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第21話 尋問

「し、知らない! 私はただ雇われただけで……」

「第3王子のスパイなんて大役をやってるんだ。何も知らないなんてあるはずないだろ?」

「違う! 本当に……!」


 俺と執事の尋問は、平行線を辿っていた。

 俺の質問のすべてに対し、執事は「知らない」と首を横に振るばかり。

 【鑑定】で先んじて彼の情報を手に入れた結果、知らないなどということは真っ赤な嘘だと知ってはいるのだが、なら鑑定結果をそのまま言えばいいのかというとそう簡単な事態ではない。

 フランやエルンスト、そしてアン達は、俺のいう事を信頼してくれるだろう。

 しかしこういったものは形式が重要だ。そして俺の【鑑定】が王国内で低い評価を受けている現状、鑑定結果をそのまま伝えたとしても、信頼に足る情報として取り扱われない可能性のほうが高いのだ。

 だからこそこうやって地道に慣れない尋問を行っているのだが……。


「……このままじゃらちが明かないな」

「それじゃあどうするの?」


 フランが俺に対して質問をする。

 ちなみに、最初は彼女に尋問をするように頼んだのだが、自分はそういったのに向いていないということで辞退されてしまったという経緯がある。

 そんなものだから、どこか他人事のような口ぶりのフランに恨みがましい視線を向けてしまっても仕方がないだろう。

 彼女も罪悪感はあったのか、ジッと睨む俺に申し訳なさそうな様子で、おずおずと口を開いた。


「……と、とりあえず、エルンストの屋敷に戻ったら?」

「……ああ。それがいいだろうな」


 そうして、俺たちは執事を屋敷まで連れて戻ることにしたのだった。


                  ◇


 屋敷に戻る道中、フランと俺は他愛もない雑談に興じていた。

 どこか申し訳なさそうだった先ほどの雰囲気はすでになく、すっかりいつも通りの自信に満ちた様子へと戻っている。

 もっとも、俺もそこまで本気で怒っていたわけではないので気にしていないが。


「本当に、良く持ってこれたわね」


 フランの言いたいことはわかる。

 今まで俺は盗みであるとか、そういった荒事を行った経験はない。

 一応修行をしてこそいたが、実戦経験は冒険者と比べると天と地ほどの差があるのだ。

 ならば、なぜ不遇だとはいえ、王族の1人であるエルンストの召使いたちの目をすり抜けることができたのか。


「俺も本当にびっくりしたよ。スキルのおかげだな」


 そう、俺には盗みの才能が――厳密に言えば【風の神の加護】というスキルが――あるのだ。

 その効果は『風の神の加護を受け、流浪の民としての才能に長ける』というもの。

 言葉だけではわかり辛いが、ようは盗みやサバイバル技術など、生き残るための能力に高い適性を持つというものだ。

 いつも使っている【鑑定Lv100】と比べると汎用性に劣る部分もままあるが、かみ合った時の爆発力はこちらも並大抵のものではない。

 今回のものもそう。普通であれば確実にうまく行かないだろう盗みという術を、その天性の才能によって完遂させたのだ。


(……とはいえ、あのアンがみすみす見逃してくれているとも思えないけどな)


 俺はどこか嫌な予感に襲われながらも、エルンストの館の前へと辿り着いた。

 そこにはアンが、待ち構えたように立っていた。


「お2人ともお疲れ様でした。お疲れでしょう、寝室を用意していますのでお休みください。……ああ、セーレ様、あの薬は返してください。持ち出されると困りますので」

「……やっぱりバレていたか」


 俺はバツの悪さに思わず頭をかく。

 アン以外には実際バレていなかったのだろう。でなければ屋敷の外まで出られているはずがない。

 しかし、アンの目をもってすればお見通しだったようだ。

 フランは俺を見向きもせず、意気揚々と寝室に向かっていく。

 俺のことは見捨てるつもりのようだ。

 もっとも、森で宣言していた以上、単に有言実行しただけと言えるのだが。


「……はい。件の毒薬だよ」

「確かにそのようですね。それではおやすみなさい」

「……責めないのか?」

「手段が少々手荒いものでしたが、坊ちゃまのためでしょう? 感謝こそすれど、責めるなどありえませんよ」


 アンの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 ……さて、俺としてはアンの答えは願ってもないことだ。

 しかし、その答えの裏に潜む感情を感じ取って、何も感じない俺ではない。


(……仕方ないか)

「そうか、ついでといってはなんだが、1つ頼みを聞いてくれないか?」


 アンが少し緊張を解いた様子で首を縦に振る。

 随分と俺を信用してくれているようだ。

 よかった。もし信用がなかったらどうしようもなかったからな。


「それで、内容は?」

「ああ。あの執事の尋問、俺に任せてくれないか?」

「…………はい?」


                  ◇


 アンではなく、俺が尋問を行う。

 これは先ほど思いついたものではあるが、まったくの考えなしというわけではない。

 俺が執事にした仕打ちは、捕まえるという目的はあったものの、やりすぎだと糾弾(きゅうだん)されてもおかしくない行いであった。

 しかし彼女はそれを咎めることもなく、満面の笑みで聞くばかり。

 俺たちの手前表情には出さなかったが、やはり彼女の腹には裏切り者に対する強い憎悪が渦巻いていたのだろう。

 おそろしく痛い目にあっても喜びの感情しか浮かばないほどに。

 それを否定するつもりはない。エルンストにあれだけの忠誠を誓っている彼女にとって、裏切りが許せないというのは当たり前のことだからだ。

 しかし、今の彼女はその感情に任せて執事を殺してしまいかねなかった。

 それが尋問を完了させてからのことであればまだ良いのだが、尋問中にうっかり殺してしまった場合は一大事だ。

 貴重な情報源が永久に失われてしまうことになる。

 そういった内容のことをアンに必死で語ったのが功を奏したのか、屋敷の地下、自分が捕まえた執事の前に俺は立っていた。


 俺は執事を冷めた目で見つめる。

 薬の効果は抜けているようだが、先ほどの痛みは大分堪えたらしい。

 靴音が聴こえるだけで大げさにおびえ、俺の姿を見るだけでこの世の終わりに出くわしたかのような表情をする。


(さて、ここからが勝負所だ)


 ふぅ、と深呼吸をする。

 執事がおずおずとこちらをうかがうような視線をよこしてくるが、それを意識する必要はないだろう。


「さっきはすまなかったな。ええと……」

「ジャック、ジャックです! なので命だけは……」


 恐怖に満ちた表情で命ごいを繰り返す執事に近づき、俺は彼の足に触れる。


「ヒィッ!? い、一体何を……!?」

「黙っていろ。『ヒール』」


 俺の手からぼうっと柔らかな光が出たと思うと、執事が驚いたような目でこちらを見た。

 彼はかつて流行り病にかかり、その後遺症で足が不自由だった。それを魔法を使ってなんとか補っていたのだ。

 だからこそ、劇薬が塗られていたとはいえ、足にフォークが刺さるだけであそこまで体勢を崩した。

 そんな古傷を、俺は簡単に治したのだ。

 執事の驚きはそうとうなものだろう。


「ど、どうして……?」

「言っただろ? 「さっきはすまなかったな」と。今回のことは許せないが、それとこれとは話が別だ。こんな不遇な目に合っているだなんて、放っておけるわけがないさ」


 嘘だ。

 もし似たような人間が目の前にいたとしても、俺はきっと何もしなかっただろう。

 彼の足を治した理由はただ1つ、印象のためだ。

 きっと彼は、俺が足について知っているなど思いもしなかっただろう。

 そんな秘密を知っているということで圧倒的な力の格差を、そしてそれを治すことで慈悲深さを演出する。

 本当に圧倒的な力を持つ必要も、慈悲深くある必要もない。

 こうやって対象の心理を揺さぶるだけで、意外と簡単に錯覚してくれるものなのだ。

 俺は人好きのする笑みを浮かべ、執事と目を合わせる。


「お前はきっと騙されているんだ。このままスパイを続けたとしても、利用価値が無くなったらきっと捨てられてしまう。俺はお前がそんな目に合う姿を見たくない。だから、誰にスパイを命じられたのか教えてほしい。お願いだ」


 あたかも本気で思っているように、時折声を震わせながら執事の肩をがっしりと掴む。

 おそらく、執事も薄々は気付いているのだろう。

 俺自身、あまりにも露骨だと自嘲したくなるような出来栄えだ。

 しかし、同時に必ずうまく行くだろうと、確信めいた予感が俺にはあった。


「……陛下から、エルンストを監視するようにとのご命令がありました。害をなすようなら始末せよ、とも」


 ――ほら、かかった。

 その時浮かべた俺の表情は、とうてい人前へさらせないような邪悪なものだったに違いない。


                  ◇


「お疲れ様。セーレ」


 部屋から出た俺に、フランがねぎらいの言葉をかけてくる。


「ああ、ありがとう。お前の回復魔法のおかげでなんとかなったよ」


 そう、フランには回復魔法を使うため、ここに居てもらっていたのだ。

 魔法というものは、知識さえあれば誰でもある程度は使いこなせるものだが、回復魔法は違う。

 フランが持つ【癒しの手】などの回復魔法が使えるようになるスキルを持たなければ、発動すらさせられない代物なのだ。

 しかし、俺はそういったスキルを持っていない。

 ポーションを使うという手もあるが、昔の後遺症を治すようなポーションを作成するためには膨大な時間と稀少な材料が必要で、どちらもまるで足りていないものだ。

 だが今回のような手を使うためには、回復魔法なりポーションなりを使い、相手の信用を得る必要があった。

 そこでフランの出番というわけだ。

 その剣術とどこかポンコツな人間性に隠れがちだが、彼女は優れた回復魔法の才能を持っている。

 オークの時は一気に意識を刈られたため活躍できなかったが、本来であれば遠く離れたけが人を回復するなどといった芸当すら簡単にやってのけるほどだ。

 そこで考えた策がこうだ。

 フランに遠くから回復魔法を唱えてもらい、俺は手元の魔石を使って回復魔法のような光を生み出す。

 これで、目の前の男が自分に回復魔法を唱えている光景の完成、というのが今回作り出した光景のタネ明かしになる。


「必要な情報は手に入った。これをアンに渡して今日は休むぞ」


 了解。とフランが言葉を返す。

 そして俺たちはアンに情報を渡すため、地上へと続く階段を上るのだった。

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