第27話 強欲の果て
ネフィリムがグン、と姿を消し、俺たちの後ろに姿を現す。
その1本の腕と2本の足で目の前にいる人間を引き裂こうとし――。
――俺たちはそれを切り落とした。
俺はナイフで、フランは剣で刺してそのまま切り払い、エリザベスは獲物を斧に持ち替えて押しつぶすような形で叩き切る。
エリザベスと共に【鑑定】を発動し、ネフィリムの動きが読めるようにしていたのだ。
ネフィリムが驚いたように跳びあがり、俺たちから距離を取る。
「さっきより弱くなっているようね」
「魔力そのものらしいからな。奴にとって魔力が減るという事は筋肉をもがれるのと同等ってことだ。まあ、当たっているかは五分五分だったが」
「嘘をおっしゃい。アンタのことだし、どうなるのかくらいわかってたろ」
俺の軽口に、エリザベスがすかさずツッコミをいれる。
それにつられたのか、フランもおかしそうに笑い出した。
普通であれば緊張感がないと怒られてしまいそうなものだが、俺としてはありがたい状況だ。
少なくとも、軽口を叩けるくらいには心に余裕ができたのだから。
「……魔力量がずいぶんと減っているね。アンタ、どんだけ無茶をしたんだい」
「? そうか? 俺としてはそこまで減らせたとは思っていないんだが」
「そりゃあアンタがバケモノじみているだけだよ。……そりゃ、こんなとんでもない人間だったら、倒せるだなんて言い出すね。アタシもまだまだってことか……」
「俺の才能を最初に理解してくれたのはエリザベスだろ? その言葉のおかげさ……さて、来るぞ」
ネフィリムの全身が裂けはじめる。
その身体が八方向に伸びた真っ赤な肉の塊へと変化したと同時に、その断面から無数の棘が飛び出してきた。
「……! 避けろ!」
俺の言葉を受けて、2人がそれぞれ別方向に跳ぶ。
俺はその場でかがみ込み、敵の攻撃をいなした。
棘と本体の間には粘着質な細い糸が通っており、本体と相まって蜘蛛の巣のような姿になっている。
本体から糸に光が届き始めると、すぐに電撃へと変化した――!
――『憤怒の奔流』――
「詠唱なしかよ!」
部屋中を電撃が覆い、そこにいるすべてへと襲い掛かる。
(まずい! このままだと飲み込まれる……!)
「セーレ! 結界を貼るわ、手伝って!」
「ああ、わかった!」
「ありがとう、エリザベスさんも!」
「あいよ」
すぐにフランの元へと駆け寄り、彼女の肩を持ちながら魔法を唱える。
「我、汝に宣言する、汝、その魔力を白日の下へ晒せ! 『魔力増強』!」
「『マジック・アップ』」
「我、汝に宣言する! 堅牢なる壁よ、我が敵から我らを守れ! 『不屈の城壁』!」
フランの背後に、魔力で構成された巨大なゴーレムが出現する。
それが俺たち3人をかばうために身体を動かしたのと同時に、電撃が一斉に襲い掛かってきた。
攻撃の度崩壊しそうになるゴーレムを、フランが魔力を使って必死に維持している。
「ここまでやってもらったのに、たった一撃で壊れそうになるなんて……!」
フランが冷や汗をかきながら悪態をつく。
ネフィリムの攻撃は苛烈そのもので、ゴーレム越しだというのにその衝撃波がこちらにまで届くようだ。
……どれだけ尋常ならざる力を持っていたとしても、生物であることには変わりない。
ならば待つことさえできれば、勝機はあるはずだ。
ビリビリと肌を走る緊張感に拳を握りながら、俺は攻撃の波が引くのを待っていた。
壊れそうになっては治し、治してはネフィリムの攻撃で壊されそうになり……。
しかしやがて、その応酬も終わる時がくる。
ネフィリムの動きが、少しだけだが遅くなったのだ。
(今だ……!)
俺はゴーレムの腕の隙間からすり抜けるように、ネフィリム目掛けて一直線に飛び出す。
突然の攻撃に対応しきれていないようだ、ネフィリムの動きは鈍重そのものだ。
反撃の機会を与えてはまずいと、左胸の辺り、心臓があるであろう所にナイフを一思いに突き刺す。
すべての光を飲み込むかのごとく黒々としたナイフは、ネフィリムの土気色の肌へと吸い込まれるように刺さった。
――ァァア! アアア! ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!!!!!――
ネフィリムがおぞましい絶叫を上げながら四肢を振り回して暴れまわる。
そろそろ振り落とされかねない。俺はそのやせ細った身体を蹴って元の場所へと戻った。
ゴーレムはいつの間にか消滅しており、フランは疲れ果てながらも、エリザベスは闘志を宿した目で武器を構えている。
「かなり消耗しているようだね。あと一息だよ」
「ああ。……だが、ここからが本番だ」
ネフィリムの一本になっていた腕が裂け、真っ赤な肉が痛々しく千切られていく。
背中から、翼のような形をした金の結晶が生えてくると、それに呼応するかのごとく、2つに分かたれた腕が輝いた。
その手で近くに倒れていた柱を持つと、大理石でできた柱が凍っていく水のように金へと変化していく。
「な、何! なんなのよアレ!?」
「話は後だ! あの腕には当たるなよ、あの柱みたいになりたくなければな!」
目の前の異常事態に、理解はできなくとも危険なものであると理解したらしい。
フランは困惑しながらも必死に首を振る。
「それで、どうするんだい!? これじゃあ簡単に近づけないよ!」
ネフィリムが腕を四方八方に振り回しているのが見える。
その腕が当たるたびに、周囲の物体が金へと変化しているようだ。
おそらく、というよりほぼ確実に、あの手に触れてしまったものすべてが金へと変わってしまうのだろう。生物すらも。
そうなってしまえば簡単に近づけるものではない。
「……フラン、エリザベス。なんでもいい、あいつにデカい何かを投げつけてくれ。俺が隙を見てに入る」
「でも、それって……!」
「大丈夫だ。安心しろ」
嘘だ。全然大丈夫なんかじゃない。
近づくこと事態が難しいうえに、万が一入ったとしても当たってしまう危険性がある。
しかし、これは俺がやるしかないだろう。
このナイフをうまく使えるのが俺しかいないというのもあるが、それ以上に俺より多くの魔力を持っている人間がいない。
おそらく、許容できる量が多いのも。
そう考えると、もし俺が動かなければこのまま負けてしまうか、良くても2人が犠牲になって封印するしかなくなってしまうだろう。
だから、俺がやらなければならないのだ。
「……やらせてくれ、頼む」
「……いいわ。でも約束、絶対に死なないでね」
「ああ」
フランが真剣な目で言った。
俺はそれを直視する勇気がなくて、目をそらしながらも答えた。
「そろそろ、行く」
「おう。……死ぬなよ」
「……」
エリザベスにまで言われてしまった。
ここまで来ると死ぬわけにはいかないだろう。
俺はあまりの期待の重さに苦笑しながら――ネフィリム目掛けて走った。
――ァァァァァアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!――
ネフィリムが叫びながら両手に持っている黄金を投げつけてくる。
それが俺に当たるかと思った瞬間――。
「そうはさせないわ!」
フランが手に持っていた剣で黄金を突き刺す。
弱点に当てたようで、巨大な塊だった金は、あっけなく粉々に砕け散った。
もうひとつ飛んできた黄金も、エリザベスがハンマーを持ってバラバラに叩き割る。
俺はその隙に懐へと飛びこみ、そのボロボロの膝に足をかける。
ネフィリムもその触覚で俺の存在に気づいたようだ、両手を勢いよく膝へと叩きつけようとする。
「だが、遅かったな」
当たる前に、俺は膝を蹴り上げて再び胸の前へと跳びあがっていた。
そこからさらに首まで跳ぼうと考えていたその時――。
――目の前に、大きな手が見えた。
「!!」
「セーレ!」
フランの叫び声が聞こえる。
ネフィリムの手に包み込まれ、身体が熱くなるのを感じる。
(ここまでなのか……!? こんな何もできず、約束も守れずに、俺は死ぬのか……!?)
身体の熱さに絶望しながら、俺は思う。
そして、あっけなく黄金に変わっていった……。
(…………?)
何も変化がない。
(俺には効かないのか……? だとしてもなぜ……)
……いや、今はそんなことを考えている時ではないだろう。
今やるべきことは、ネフィリムを討つ。それだけだ。
俺は力一杯、その巨大な手にナイフを突き刺す。
――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!??――
何が起きたのか理解できないのだろう、ネフィリムはあっけなく手を開いてしまう。
その隙に首まで飛びかかり、
――そして、その口の中に思い切り突き刺した。
声が、消えたのがわかった。




