残されていたもの
「……まあ、これではっきりした。俺達が解決する案件ってことだ」
「はい。何かしらの神秘がある、という前提で行動しましょう」
神秘現象が発生するにはいくつかの条件が必要だ。そして二十年間、この屋敷に目立つ変化は起きていない。
こうなると、過去の事件と今回の現象が無関係とは言えなくなった。
ランタンに火を移し、二階へ向かうと部屋が六つ。どれも寝室兼個人部屋だ。寝台や固定されたクローゼットが残されているだけで他に物はない。資料の見取り図と照らし合わせても、不自然な部分はなかった。
一つの部屋へ入ると、うっすら足跡が残るほどに埃が積もっている。業者のものと思われる足跡もいくつか残されていた。
二十年分にしては汚れが少ない。おそらく一年か半年に一度、管理人が掃除しているのだろう。
ユーカが指を折って何か数えている。
「リートさん、二階に六部屋あって、一階に食堂、台所、書斎、地下室、厠に水場があります」
「そして広間か」
全部で十三部屋。少々気になるが……。
「同じ数字が連続すると、人はその中に作為や法則を見出す。人の精神にはそういった機能がある。法則を学習するための機能だ」
「“十三”を続けて見つけたのは偶然ということですか?」
「それはまだわからんが、気にしすぎも良くないだろう。法則があるというなら確実な根拠が必要だ」
人は、自身が体験したことや発見したことを確実なものだと信じる。たまたま例外が続いたという可能性を考えから排除する傾向があるのだ。これを一般的に思い込みという。
そして思い込みから脱却する方法は一つ。“事実を冷静に見極めろ”である。
「良く考えるんだ。各部屋には扉の付いた収納があるし、廊下と折り返し階段だってある。屋敷内にある仕切られた空間は十三どころじゃない」
「なるほど」
二階の部屋を一通り周ったが身体感覚に異常はない。第三者の声が聴こえてくるということもなかった。
一階へ戻り、入口右手の食堂と水場を確認する。広くてきれいな水場だ。壁には装飾彫りが施されており、厠特有の不気味な雰囲気はない。
次に書斎だ。一階広間から入口左手の廊下へ入ってすぐ。書斎には大きな机と椅子が一脚、そして本棚が並んでいた。本棚の中身は全て抜かれている。
「手掛かりになりそうなものはないな」
「いいえ、待ってください」
ユーカはしゃがんだり、身体を傾けたりしながら何かを見ている。
「机が水平ではありません。棚と比べると角度が違います」
机の高さに目線を合わせると向かって右側がわずかに高い。ほんのわずかだ。良く気づいたな。
机の足元を見れば、やはりほんのわずかだが四角い床板の一枚が盛り上がっている。
机を移動させて確認しようとすると、床板が少し浮いた。固定されていない板のようだ。板を外すとそこは床下収納となっており、中に一冊の本が置かれていた。
「……これは日記だな。いったん暖炉の前へ戻ろう」
貿易商からターコイズが含まれた原石を買う。あまりの大きさに驚いた。早速削りたいが、職人の手がしばらく空かないとのこと。楽しみに待つとしよう。
二日目。先日買った原石に変化あり。色が白っぽくなっている。日光に晒したせいかもしれない。石を地下室の棚にしまう。
三日目。石の内部から植物のようなものが伸びている。肌色。種が隙間に入りこんでいたのか。
四日目。植物がさらに伸びている。数も増えた。根が石を割ってしまうかもしれない。なるべく早くしてくれと職人へ手紙を出した。
五日目。なんということだ。あれは植物ではなかった。徐々に形成されたあの形は人の指だ。四本の指には爪と節がはっきりと見える。このまま観察するべきか、それとも騎士団に連絡するべきか。騎士団に連絡をすれば石を持っていかれるかもしれない。
六日目。何故こんなことになってしまったのか。奴を地下室の奥へ閉じ込めた。やはり石を手放すべきだった。メイド達に暇を言い渡したが、行くところがないと言って誰も出ていこうとしない。地下室へ入らないよう厳命する。はたして騎士団に奴を始末できるだろうか?
七日目。地下室の奥から、扉を叩く激しい音と叫び声が聴こえる。もうすぐ錠前が壊れそうだ。メイドに新しい錠前を買いに行かせた。この日記を書いている今も、恐ろしい叫びが聴こえている。
疑念が残る。奴の叫びの中に、懺悔のような、救いを求めるような声がたまに混じっているのだ。まさか泣いているのか? ああ、神様。
八日目。地下室奥の扉に、新品の堅牢な錠前を五つ付ける。鍵は処分した。奴を閉じ込めるには頼りないが、しばらく足止めできるだろう。夕方頃、亡霊が見えるとメイドが言い出した。そろそろメイド達が限界だ。明日、騎士団へ連絡をいれてから屋敷の処分手続きへ向かうとする。
「……日記はここまでだ」
「どういうことでしょう?」
「わからん」
暖炉の薪がぱちと弾けた。頼りない暖炉の火が、暗い広間にわずかな明かりをもたらしている。
日記をそのまま解釈するなら、鉱物から現れた何者かが地下室の奥に閉じ込められている。解体業者は叫び声や話し声を聞いたというから、今も生きている可能性が高い。
「二十年間、閉じ込められているのですから、“生きている”というのは……」
「そうだな。“今も神秘が継続している”と言うべきか」
資料の屋敷見取り図を開く。
地下室の奥には扉が描かれているものの、扉の先に存在するであろう部屋は描かれていない。後から増設されたということだろうか。
「どうしましょう?」
「地下室奥の扉を確認する」
錠前によって閉じ込められる存在なら、物理的な接触ができるということである。武器で攻撃できる相手なら恐れることはないだろう。
……本当にそうか?
二十年前の死亡事件と地下室奥の存在には関連があるとしか思えない。仮に関連があるなら、閉じ込められた状態で家の主人とメイド達を殺害したということになる。物理的な手段ではなく、何らかの神秘的な力で。
薄暗い廊下をランタンの明かりを頼りに進む。
廊下の左、窓から見える庭園には背の高い枯れ草が生い茂り、街の明かりをさえぎっている。
十三段の階段を下りて、地下室の扉を目の前にすると嫌な記憶が蘇ってきた。夏に西区隧道で戦った異界の存在、“隧道の影”。
あの時はしっかり準備をしていた。なにより霊槍があったから戦えた。しかし今は使い慣れた安物の武器しかない。
地下室の扉を開けて、ランタンで室内を照らす。冷たく湿っぽい空気が流れてきた。蒸留酒の匂いが混じっている。
中を見れば一般的な地下室と同程度での広さ。左右の壁に大きな棚と酒樽があり、奥に黒っぽい金属製の扉が見える。戸枠と一体化したような頑丈そうな扉だ。
「リートさん、錠前が」
石組みの地面に壊れた錠前が五つ落ちていた。
奥の扉、取っ手の部分に、今にも壊れそうな錠前が一つ引っ掛かっている。
「広間へ戻るぞ。作戦会議だ」
地下室から伸びる階段を上りながら、妙な違和感が心に浮かび上がった。
書斎に残されていた八日分の日記だ。内容はともかく、日記の存在自体がどうも不自然な気がしてならない。




