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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十三、叫びの館
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対決と炎


 二つの光はぶれずにゆっくりと近付いてくる。やがてたいまつに照らされた空間に手が伸びてきた。

 はいつくばるように、ぺたりと地面に付けられた手は人間のそれである。肌色で、節と爪がある五本の指。わずかに体毛がある。皮膚の表面に青い血管が透けて浮かび上がっていた。

 

 次に現れたのは女の顔だ。長く黒い髪の隙間から見える口元は、何かをぶつぶつと呟いている。

 次第に上半身が見えてきた。はいつくばったままの異常に細長い二本の腕と、やはり異常に細長い胴体である。下半身は闇の中だが、想像するに結構な長さがありそうだ。

 敵は棒のような胴体をくねらせると、柔らかい笑みを浮かべた。


「どう見ても人ではありません」

「ナナフシに似ているな。でかい虫は勘弁してほしいんだが」


 心が恐怖に支配されないよう軽口を叩いた。冷たい空気が充満する洞窟の中だというのに汗が背中を伝う。

 冷静になれ。相手をよく見極めろ。


 敵の武器は指、爪、歯、呪詛。

 体躯を見る限り筋力はなさそうだし、呪詛はおそらく遅効性だ。他に武器があるとするなら人の手がもつ特徴そのもの。器用さである。


 もしも俺があの体躯なら、石を掴み長い腕をしならせて殴る、あるいは石を投げるだろう。同程度の体重を持つ相手なら一発で昏倒させられる武器だ。

 つまり、殴るにしても投げるにしても腕を利用する。


「ユーカは左手首を狙え。いくぞ!」


 ユーカと二人、奴の目の前へ飛び出した。

 ほぼ同時に、俺が右手首を、ユーカが左手首を斬りつける。


 剣は奴の皮膚を切り裂き、赤い血がどろりと流れた。

 力任せに断ち切る。

 骨に当たって刃が止まった。硬い!


「ォォオオオオアアアアああああああ!!!!」


 奴の叫びが頭蓋を揺らす。

 気を失いそうになり、歯を食いしばった。

 剣を振り上げ、奴の脳天へ目掛けて振り下ろす。


 突如迫ってきた奴の口が大きく開き、剣を持つ俺の右腕に食い付いた。

 手甲に仕込んだ鉄板がぐにゃりと歪む。

 ユーカが奴の脇腹に狙いを定めて剣を突き出す。

 剣はわずかに皮膚を裂いたが、何かにぶつかりすぐに止まった。


 たいまつで奴の顔面を炙る。

 奴はのけぞるようにして俺達から離れた。


 視界がぐらぐらと揺れて、視点が定まらない。

 心の臓が早鐘を打ち、胸に鋭い痛みが走った。

 奴の叫びがまだ耳に残っている。


「なんちゅうアゴの力だ。この手甲、合金製だぞ。……ユーカ、大丈夫か」

「はい。でも私の剣では刃が立たないかもしれません」


 ユーカの剣はたった二撃でひどく刃こぼれを起こしていた。俺の剣はともかく、ユーカの剣は支給された上等品だ。硬い石にでも当てなければ刃こぼれすることはない。


 今の一瞬でわかったことがいくつかある。

 皮膚は人間と同じ。おそらく血液も同じだ。しかし骨が硬い上に、人間とは位置が違う。力が強い。叫びには呪い以外に何らかの力がある。

 武器が通らない相手にどう戦うべきか。


 ……硬い石?

 奴はターコイズの原石から生まれた。身体を構成する材料に原石が含まれているなら、弱点がある。


「俺が足止めをする。ユーカ、暖炉に燃料をくべてきてくれ」

「えっ!? 今ですか!?」

「今だ。薪も、石炭も、油も、全部暖炉に放り込め。そうしたら窓を開けろ」


 俺の意図を察したユーカが地下室を駆け抜けていった。

 追い縋ろうとする奴を、たいまつの炎で足止めする。


「よう、これで二人きりだな。俺の話がわかるか?」


 奴は身体を揺らしながら、ぶつぶつと何かを呟いている。

 奴の呟きが音量を上げる。

 心の臓が締め付けられる。

 心の臓だけではない。まるで、臓腑をまるごと握られているような感覚。


「ぐっ……、何なんだお前は。どこから来た? 何故こんな所にいる?」


 問いかけた言葉が空しく洞窟に反響する。答えは返ってこない。

 ふらついた足で後ずさりすると、奴は俺との距離を保ったまま前進した。


 たいまつの明かりに照らされ、次第に奴の全貌があらわになる。

 細長い胴体の側面から手が二本ずつ、計四本生えている。細長い肢の先にあるのは全て手のひらだ。脚がない。人ならば脚が存在するであろう部分まで胴体が伸びている。


 胴体の後方がサソリの尾のように持ち上がった。

 首の反対側に細かな凹凸、逆さになったもう一つの顔面だ。男の老人と思われる顔面は目を開き、こちらを見て何かを言おうとするが音になっていない。ただ、口が開閉しているだけだ。


「……リートさん! 準備できました!」


 地下室の先、階段の上から響いたユーカの言葉を聴いて、たいまつを投げ捨てた。

 左手で背中に仕込んだ縄を取り出す。


「ケリをつけようぜ。怪物よ」


 正対に剣を構えた。

 先ほどと同じ角度、同じ速度で奴の脳天へ振り下ろす。

 奴は身体を伸ばし、再び俺の右手に食い付いた。

 歪んだ手甲が腕に食い込む。

 奴の首に縄をかけ、首を締め上げると奴の口が離れた。


「ォ、オオ、カッ、アア、アアあ、あああ、ああ!!」

「おらぁ!!」


 しっかりと地面を踏みしめ、全力で後方へ引っ張りあげる。身体中の筋肉が悲鳴を上げた。予想以上に奴の力が俺の体を蝕んでいる。

 またしても奴が右腕に食い付く。歯が手甲を貫通し、腕の肉がぶちぶちと音を立てて裂けた。


「食い付いて、くれた方が、まだ楽だな。ユーカ! 縄を引っ張れ!」

「はい!」


 右腕を使って奴の身体を持ち上げながら、地下室を抜け、階段を上がり、廊下を抜けるまで引きずり続けた。


 広間へたどり着くと、暖炉が轟音をたて燃え盛っていた。暖炉から飛び出した火の粉が再び暖炉の中へと吸い込まれていく。石炭と油をくべて吸気したことで、高温になったタールと煤に火が付いたのだ。

 そばへ行くだけで服が燃え上がりそうなほど熱い。

 暖炉を背にして縄を解いた。


「いけます!」


 剣を構えたユーカが声を上げる。

 とっさに手甲を固定する革紐を外した。

 奴の歯が腕の表面を食い千切りながら離れ、倒れこむ。

 俺が横へ飛びのくと、ユーカは剣先で奴の眼を斬りつけた。叫ぶ。


「ああああああああああああああああああ!!!!」


 体内をかき回されたような激痛に、一瞬意識が飛んだ。

 初撃の勢いのまま回転したユーカが、剣で奴の腹を打ち上げる。

 奴の身体が暖炉へ入ると同時に、鉄柵に縄を掛け、全力で引いた。




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