十四、宛先はどこへ
朝、冷たい水で顔を洗うも一向に目がさえない。軽い寝不足である。日が短いせいか寝台に入るのが遅くなり、ついつい夜更かしをしてしまうのだ。
昨夜は寮の皆で集まりオレンジ酒をしばらく楽しんだ。若い衛兵が実家で作ったというオレンジ酒はすっきりと飲みやすく、会話もずいぶんと弾んでいた。
しまいには全員全裸だったのだが、どうしてそうなったのかよく覚えていない。まあ、寮生活にはよくあることだ。
そして、俺達が昨夜のん気にしていられたのにはワケがある。正騎士隊の勲章授与式が昨日行われ、指揮官連中が本部に集合したのだ。上司の頚木から解き放たれた若い男達がどうなるか、説明するまでもあるまい。
ちなみに寮内での飲酒に規定はないが、寮への酒類持ち込みは厳禁だ。若い衛兵の処罰を願っておこう。
「メシ……朝メシを食べよう……」
なんだかぼーっとする目をこすりながら男子寮の玄関で靴を履いていると、近所の子供達が外からこちらをじっと見ていた。銘々、手に雪かき道具を持っている。
「雪かきいらんかね! おはようございます!」
「おはようさん。事務所の前をやっておいてくれ。危ないから屋根の下に近づくなよ」
子供達は「ほいさ」といって、ひざまで積もった雪を漕ぎながら事務所の前へ向かっていった。出勤前の俺にも元気を分けてほしい。
寮入口から顔を出して辺りを見渡せば、明るい曇り空の下、大通りのあちこちで雪かきの真っ最中である。出稼ぎ職人達の見事な手際でどんどん雪が運ばれていく。
例年通りの降雪なら、冬至の日まで降っては融けをくり返し、冬至頃に降った雪が根雪となる。そこから春までは積もる一方である。
いまいち調子が戻らない身体を操りながら朝食を終え、事務所へ入ると、ユーカが先ほどの子供達に賃金を支払っていた。
雪かきの賃金は俺の昼食代と同程度である。これから別の場所でも雪かきをするのだから、子供のこづかいとしては多いくらいだ。
「……どうかされましたか?」
聴こえてきたユーカの声に目を向ければ、子供達が金を持ったまま何事か相談している。その内の一人、寮の裏手に住む少年が俺のそばへやってきて、制服の袖をつかんだ。
「リート兄ちゃんは仕事で“不思議”を調べるんだよね?」
「そうだ。不思議なことならなんでも調べる。小さいおじさんが見えるとか本棚の上にちぢれ毛が落ちてるとか――」
「俺達の今日の金いらないからさ、……レテエナの話を聞いてほしいんだ」
子供達の中から背の高い女の子が一歩前へ出た。
毛糸の帽子からはみ出した赤毛、細い身体、目がくりっとした十歳くらいの少女である。頬が真っ赤でまだ幼い印象だが、意志の強そうな口元だ。
ユーカと顔を見合わせた。互いにうなずく。
「金はいらんぞ。国の皆から貰っているからな。ユーカ、悪いがレテエナに茶を出してやってくれ」
「はい」
物置を片付けていて、古い小物入れを見つけたんです。きれいな模様が入っていて、こんなの欲しいなって思っていたから、お父さんに使っていいか聞いたら、いいよって言ってくれました。それで私、小物入れにきれいな石を入れておいたんです。
しばらくして小物入れを開けたら石がなくなっていて、代わりに見たことがない木の実が入っていました。始めは弟がいたずらしているのかと思って聞いても、「そんなことしてない」って言いました。それで今度はお菓子を入れておいたんです。次の日に見てみたら、きれいな紐と手紙に変わっていました。
手紙には知らない文字が書いてあって、お母さんに聞いたらクヌーテ語だって。教会の先生に教えてもらって読んだら“おいしいお菓子をありがとう”って書いてあったんです。
それから物と一緒に手紙も入れるようになって、ホブヤミと、……あ、ホブヤミっていうのは相手の女の子です。ホブヤミと色んなお話をしました。自分のこととか、家族のこととか、悩んでいることとか。でも、ある時から入れた物が変わらなくなって。何度やってもうまくいかないんです。
「それで私、あと一回でいいからホブヤミとお話を……やっぱりダメですよね。こんなわがままを騎士様にお願いするなんて」
「いいや、そんなことないぞ。これは俺達の仕事だ」
レテエナの拙い説明の中に出てきた小物入れは、おそらく遺物だ。小物入れのふたが境界となった可能性がある。なんにせよ万象調査隊の出番である。
文通相手の女の子、ホブヤミはクヌーテ語の話者。クヌーテ語を使う地域はレスターナから遥か西南西、大海を隔てた先にある温暖な列島である。たしか南洋貿易の中継基地で、ここから船で片道三ヶ月の距離にある。
「クヌーテ語を教えてくれたのはロンズ先生かい?」
「はい、そうです。辞書を貸してもらいました」
兄貴ならクヌーテ語を話せてもおかしくない。他の地域からやってきた宗教者の通訳もやっているからな。
「よし、レテエナ。小物入れと中から出てきた物を持って、もう一度事務所へきてくれ。俺達で調べよう」




