二十年前の死亡事件
燃料と食料を屋敷の中へ運び込む。
広々とした一階広間には暖炉や布張りの柔らかい椅子があり、簡素な絨毯も敷かれていた。埃っぽい匂いの中に、わずかに木の匂いがする。
入って正面右側に立派な暖炉と椅子、正面左に二階へ上がる折り返し階段。
広間の右手へ向かえば食堂と台所だ。奥に水場が見える。
左手には薄暗い廊下があり、廊下の左壁に窓、右壁に扉が二枚並んでいる。手前が書斎、奥が地下室へ向かう階段だ。
「さて、どこから攻めるか」
「リートさんは原因を何だと推測していますか?」
「俺の経験では自然現象の可能性が一番高い。次にいたずら。その次に霊だな」
見えないはずの遠くのものが見えたり、聴こえないはずの遠くの音が聴こえるという自然現象は珍しくない。条件が揃えば、王都の端にいる人物の影を王城から見ることもできるのだという。
次にいたずらの可能性。
何者かの話し声を聞いたのだから、現実に第三者がいたと考えるのが普通だ。例えば泥棒。もしくは古い屋敷を探検中の子供達とかな。この場合、存在しなかった棚の出現で矛盾が発生するものの、事実誤認の可能性も考慮に入れるべきだろう。
そして霊。そこにいた第三者が、生きている人間以外の場合はこれだ。
霊の存在が証明されたことは今まで一度もないが、調査隊では霊としか思えない存在と度々遭遇している。霊が人の魂なのか、それとも偶然による現象なのか、あるいは全く別の力によるものなのか、まだわかっていない。
どうやら“人に近い姿の人ならざる者”がこの世界に存在している、というのが調査における前提である。
「とりあえず暖炉に火を入れよう。寒くてかなわん」
目の前の暖炉はかなり大きなものだ。俺とユーカが中へ入ってもまだ空間が余るほどである。もしかして寮の厠より広いのではないか。
仕切りとして、横に滑るレール式の鉄柵が付いている。
暖炉のそばで油皿に火をつけた。まず煙の流れる方向を確かめるのだ。
しばらく使われていない暖炉で、いきなり薪を組んではいけない。煙突がつまっている状態で火を起こしたら死ぬからな。
煙が正常に流れているのを見届けたら、次に煙突の中を確認する。煤が大量に付いていたら要注意だ。
煤やタールは燃える。それも轟音を上げて火花を飛ばしながら一気に燃え上がるため、煙突が溶鉱炉並みに熱くなる。毎年秋に煙突掃除の職人がやってきて強引に掃除していくのは、この危険な煙突火災を防ぐためだ。
そして次に小さく薪を組む。先に冷えきった煙突を温めるのだ。空気の逆流や不完全燃焼を起こさないための工夫である。そこで――
「本題からずれています」
「すまん。立派な暖炉だからつい楽しんでしまった。少し煤が多いけど一晩くらいなら平気だろう。石炭と油は使わない方がいいな」
暖炉に火を入れてユーカと二人、柔らかい椅子に腰を下ろして資料を開いた。
この屋敷に住んでいたのは宝石商人のヨドス。男性。死亡時の年齢は五十一歳。妻と義父に先立たれて以降、家族なし。商人組合の正組合員。二十年前の秋、屋敷二階の自室寝台で死亡しているのが発見された。死因は心不全。
ヨドスには三人の使用人が仕えていた。全員女性。十代から二十代。住み込み。二階廊下で三人の遺体を発見。死因は三人とも心不全。遺体の第一発見者は錠前職人。商品代金を受け取るため来訪した。
「その後衛兵へ連絡して事件が発覚、か」
外傷がないから強盗の可能性は低い。全員が同日に自然死というのもありえないだろう。病死なら何かしらの痕跡が遺体に残る。
資料をめくるとエグバジルさんの署名があった。日付は十五年前だ。
「ユーカ、これは?」
「万象調査隊が結成されてから、過去の未解決事件を一度全て調査されたそうです。遺物が原因の可能性もあると」
「ああ、それか。聞いたことがあるな」
つまり、先代地下倉庫番人のエグバジルさんでも解決できなかった事件というわけだ。
「全員が心不全というのはおかしいです」
「ユーカはどう推理している?」
「毒です。おそらく“殺し”ではないでしょうか。そうでなければ説明がつきません」
毒を盛られたと考えれば、状況に不自然な点はない。独身の金持ちだから恨みや妬みを買う機会など山ほどあるだろう。
しかし証拠が残らない毒などあるだろうか? 仮にあったとして容易に入手できるものなのか? 入手できたとして一般人の殺害に用いるだろうか?
もしも俺がそんな毒を入手したら王室に売りつけるだろう。暗殺を防ぐため、王室はあらゆる毒を保管している。血清を作るのに必要だからな。
「二十年前の事件はいったん置いておくか。今は起きている不可解な現象の調査だ。さっそく屋敷探検といこうじゃ――」
その時、俺達の背後から、がりがりと音が鳴った。
「……何の音だ?」
「見てくださいリートさん。あの棚」
ユーカが指差した方向に小さな棚が置かれていた。玄関扉の脇だ。
「棚がどうした?」
「あの棚、私達が入った時は壁にぴったりつけられていました。でも今は壁から離れた位置へ移動しています」
椅子から立ち上がり棚の確認へ向かうと、確かに棚と壁の間に隙間がある。他におかしな点はない。
「部屋が暖まった副作用か、それともポルターガイスト現象かね」
ポルターガイスト現象とは物が勝手に動いたり、原因不明の音が鳴る現象だ。心霊と結び付けられることが多い現象である。
しかし、その正体の大半は自然現象だ。例えば今回の場合、俺、ユーカ、暖炉の火と、異物が空間に紛れ込んでいる。ましてや冷えきった屋敷を急に温めたのだ、何かしらの影響があってもおかしくない。
「何が神秘に関わっているか、判断がつきませんね」
「そう思って良い物を持ってきた」
持ってきた荷物の中から小さな麻袋を取り出した。
あー、おほん。
「手前ここに取りいだしたるは世にも不思議な一品でござい」
「負けて!」
すばらしい合いの手です。ユーカに麻袋を投げ渡す。
「中に木札が入っている。それ自体は遺物じゃないが、遺物を利用して作ったものだ。神秘的な力を感知する木札で、感知するごとに黒くなっていく。一点ものだから大事にしろよ」
「あの……これ……」
「どうした」
「もう、すでに真っ黒です」




