第24話 審判の時、玉座にて(アウグスト視点)
王城内部、贅の限りを尽くした国王の自室で、当代国王であるアウグスト・フォン・シュヴェルトヴェヒターは怒り狂っていた。
「あの小僧が勇者に任命されただと!? あの恩知らず共が!」
彼にとって、冒険者ギルドとは己の意向に従う犬であった。
独立した組織であるとはいえ、この王国を統べる偉大なる王の権力には逆らえない。
そう、本気で思っていたのだ。
そんな彼にとって、今回の報告はまさに寝耳に水であった。
例えるのであれば、飼い犬に手を噛まれたような感覚。
まったく自分本位で傲慢な考え方であるが、アウグストはそう本気で思っていたのである。
そのような理由で、でっぷりと太った腹を震わせながら周囲の物に当たり散らすアウグストを、グスタフは冷めた目で見つめていた。
無礼であると罰を与えられてはかなわないので、格好だけは頭を下げているが。
「儂がどれだけ金を与えてやったと思っている! 商人ギルドもだ! 王を敬うなどという、基本的な礼儀すらなっておらぬ!」
「その通りでございます」
アウグストの癇癪を、グスタフは粛々と聞いていた。
いや、気に留めていたわけではないため、聞き流すといったほうが適切かもしれない。
グスタフの冷めた視線にも気付かず、ひたすらに怒りを発散させるアウグストの姿は、どこか滑稽でもあった。
「エルンストもだ! なぜあのバカ息子が殺されておらん! フランも何も止められておらぬし、やはりあの男の娘、血は争えんのか……!」
アウグストは顔を真っ赤にしながら机の上のティーカップを叩き割る。
偶然、その光景を見てしまったメイドは目がくらむような思いをした。
彼女は掃除の任を仰せつかっていて、たまたまこの部屋の近くまで来ていったのである。
あのティーカップひとつで、中くらいの村の全財産に匹敵するのだ。
それをあのように叩き割ってしまうとは……。
しかし雇われの身にすぎないメイドは、そのように国王をなじる勇気などなく、掃除もほどほどに部屋の前を退散するのだった。
アウグストはその様子が目に入っていなかったようで、荒れ狂ったままグスタフに命令を下す。
「グスタフ! 会議を開くぞ! 全員を召集しろ!」
◇
玉座の間に、多くの人々が入っていく。
みな豪華な服に身を包んでおり、高貴な地位であることがうかがえるようだ。
彼らはアウグストの大臣、または親族。
王国を支配する者たちであり、闇の中で悪逆の限りを尽くす者たちでもあった。
彼らは玉座に座るアウグストを見るなり次々と膝をつく。
「頭を上げよ」
とそれぞれが視線をアウグストに移すと、
「先日、セーレ・アンデルセンが勇者に任命された」
瞬間、玉座の間が凍り付いた。
冒険者ギルドは事実上王国の支配下にある。
当然のようにそう認識していたため、アウグストの言葉の意味を飲み下せなかったのだ。
間を置いて、各々がざわめきだす。
最初は外務大臣が、次に法務大臣が……と、動揺はすさまじい速さで伝染し、ついに玉座の間を覆いつくすまでに到った。
「静粛に!」
グスタフの言葉によって、玉座の間に再び静寂が戻る。
「任命式はヴァーグンハイルナンで行われたそうだ。エルンストが立会人として参加したと聞く。おまけに商人ギルドも参加していたようだ」
「それでは、彼らは……」
「誰が喋っていいといった?」
アウグストがギロリと財務大臣を睨むと、彼は顔を真っ青にしてうつむいた。
「……さて、この儂の偉大なる慧眼は、これをギルドの連中がエルンスト派に寝返ったからだと踏んでおる。彼奴らは愚かだが、力だけは確かだ。何か対策を持つ者はおらぬか」
大臣を中心とした周囲に、緊張と侮蔑が走る。
侮蔑は周囲がわかっていた事態をさも自分の手柄であるかのごとく誇るアウグストに、緊張はその中で案を出さなければならないという事実に注がれていた。
アウグストは、自分はさもすべてを理解しているといった様子でふんぞり返っている。
しかし、こういう時の彼はまったくの無策であることを、彼と長い付き合いになる周囲はよく理解していた。
ある者が我先にと逃げ出そうとすると、他の者がそれを咎めるように睨みつける。
時折行われるこのような会議の、これが普段の光景であった。
「陛下」
と、責任を押し付け合おうとする周囲を尻目に軍事大臣が手を挙げた。
「ギルドとの外交関係は騎士団を通していたはず、彼らに責任を負わせてはいかがでしょうか?」
「つまり、何がいいたい?」
「殺し合わせるのです」
言葉の真意を理解した周囲が興奮でざわめき始める。
騎士団は文字通り王国の騎士を所轄する部隊だが、同時にさまざまな実務を行う部隊としての性質を持っていた。
ギルドとの折半や、交渉もそのひとつである。
その責任を押しつけて、その罪を償わせるため、極秘任務で彼らの暗殺を行わせる。
もちろん極秘任務のため、自分たちは知らぬ存ぜぬを突きとおせば良い。
それが軍事大臣の提案であった。
「確かに殺し合いを行わせるのは良いな……」
「でしょう? 彼らの絶望する顔が目に浮かぶようです」
軍事大臣とアウグストが下品な笑い声をあげる。
それから一拍置いて、周囲も似たような様相で笑った。
かつて闘技場での殺し合いは娯楽の花形であった。
先代国王によって禁止され、多くの国民の反対もあって再建することはかなわなかったのを、アウグストは苦々しく思っていたのだ。
(父上め、賢君ぶりおってからに。あれほどの娯楽を非人道的だなどという理由で禁止するなど、つまらないことをしてくれたものだ。)
アウグストは心の中で先代を罵倒しながら、騎士団とギルドの職員が殺し合う光景を夢想していた。
(ああそうだ、人質を取ろう。相手は彼奴らの娘息子がいい。妻でも良いが、若い方が辱めがいもあるというものじゃ。命やら何やらを脅しに使えば、騎士団も従順になるだろう。
それからフランベルクはどうしてくれようか。儂がその身をもらって罪を償わせてやるというのに、この有り様なのだ。この雪辱を晴らすためには、一生儂の奴隷であると宣言してもらわねばならぬ。いや、もっとそれ以上の……)
「……それでは、軍事大臣の案を採用しようと思う。皆の者、異論はあるか?」
反論の声はない。
それはこの場にいる誰もが、その血なまぐさい報復を望んでいるこの上ない証拠であった。
「うむ、では決定じゃ。日程は……」
「陛下!」
玉座の間の扉が荒々しく開かれる。
その場にいる全員が、扉の前の人物――周囲の情報を報告する任務を預かった密偵に、鋭い視線をあびせた。
密偵は息を切らしながらも叫ぶように報告を続ける。
「王城前に武装した騎士団とギルド職員らが集まっています! 目的は陛下の身柄の拘束、反乱です!」
「……なんじゃと?」
玉座の間を嫌な沈黙が支配する。
審判の時が、刻一刻と近づいていた。




