第20話 裏切り者
「ところで、どうやって犯人を見つけるの?」
部屋を出るなり、フランが不安そうにつぶやく。
どうやら本当にうまくいくのか不安に思っているようだ。
「大丈夫だ。アンの情報収集能力を見ただろう? 信頼して良い」
「でも……」
フランがさらに食らいつこうとするのを、俺は片手で止める。
「そんなこと言わずに、まずはメイド部屋に向かうぞ」
そう答えると、フランは不満そうな気配を隠しもせずに押し黙る。
だが今は彼女をなだめている時ではない。険悪な気配のまま、俺たちはメイド部屋へと入っていった。
その瞬間、フランが俺をキッと睨んで叫んだ。
「ちょっと! アンが裏切っている可能性だってあるでしょう!? 本当に大丈夫なの!?」
廊下にいたときよりも、先ほどよりも大きな声で俺を責めてくる。
その気持ちは確かにわかる。しかし……。
「確かにありえるな。だからここで確認するんだよ」
「……どうやって?」
「【鑑定】を使うのさ」
◇
「……どうだったの?」
「やっぱりな。思った通りだ。スパイはここの執事だったみたいだ」
「執事?」
「ああ。この冊子によると、エルンストがこの屋敷へと入る時、一緒に屋敷へと入ったらしい。結構な魔法の使い手でな、サイレントもそいつが唱えたものらしいぞ?」
俺の言葉にフランが目を大きく見開かせる。
古参の中にもスパイがいる可能性を考えていたとはいえ、まさかの犯人に驚いたのだろう。
「……アンじゃないの?」
「ああ。彼女は本当に、善意でやっただけだよ」
フランの言うことも一理ある。
エルンストはアンに懐いた様子だったし、一番情報を抜き取りやすい人間と考えると、彼女を疑うのは妥当な判断である。
「ただ、それだと逆にあらかさますぎるだろ? アンもエルンストのことを大事に思っている感じだったし、わざわざ裏切る必要もない」
「……【鑑定】で見たのね」
「そういうことだ」
俺は最初、彼女に依頼を受けた時に【鑑定】を行っていた。
そこで彼女の生涯や、エルンストへ向ける感情について細かく見ていたのだ。
まず、アンは本来奴隷の出身である。
盗賊に売り払われた捨て子、それが彼女だった。
今でこそ人道的に扱われているが、かつて奴隷が置かれた環境は非常に酷いものだったらしい。
一日中働かされるなど当たり前で、主人が気分を害せば理不尽にも鞭を打たれ、あるいは慰み者にされた者もいた。
そんな中を生きてきた彼女にとって、世界とは己を害する壁でしかなかったのだろう。
そうやって荒んでいった彼女は、当然のごとく盗みの道に進んだ。
しかしそれだけには過ぎず、違法な薬物の売人や、果ては殺し屋なども営んでいたらしい。
とはいえ、いつまでもそのような後ろ暗い仕事を続けることができるはずもなく、仲間の裏切りによって彼女は牢獄に入れられた。
あまりの罪の重さに首を落とされるはずだった彼女を救ったのが、未だ幼い頃のエルンストである。
ある日、社会勉強の一貫として牢獄を視察していたエルンストがアンを気に入ったのだ。
そして彼女の話を聞くにつれ、あまりにも可哀そうだと挽回の機会を用意したのだとか。
もっとも、エルンストにとってそれは救いのつもりではなかったのだろう。
ともすれば、社会的に悪とされるものについての理解さえおぼつかなかったに違いない。
しかも、当時すでにエルンストは王室でも腫れもののように扱われていたのだという。
好き勝手させても問題ないだろうと判断されたからこそ、彼女が採用されたのは明らかである。
しかし【鑑定】で垣間見えた彼女の気持ちは、それでも己は彼に救われたのだと、感謝の念で満ちたものであった。
「それで、どういう内容だったの?」
フランが俺に問いかけてくる。
なるほど、どうしたって気になるものだろう。そして彼女の忠義をしめすこの上ない証拠に違いない。
しかし……。
「これは俺が話していいものじゃないからな。どうしてもというのなら、アンに直接聞くべきだ」
これはおそらく、いやきっと俺が勝手に語っていいものではない。
彼女が彼女の判断で、自身の口から明かすべき秘密なのだ。
「さて、おしゃべりはここまでだ。行くぞ」
「……ええ」
フランはまだ納得が行かないといった表情をしているが、なんとか覚悟を決めたらしい。
俺たちは、共に執事の部屋へと向かった。
◇
「……鍵がかかっているか」
やはり、というべきか。すでに情報は執事の手に入ってしまっていたようだ。
部屋には鍵が掛けられていて、人の気配はない。
「どうするの?」
「早く逃げたとして昨日の可能性はない。おそらく遠くまでは行っていないだろう。追うぞ」
フランは俺の腕を掴むと「頼んだわよ」と好戦的に笑った。
そしてそのまま全速力で走り抜け、近くの開いている窓から飛び出した。
……なるほど、そういうことか。
「『ホバー』」
俺がそう唱えるのと同時に、身体が少し軽くなったように感じる。
高い所から飛び出したフランは地面に激突……とはならず、魔法の力によってそのまま宙を駆けるように飛び出した。
それと同時に俺は【鑑定】を発動させ、周囲を舐めるように見回す。
窓は南方にあるという熱帯雨林を模したという庭を眺めるためのものだったようで、あちらこちらに背の高い樹木が所狭しと生えているのが見えた。
「……お前が唱えても良かっただろうに」
「貴方のほうが魔法は得意でしょ? それに魔力だってたくさんあるんだし」
眼前に飛び込む木々を器用に避けながら、フランが快活に笑う。
確かに彼女が言うことは妥当なのだが……なんとなく言いくるめられてしまったような気がしてならない。
そのようなことをしている間に、景色は次々と変わっていく。
うっそうとした森が明け、街並みが見えるようになった瞬間、視線の横に何かが走るのが見えた。
どうやら、無事目標を見つけられたらしい。
「フラン、あいつだ。奇襲を仕掛けるぞ」
「了解」
フランが執事に向かって急降下する。
高くから仕掛けて死なれてしまうと色々と面倒なので、『ミニマム』を唱えて互いの体重を一時的に軽くすることで大怪我を負わないように対策済みだ。
先ほどまで空中を浮いていた俺たちの身体は、今重力にしたがって執事の背中へ一気に吸い寄せられていく。
と、執事が周囲を警戒し始めた。
どうやら、俺たちが風を切る音が聞こえてしまっていたらしい。
「思っていたよりも手練れのようだな」
「どうするの?」
「このまま正面突破するしかないだろう」
「そうこなくっちゃ」
妙に機嫌の良いフランが、先ほどよりも速度を上げて執事の背中に蹴りを入れる。
……明らかに背骨が折れている音がした。
「グッ!! もう追手が来たか……!」
魔法を使って体勢を立て直したらしい。少し非人間的な動きで立ち上がった執事は、そのまま背中を向けて全力疾走する。
「逃がすと思うか」
俺は懐に隠しておいたフォークを手に取ると、そのまま執事の足に向けて投げた。
フォークは目標に向けて一直線に跳び、真っ黒なズボンで覆われた足に深々と刺さる。
それでも健気に逃げようとするが、ムダなあがきだ。
「……! アガッ……!?」
執事が突然うめきだすと、そのまま地面へと崩れ落ちる。
苦し気にのたうちまわる執事の姿に何かを察したのか、フランは非難がましい目で俺を見つめた。
「ちょっと。何をしたのよ」
「屋敷から頂戴した毒薬を、フォークに塗って投げつけただけさ」
ちなみにであるが、その効果は触覚を一時的に何倍にも引き上げるものらしい。
「それで、了解は取ったの?」
「…………事後承諾だな」
「後で怒られなさい」
フランがハァ、と呆れたようにため息をついた。
正義感が強いはずだが、少なくとも俺に限って言えばあきらめてしまったようだ。
好都合といえば好都合なのだが、少し寂しい思いもあるのはなぜだろうか……。
「ガッ! ウゥッ……! ウゥ……」
などと言うことを考えながら、俺は執事の近くへと歩く。
恐怖と苦痛で引きつった彼の顔に満面の笑みを返しながら、俺は口を開いた。
「さて。なんでこんなことをしたのか、洗いざらい吐いてもらおうか」




