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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十二、夜半に嵐の吹かぬものかは
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羊の騎士


 大通りで巨大なクモと対峙した翌日の朝、俺とヘクス、キアフットの制服が食堂に干されていた。

 夜半過ぎ、寮へ戻ってから湯を浴びている間に、皆が洗濯をしてくれたのだ。まったくありがたいことである。


「そのクモはどうされたんですか? リートさん」

「わからん。あとにガラス片のようなものが残されていた」


 俺が朝食を口に運び、ユーカが手馴れた動作で俺の髪をとかしてくれる。

 いいかげん俺も慣れた日常の光景だが、何故か俺とヘクスが並んで座っており、周囲を女達に包囲されていた。早番のキアフットはすでに出ている。

 ……昨夜の出来事が気になるのはわかるが、時間は平気なのか。


「ガラスですか?」

「ああ。朝方、キアフットがサーラ先輩の所へ持っていった」


 女達を追い払いたいが、洗濯をしてくれた手前すげなくすることもできない。

 いや、話に聞き耳を立てるのはいい。しかし間近で整髪を注目されるのはなんというか、こう、先輩風を吹かせてユーカを従わせていると誤解されないだろうか。

 俺、反感を買っているんじゃないだろうな?


「リート君、ちょっといいかな」


 声をかけてきたのは近衛騎士のソルナだ。魔法の鏡事件の際にこっそり協力してもらった人物である。

 “居間で裸になるお姉さん”として俺の心に記憶されている。


「そのクモみたいな化物、つい最近どこかで見たよう気がするんだ」

「本当ですか?」

「どこだったかな……。文書の挿絵か何かだったと思うんだけど」


 ということは、文献に残されている存在かもしれない。貴重な情報だ。


「ありがとうございます。調べてみます」





 事務所を出ると雲一つない青空が広がっていた。

 昨夜の嵐は王都の汚れを吹き飛ばし、“冬”を土産に残していったようである。

 深呼吸をすると、冷たく乾燥した空気が肺を満たしていく。冬の匂いだ。

 

「結局、私たちが調査をすることになりましたね」

「ヘクスとキアフットは任務中だからな。俺たちしかいないだろう」

「まずどこへ行きましょう?」

「サーラ先輩の所かな」


 ユーカは毛糸の帽子を深めにかぶり直した。

 手袋、帽子、マフラーと見事に毛糸ばかりだ。もこもこである。羊か。


「羊か」

「羊?」

「なんでもない」


 連峰は雪に包まれ、立ち並ぶ茶色の木々が山肌に模様を描いていた。

 通りに目を向ければ、葉を落とした街路樹の下、白い綿を身にまとった雪虫達がふわふわとお見合いをしている。


 レスターナの言い伝えでは、雪虫の群れの中に妖精が一匹紛れ込んでいるのだという。妖精は強い思いを抱えた人物のそばに現れ、願いを一つ叶えていく。願いを叶えた妖精は初雪となって街に降る。

 なんともロマンチックな話だが雪虫には注意が必要だ。そばで話し込むと十中八九、口や鼻の中へ飛び込んでくるからな。


「そろそろ降りそうです。……私達も雪かきをするんでしょうか?」

「寮の前は人夫が担当する。俺達がやるのは事務所の周りだ。といっても、滅多にすることはないな」


 雪が積もれば通りへ向けて雪を捨てる。通りに捨てられた雪は、除雪夫じょせつふが川や雪捨て場へ運搬する。季節労働というやつだ。

 季節労働で組合がないから仕事の奪い合いになる。生活費を稼ぎたい大人達と、こづかいを稼ぎたい子供達の間でケンカが起きるのだ。

 この時期見られる雪かき仕事のなわばり争いは、王都の風物詩となっている。


「詰所に貯金箱あったろ?」

「はい」

「子供達が雪かき仕事をさせてくれと訪ねてきたら、あそこから賃金を出す」

「そのための貯金だったんですね」


 かくいう俺も、幼い頃は雪かきの仕事をしていた。

 春は糸つむぎ、夏はまき割り、秋は収穫の手伝い、冬になれば雪かきと水汲みが、王都っ子定番のこづかい稼ぎである。


 中には子分を働かせて上前をはねようとするガキ大将もいるが、そうすると他区の子供連合がやってきて粛清される。

 なわばり争いが熾烈だからこそ、規則遵守は絶対なのである。





「……というのが昨夜のあらましです」


 書斎にあるサーラ先輩の机の横に、ちょこんと小さな机が置かれていた。

 その机にほくほく顔のアトリが座っている。腕を組んで得意げだ。


「ふむ、クモの化物といえばいくつか……」

「ツチグモじゃな!」


 先輩の言葉をさえぎってアトリが発言する。鼻息が聴こえてきそうな勢いである。


「ごきげんだな、アトリ」

「うむ。サーラの元で修行を始めたのでな」


 いよいよアトリも調査隊入りか。少し早すぎないだろうか。


「調査隊に入るのはまだまだ先だよ。勉強の合間に手伝ってもらっているんだ。……ほら、アトリはそろそろ予科へ行かないと」

「そうじゃった」


 アトリは「行ってきます!」といって元気に書斎を出ていく。

 予科学校は騎士団本部の向かい、王城北側の目と鼻の先にある。遅刻はしないだろう。


 そういえば、予科は十二歳以上なら誰でも授業を受けられるのだが、アトリって何歳なんだろう。聞いたことがなかったな。

 隣を見ればアトリに感化されたのか、ユーカまで笑顔を見せていた。


「アトリちゃんは予科へ通っているんですね」

「こないだまで神学校へ行っていたんだ。でも飲み込みが早くて、あっという間に修了しちゃった。……話を戻すよ」


 サーラ先輩は麻袋に手を突っ込んで何かを取り出した。

 昨夜の現場に残されていたガラス片のようなものである。


「これはワニスだよ」

「ワニスってあれですか? 木工品の表面に塗る……」

「うん。表面を保護する上塗り材だ。光沢を出すためにも使われるね」


 クモの体表に上塗り材?


「ワニスは自然の中にあるものなんですか?」

「油、樹脂、溶剤の三つを混合して作るんだ。自然にできるものじゃないよ」


 つまり人工物である。

 人工物のワニスに包まれたクモの化物。ずいぶんと不条理な存在だ。

 クモそのものが人工物という可能性はあるだろうか?


「機械や模型ってこと? その可能性はあるけど、消えたんだよね?」

「消えました」


 ただの人形やからくり仕掛けなら消えたりしない。

 仮に木材でできていたのなら、現場に木片が残っていなければおかしい。金属でできていたなら、俺の剣が抵抗なく刺さるのは異常だ。

 なんにせよ、人工物と仮定すると疑問が多々残る。なんらかの神秘であるのは間違いなさそうだが。


 まだ情報が少ないな。

 クモがどこから来たのかもわからないし、何故嵐の大通りを進んでいたのか、その理由もわからない。

 情報を集めるなら、一に現場、二に聞き込みだ。


「ユーカ、現場を調べに行こう」

「はい」

「この近くなんだよね? 私も行くからちょっと待って」


 そういってサーラ先輩は防寒着を身に着け始めた。毛糸の手袋とマフラーである。

 毛糸が流行っているんだろうか。


「仕事はいいんですか? 先輩」

「昨日の嵐で王城の壁が一部壊れたんだ。これから工事でね」

「工事の音がやかましい、と」

「うん」




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