十三、叫びの館
王都北西、高台にある閑静な高級住宅街の一角に古びた屋敷がある。屋敷の主人はかつて宝石売買で財を成した商人であった。主人は使用人三名とともに屋敷に住んでいたのだが、およそ二十年前、主人と使用人全員が屋敷内で死亡しているのが発見された。遺体に外傷がなかったため毒や流行り病による病死ではないかと疑われ屋敷全体が隔離されたのだが、原因不明のまま事故として処理された。屋敷はその後二十年間一度も買い手がつかず、つい先日、取り壊しが決定する。問題はそこで起きた。
解体業者が屋敷の下見をした際、不思議な現象が発生したというのだ。業者の一人は屋敷に到着した時、何者かの叫び声を聞いた。別の一人は地下室から話し声が聞こえると言った。また別の一人は、ある部屋で倒れてきた棚の下敷きになった。しかしその部屋には棚など無かったのだという。万が一にでも作業員が怪我をしては困る。調査してもらいたい。
「というわけで資料をまとめておきました」
「仕事が早いな、ユーカ」
「時間に余裕があったので」
辻馬車に揺られながら、ぱらぱらと資料を眺める。過去の住人の経歴から、屋敷の見取り図まで用意されていた。
なるほど、よくまとまっている。過不足のない充分な情報だ。
できれば俺も遺物を持参したかったのだが、それは原因が判明してからだ。持ち出し許可を取らなくてはならないからな。
見取り図を眺めていたら、一階広間から地下室へ伸びる階段に目が止まった。
「十三階段か」
「悪霊を呼びよせる、というあれですか?」
「それは俗説だ。実際は少し違う」
十三は“忌み数”と呼ばれ、不吉な数であるとか悪魔の数だとまことしやかに語られている。しかし、その実態は少々趣が異なる。
元々の由来は、古代の商人が十三個の商品を前にして「忌々しい数」と言った、というのが有力な説だ。何故忌々しいかといえば、素数で利益が出にくい数だからである。
例えば前の素数十一なら一つ買い足せばいい。十二個あれば、二、三、四、六個組を作れる。小分けできればその分商品を早く片付けられる。
後ろの素数十七なら、数が多いから売れ残っても利益が出る。
ところが十三だと、組みが作れないから売れるまで時間がかかる。時間がかかるわりに数が少ないから利益が出にくい、“忌々しい”というわけだ。
「一つ売った後に組みを作ればいいのではないですか?」
「他の客が見ていたら『私にも一個ずつ売れ』と言われるかもしれない。なんにせよ面倒ってことだな」
「それなら十三階段に問題はないということでしょうか」
「それがそうとも言い切れん」
十三階段の何が問題か。
魔術や呪術にとって十二は最も安定した数字。そして十三は最も不安定な数。未知や隔たり、不整合を象徴する数だ。つまり、ある種の“ずれ”を表わしている。
「境界ですね」
「そうだ。十三という数字や階段だけなら問題ない。王都にも十三階段はたくさんある。だが、他の要素が絡むとおかしなことになる」
呪術では呪う対象に十三を数えさせるものがある。
魔術では、十三個の象徴を描く“悪魔降ろし”という魔法陣がある。魔女の集会でも参加人数は十三人と決まっている。
どれも安定した状態を崩すための数だ。“悪魔降ろし”なんてその名称からして矛盾している。地獄の底にいる悪魔を降ろすのだからな。
とかく魔術師や呪術師は、十三という数字を好む連中なのである。
「見えてきたな」
辻馬車から降りて、薄く積もった雪を踏みしめながら小さな坂を上ると、門の先、庭園の向こうに大きな屋敷が現れた。
広大な庭園には手入れされてない植物が生い茂り、俺達の訪問を阻んでいるかのように見える。葉を落としてなお、ものすごい量だ。
「大雪が降ったら出られなくなりますね」
「心配いらんさ。まだ大雪の時期じゃないし、明日中に俺達が戻らなければ捜索が入る手筈になっている」
庭園の途中で立ち止まった。証言では、業者が到着した際に何者かの叫び声を聞いている。
屋敷の外観におかしな所はない。おそらく建物の方には管理の手が入っているのだろう、どの窓もきれいなもんだ。
どうせなら庭園も手入れしてくれればいいのに。
「静かです」
「冬だからな」
「そういうことではありません」
雪が少なく虫の声がない今の時期は、小さな物音でも聞こえやすい。
何者かがいれば音がする。動物がいてもやはり音が鳴る。屋敷内に人がいれば生活音か、あるいは中と外の温度差で家鳴りが発生するだろう。
つまり、静寂に包まれたこの場には俺とユーカしかいないってことだ。
「俺達の訪問を感じて、息を潜めているだけかもしれんぞ」
「それは……気持ち悪いです」
屋敷の前にくると燃料と食料が置かれていた。騎士団が調査隊のために用意したものだ。要するに“屋敷で宿泊せよ”ということである。
燃料は薪に石炭、着火用の油まである。こんなに用意するなら二人分の宿泊費くらい出していただきたい。
「ユーカ、中へ入ったら各部屋の扉には充分注意してくれ。一人になる時は必ず相談すること」
「はい」
遠くから風に乗って、夕方の鐘が耳に届いた。空には灰色の雲が広がっており日没がまったく見えない。
これだけ木々に囲まれているならカラスのねぐらが一つ二つありそうなものだが、鳴き声は一切聴こえてこなかった。
深呼吸をして玄関扉に手をかける。
「あっ、リートさん。あれやりましょう。あれ」
「ん? ……ああ、そうだったな」
やはりやっておかなければなるまい。
俺達にとって戦闘開始の合図。鬨の声。戦場に鳴り響く進軍ラッパだ。
「いくぞ」
「はい」
せーの。
「「ノックノック」」




