知らされていなかったのだろう。

 そう思えば、彼が王としてふるまうのも当然の行いだ。

 俺は確かにアウグストに被害を受けたひとりだが、他の者と比べるとその程度は小さい。

 だからだろうか、真実も知らずにかつての権威を振り回すこの男が、とても悲しいものに思えた。


 あまりの反応の無さを見て、さすがになにかがおかしいと気づいたらしい。

 アウグストは、エルンストの方を向いて、


「エ、エルンスト! 儂は今までお主を育ててきただろう? その恩を今返すときが来たぞ!」


 と言った。

 しかし、エルンストは目を閉じたままだ。

 アウグストの顔が一気に青ざめたものに変わる。

 エルンストが即位したのだと気づいた……わけではなさそうだが、この場でもっとも力を持っている人間はだれか、という点については正しく理解したようだ。


 それからしばらくの沈黙をおいて、エルンストが目を開く。

 その瞳は悲しみと失望と、そして愛情に満ちた、非常に複雑なものだった。


「……アウグスト・フォン・シュヴェルトヴェヒター」


 よく通る高い声が、玉座の間に響き渡る。


「今まで、お主は罪なき国民をだまし、奪い、私欲のために利用してきた」


 アウグストの顔がさらに青ざめる。


「聞いてくれエルンスト、わ、儂は」

「黙れ」


 アウグストは、信じられないものを見るような目でエルンストを見た。

 思わぬ答えに言葉を失っているらしい。


「これ以上の狼藉(ろうぜき)は、王族の身として許してはおけぬ。……二度と国を乱さぬよう、地下牢に監禁する」


 沈黙が場を支配する。

 アウグストはというと、現状についてこれていないようだ。


「……連れていけ」


 エルンストが騎士たちに命令する。

 硬直したままのアウグストは、そのまま騎士たちに引きずられて玉座の間を去っていった。


 重い扉がバタンと閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ??? もはや訳が分からない、アウグストは26話で黒い魔力に貫かれてネフィリムになって、 28話で倒された(塵になって死んだ)筈なのに生きているのか??? そもそも26話で黒い魔力が槍…
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