珍品
「見えてきたぞ」
王都南東の外れ、他の家屋から離れた広い野原に一軒だけ大きな倉庫がある。周囲を防風林に囲まれた大型倉庫、というかほとんど城だ。煉瓦造り三階建て、ちょっとやそっとではびくともしない堅牢な城の横には石造りの厩舎があり、中に数台の馬車が停まっていた。
王都の中でも特に格式高い最古の組合の一つ、燃料製造者同業組合の本部である。略して燃料組合だ。かつては王室運営の組織だったが、予算削減の果てに民営化されたという。
「立派なお城です」
「ユーカも覚えておくといい。燃料や火薬のことを聞くならここが一番だ」
燃料組合の本部へ入るには相応の準備がいる。
まず入口受付で説明を受ける。金属や鉱石など着火物、リンや硫黄など火気を帯びる物の持込は厳禁だ。
そして、麻と綿以外の衣類持込も禁止されている。毛糸や絹には電気が宿るためである。今回はろうそくの持込だけ特別許可をもらった。
「というわけで、入口で剣を外して服を脱ぐ」
「あの、私もですか?」
「もちろん。……ああ、騎士団の制服は綿だからそれ以外な」
ユーカは不承不承といった顔を見せて別室へ入っていった。
腰の剣を外し、毛糸の靴下を脱ぎ、金属製の徽章を外す。制服のボタンは革製なので問題ない。素足にブーツってのはどうも慣れんな。
ユーカが受付の女をともなって別室から出てきた。どことなくユーカの顔が赤い。あの様子は毛糸の下着でも身に着けていたか。
「リートさん、蝋生産の代表の方が来られているそうです」
「じゃあその人に話を聞こう」
おそらく火事対策であろう、絨毯のないむき出しの石床を進み、案内された一階奥の部屋の前へたどり着いた。
中から聞き覚えのある声が響いてきて思わず眉をひそめる。
「……よぉーしいい子だぁ~、カモンカモンカモン……ビンゴ!」
一体何をやっているのか。あれか、金庫破りか。
どれ、現行犯で逮捕してやろう。おとなしく投降しろ。家族が泣いているぞ。
「フレドー」
「おや? お久しぶりです、ユーカさんに……淋病さん?」
「誰が尿道炎だ」
「リートさんご病気なんですか?」
「俺より先にフレドーを疑え」
石床に石壁、小さな明かり取りの窓しかない狭い部屋には、たくさんの工具や実験器具が並び、フレドーの周囲を囲んでいた。
それにしても予感的中である。俺の第六感もなかなかどうして大したものだ。
しかしよく思い出せば、フレドーは蝋の生産で生計を立てているのだった。そして天才科学者。燃料組合で役員を任されていてもおかしくない。
「フレドー、何をやっていたんだ?」
「実験です。こちらをご覧ください」
フレドーが指差したのは一抱えほどもある木箱である。木箱から金属の棒が天へ向けて伸ばされており、木箱の側面には測量器で見るような計器が付いていた。金属は持込厳禁ではなかったか。
「さっぱりわからん」
「これはね、雷の精霊を飛ばす機械です。精霊を空へ向けて飛ばすわけですね」
さっぱりわからん。
というか、精霊が何なのかわかっているんだろうか。
「以前、王城へ赴いた際に精霊の話を聞いたんですよ」
「ほう。で、その機械は何ができるんだ?」
「雷の精霊を空へ飛ばします」
聞いた。それ聞いた。
しかしフレドーに出会ってから半年、いいかげんフレドーの扱い方にコツがいるとわかってきた。俺とて日々成長しているのだ、同じ轍は踏むまい。
こういう場合、相手の読解力を期待して言葉を省いてはいけない。なるべく正確に聞き出すのだ。
「雷の精霊を空へ飛ばすとどんな利点があるんだ?」
「雷電の発生を防ぎます。そうすることで火災を防げます」
なるほど、フレドーはきちんと役員の仕事をしているようである。
「こんなものもありますよ。ちょっと使ってみてください」
フレドーが棚から取り出したのは異常なほど分厚いレンズだ。枠を付ければこのままモノクルとして使えそうな感じである。
レンズを通して辺りを見ると視界が白黒になり、壁の向こうやフレドーの服がうっすらと透けて見える。
「こちらは同じ原理を利用した品です。光波理論を応用した、ある一定の波を――」
「すごいな、このレンズ。ユーカも試してみるといい」
「あっ! 本当ですね。壁が透けて……、リートさん見ました?」
ユーカが怪訝な目を俺に向けた。
「何をだ?」
「……いえ、なんでもありません」
先輩の責任として、ユーカがちゃんと毛糸の下着を脱いでいるか確認しただけだ。火災を防ぐためのやむをえない措置なのだ。ついでに、ちょっといろんなものが見えてしまっただけである。そしてユーカにも俺のいろんなものが見えていることだろう。何も問題はない。
いや、ある。こんなけしからんものは没収である。地下倉庫行き決定だ。反論は受け付けない。
「ところでフレドー、ちょっとこれを見てくれないか」
そういってフレドーへ手渡したのは、遥か遠方に住むであろうホブヤミが、王都の少女であるレテエナへ送った件のろうそくである。
「……ストリングのアラウンドにワックスがついて……これは……キャンドル……?」
何故、疑問形な上に外国語なのか。
「そのキャンドルのアンダーを見てくれ。スタンプのサインがプッシュされてるだろ」
「えっ、怖い……。なんで外国語……?」
「ユーにセイされたくない」
キャンドル……、もとい、ろうそくの下面に何かの意匠が付けられている。盾のような印だ。手紙の封蝋に押される印のようにも見える。
「これはロードシン王国のろうそくですね。羊毛蝋という羊毛から採取した脂でできています。これは珍品ですよ。これはちんっ、……ぴんですよ」
どうして言い直した?
「どの辺りで流通しているものかわかるか?」
「ちんっ……、ロードシンならきっと列島地域の北東側、涼しい山地で流通しているものでしょう。羊毛蝋は柔らかすぎて運搬に向かないため、普通は生産場所で消費されます。人の体温でも溶けますからね。それほどのちんっ……!」
「珍品ですね」
「イエイ!」
イエイじゃないよ。ユーカに何を言わせているんだ。
なんだろう、この危なっかしい感じ。このまま会話を続けたら俺の手に負えない事態となるのではないか。
……しかし専門家の意見は貴重だ。やはりここはフレドーにも協力してもらうか。
「そのろうそくなんだけどな、実は……」
「……つまり、ホブヤミという子に言葉が伝わればいいのですね?」
「そうだ。フレドー、なんとかならんか」
手紙を出すにしろ、会いに行くにしろ、相手の正確な居場所がわからなければ始まらない。伝言を頼むのも同じだ。
仮に居場所が判明しても、今から手紙を書いて送ると届くのは最短でも三ヵ月後。運悪く港が凍れば雪解け後の出港になる。そうなると手紙が届くのは来年の夏あたりだ。
「可能です」
「本当か? どうやって可能にするんだ?」
「増殖石を一つ持ってきてください。この雷精発射機とレンズも使いましょう」
フレドーは胸を張り、ばん、と木箱を叩いた。




