角が生えた花
「先輩、どうです?」
「魔法の痕跡はないみたいだね」
サーラ先輩は短い杖を持ち、書斎の机に置かれた小物入れのふちを、こんこんと叩いた。
レテエナが持ってきた小物入れは、白い大理石を削りだして作られたものだ。ちょうど両手にぴったり乗るくらいの大きさで高さのある直角三角形、底に球形の脚が三つ付けられている。上部のふたには女の横顔、月、雪の結晶の彫刻が施されており、やはり彫られた植物のつるが囲っている。
「それなら……」
「小物入れ自体が遺物ってことだね。ユーカちゃん、このふたの意匠は何を表しているか、わかるかな?」
三つの彫刻、女の横顔、月、雪の結晶。一つ一つはありふれた意匠だが、三つ揃うと特別な意味を持つ。
「えーと、……あ、わかりました! 陰陽でいうところの陰です」
「そう。二元論で陰を表わす意匠だね。そして形が直角三角形であることから、この小物入れは一対の片割れだと予想できる」
つまり、もう一つの小物入れが存在する。
組みになるもう一つには男の横顔、太陽、火が描かれ、それらを動物の彫刻が囲っているはずだ。ホブヤミの手元にある可能性が高いな。
「たぶん、二つの小物入れは一つの空間を共有していたんじゃないかな」
「レテエナさんが使っているうちに共有が切れたということですか?」
「そういうことになるね。仕組みはさっぱりわからないけど」
まいったな。仕組みを調べようにも手段がない。大理石の削り出しだから分解もできないし、魔法の痕跡がないから地下倉庫で分析することもできない。力を失っているから、すでに遺物じゃなくなった可能性もある。
「先輩、仕組みの推測も無理ですか?」
「うーん……、精霊が宿っていたなら説明が付くよ。精霊という存在はそれぞれ自分の領域を持つんだ。仮に領域を共有する二つの精霊がいれば、時空を飛び越えて繋がってもおかしくないね」
「小物入れが力を失ったということは、もう精霊が宿っていないんですよね? もう一度精霊を宿らせることは可能ですか?」
「無理」
まあ、答えを聞かずともわかっていた。
人間が精霊を操ることは不可能だ。精霊を操るということは自然に存在する元素を操るということ。そんなことができたら、あっという間に世界崩壊である。
……そうすると、魔法はどうやって使うのだろう?
たしか精霊を使役する魔法もあったのではなかったか。
「操るんじゃなくてお願いするんだね。だから精霊の機嫌が悪かったり、精霊が理解できなかったり、無理なお願いをすると魔法が発動しない。たとえば何もない所に火を出して、ってお願いしても精霊には無理なんだ」
「どうしてですか?」
「精霊が世界へ干渉するためには触媒が必要でね、燃料や熱源がないと火は作れない。私達が普段何気なくやっている火起こしも、実は精霊の力を利用させてもらっているんだよ。地下倉庫や遺物を使えば別だけどね」
「「へえー」」
感心して思わずユーカと声が重なってしまった。
いかん、話がずれてきている。本題へ戻そう。
「レテエナの願いはもう一度ホブヤミへ連絡することだから、最悪船便で手紙を送ればいい。問題は相手の居場所だな」
クヌーテ語が使われているのは西南西の海の向こうにある列島地域。列島といってもその範囲はかなり広い。四つの大きな島が二国に渡って統治されており、周囲に無数の小さな島群が存在している。南洋貿易の中継基地だから人口だって多いはずだ。
遥か遠い地にあるこの王都から、名前しかわからない女の子を探す。俺達にそんなことができるだろうか?
「……ふむ、二人ともこれを見てごらん」
サーラ先輩が差し出したのはレテエナが持ってきたものの一つ、押し花だ。
硬い木の皮に貼られた紫色の小さな花で、花びらが四枚。花の中心から特徴的な長い二本の……二本の……なんだこれ? ツノ?
「花の一部だよ。これはミヤマクワガタという植物だね」
「先輩、クワガタって昆虫ですよ」
「昆虫と同じ名前の植物があるんだ。“深い山にある鍬形に似たもの”という意味の名前だよ。鍬形というのは鹿のツノに似た外国の意匠だね」
「「へえー」」
またしてもユーカと声が重なってしまった。
「ミヤマクワガタは列島の北側にある高山地帯にしか生えないんだ」
「ということは、ある程度ホブヤミの居場所を絞れますね」
押し花以外に送られてきたものは、小さな石英、ろうそく、松かさ、白い鳥の羽、桃色の手すき紙。
石英は連峰で採れるものとほとんど同じだ。松かさも同様である。
白い羽はサギ、ハクチョウ、カモメのいずれかだろう。どれも渡り鳥だから地域の特定はできない。
紙は繊維がはっきりと見て取れる荒い造りのものだ。おそらく既製品ではないから、これも地域の特定には至らない。
「あとは手紙の分析か」
「勝手に読んでもいいのでしょうか?」
全部で十二通ある手紙の一枚を広げるとクヌーテ語の文字が目についた。たまに輸入品の箱で見かける文字と同一だ。翻訳はすぐにでも可能だが……。
「できれば読まずにすませたいよな」
「ですね」
「だね」
犯罪絡みならともかく、いたいけな少女が書いた手紙を盗み見るのはどうも気が引ける。手紙に書かれた内容の分析は最後の手段だな。
「リートさん」
「なんだ」
「どうしてろうそくを無視するんですか。表面に刻印まであるのですから、これは手掛かりです」
「……なんか嫌な予感がするんだよな」
ろうそくを見ると何故だか、小憎たらしい四角い顔が俺の心に浮かぶのである。




