低温でじっくり
「あああああ!! あああがっ、かっ」
鉄柵に挟まれ身動きが取れなくなった奴が、溶鉱炉並みに熱くなった暖炉の中で燃えていく。
暴れる暇もないほどの強い熱で、あっという間に奴は動かなくなった。
「……逃げるぞ、急げユーカ」
荷物を担ぎ、痛む体をかばいながら玄関扉を開けると、背後から強い光が差して俺達の影を地面に落とした。屋敷の壁や絨毯に火が移ったのだ。
庭園の中ほどまで進み振り返ると、火の手はすでに屋敷全体を周り、厚い雲が広がる夜空を焦がしていた。
「リート、これを見てごらん」
後日、治療を受けるためサーラ先輩の書斎へやってきた俺は、火消し組合の報告書を読んでいた。
報告書の途中に何やら挿絵が描かれている。
「地下洞窟の行き止まりに不可思議な模様あり……。これは魔法陣ですか?」
「そう。“悪魔降ろし”という魔法陣だね。戦前の魔術師は好んで洞窟を使用していたから、昔描かれたものが残っていたんじゃないかな」
ユーカがはっとした顔を見せた。
「それって、十三個の象徴を描く……」
「うん、良く知っているね。悪魔の召喚陣だとされているものだよ。私が見る限り、とてもそうは思えないけど」
「どうしてですか?」
「悪魔降ろしに描かれる象徴や式は、とにかくめちゃくちゃなんだ。私には子供のいたずら描きにしか見えない」
ターコイズの原石。
十三階段と悪魔降ろしの魔法陣。
過去の住人が書いた日記。
そして閉じ込められていた奴の存在。
全ての点が繋がっているように見えて、いまだ真相は何もわかっていない。
「先輩、階段か地下室にある二つの扉が境界だったんじゃないですか?」
「その可能性はある。でも不自然なんだよね」
「不自然?」
「地下室に置かれた原石から怪物が生まれた。ということは、手前の扉が境界だった、ということになる。奥の扉は二十年間閉ざされていた。手前の扉はおそらく二十年の間に何度も開かれている。管理の手が入っているんだからね。そうすると屋敷にまったく影響がなかったのは不自然なんだ」
んん? こんがらがってきたぞ。
「まあ平たく言うと、境界が開いた可能性は低いってことだよ。第一、境界が開いていたら、エグバジル先生が気付かないはずないからね」
「それなら原石そのものが原因ということですか?」
「まだその方が説得力があるね。……ああ、そうそう」
サーラ先輩が机の下から荷物を取り出した。荷物から出てきたのは俺の手甲だ。暖炉の熱をまともに受けたせいか、溶けて歪に固まっている。ぐにゃぐにゃである。特注で高かったのに。
もう一度言う。特注で高かったのに。
「現場に残ったリートの手甲に、怪物の歯らしきものが付いていたよ」
「へえ」
「面白いことに、なんと人の手によって治療した痕跡がある」
「怪物は……元は人間だったということですか?」
「そうだね。それに近代の治療法が施されていたんだ。ここ百年くらいのものだよ」
なおさら奴の存在がわからなくなってきた。
ターコイズの原石から出現した。顔面が二つあり、一方は女。一方は男。手が四本。長い胴体。物体の移動や出現、呪いらしき神秘の力を持っていて、食事をせずに二十年間幽閉されていた。
そして百年以内に歯の治療を受けている。
「お手上げだな。憶測すら浮かばない。先輩はどう推理してます?」
「ふむ。……おそらく人が合体して、まったく別のものに変化した存在だといえるかな。古代の魔法や錬金術には、死者の身体を組み合わせて生者を生み出す禁忌の技があった、と文献に残されている。成功例は一つも確認されていないけどね」
ユーカは胸に手を当て考え込むと、不意に声を上げた。
「それでは怪物を作った第三者がいるということになります」
「そうなんだけどね、問題は原石から怪物が出現したという部分なんだ。仮に生物から鉱物、あるいは鉱物から生物へ可逆的に変化させる技があるとしたら、それは錬金術の究極だよ。神の御業といってもいいね」
禁忌の技に神の御業。
サーラ先輩の推理通りなら、百年以内に神の如き人物が王都にいたということになる。確かにそれならば筋は通るが……。
ふと、ユーカの“第三者”という言葉を思い出し、一つの予想が浮かんだ。
もしかして、俺達は根本的に勘違いしているのではないか。本当の被害者は誰だったのか、ということである。
何故、地下室へ向かう場所に十三階段があった?
何故、部屋が十三室作られていた?
何故、洞窟の奥に魔法陣があった?
何故、崩落の危険がある天然洞窟の上に屋敷が建てられていた?
十三、洞窟、どちらも魔術師が嗜好するものだ。
ターコイズの原石を買い、原石を地下室へ移し、そこから怪物が出現した。
これらの情報は、死んだ屋敷の主人であるヨドスが日記に書き残したもの。たった八日分、それも怪物に関わる情報しか残されなかった日記である。
もしも……、もしも仮に、日記に書かれた内容が全て嘘だったとしたら。
怪物の姿にあった二つの顔と、先立ったというヨドスの妻と義父の存在が心の中で重なる。
やめよう。
関係者が死んでから時間が経っているし、現場の屋敷はすでに焼け落ちてしまった。調査を継続しても証拠は出てこないだろう。
ユーカと二人連れ立って城から出ると正午の鐘が鳴った。厚く黒い雲が王都の空を覆っており気温が低い。今日は一段と寒いな。
「リートさん、あの時煙突火災が起きなかったら、どうやって怪物を倒すつもりだったんですか?」
「あそこまで燃えなくても、煙突全体が熱くなればそれでよかったんだ。熱が欲しかっただけだから」
「熱?」
「奴の身体にターコイズの原石が含まれているなら、熱が弱点になる。……前にユーカがターコイズをくれたろ? それで壊しちゃいけないと思って調べたんだけどさ」
胸元から革紐を引っ張り出してユーカに見せた。紐の先に付けられているのはユーカからもらったターコイズである。
ターコイズはとにかく脆い。衝撃を与えてはいけない。日光に晒してはいけない。水をつけてもいけない。そのため原石の状態から慎重に手入れする必要がある。樹脂や油に浸して表面を保護したり硬さを補うのだ。
しかし、そこまでしてまだ重大な弱点がある。熱だ。ターコイズは他の宝石に比べて耐熱温度が低い。なんと日光の熱を浴びるだけで壊れてしまうのだという。
実際、奴の身体に原石が含まれていたかどうか今となっては怪しいものだが、あの場では燃やすのが最適だと判断したのである。
「そうだったんですね。……んっふっふ」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「気持ち悪いとはなんですか。リートさんはもう少し気づかいというものを――」
大階段の途中で、中央広場の露店に気が付いた。この寒い中、野菜を売っているのかと目をこらせば、どうやらスイートポテトを販売しているようである。
露店の看板には「陽に当ててあります」と書かれていた。
「ユーカ知ってるか? 日光に晒したスイートポテトを低温でじっくり時間をかけて蒸かすと、どんどん甘くなるそうだ」
「私はリートさんにお説教を――」
「試してみたいと思わんか。さいわいなことに今日は待機で時間がある」
「でも」
「暖かくて、ほくほくで、蜜がしたたるほどの甘さだという。……たまらんな!」
ユーカの目はあちらとこちらを行ったり来たりしている。
かつて戦争の英雄は“己を知り、敵を知る”と文献に書き残した。お互いの弱点を把握しておけば戦いに負けないという意味だそうだ。そして俺はユーカの弱点をよく知っている。
しばし逡巡した後、決意を秘めた眼差しを見せて「試してみましょう」とユーカは言った。どうやら勝負に勝ったようである。
「お説教はあとでじっくり行います」
前言撤回。勝負はまだまだ続くようだ。
大階段の一番下から中央広場へ入ると、俺を逃がすまいとユーカが突然腕を絡めてくる。制服越しに熱が伝わり、傷付いた腕の痛みがやわらいでいった。
……もしかして、俺の弱点も“熱”だったりしてな。
「おばさん、芋五つ……いえ、六つください!」
そんなに。
十三、叫びの館 了




