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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十二、夜半に嵐の吹かぬものかは
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南区大通りの化物退治


 風雨の吹きすさぶ大通りを、石畳を踏みしめながら進む。足元がよろけてしまうほどの暴風だ。

 ランタンの明かりは頼りなく地面を照らしているが、しっかりと確認できるほど目を開けていられない。


 思わず風に背を向けて後ろ向きになった。

 細い路地の間、しまい忘れたであろう小さな旗がばたばたと音を立ててはためいている。

 ……街のど真ん中で遭難しそうだな。


 しばらく進むと大通りの西側に衛兵の詰所が見えてきた。

 わずかな明かりが詰所から漏れ出して、降りしきる雨を照らし出している。

 光に誘われる虫のように詰所へと近づくと、俺の前を進んでいたヘクスが困惑した表情を見せた。


「衛兵がいないよ」


 本来なら、各区大通りの衛兵詰所には二人から四人ほど常駐している。

 それなのに詰所の中へ入ると、もぬけのからである。

 机の上に火をつけたランプが置かれ、飲みかけのお茶が二つ、湯気を立てていた。


「ヘクス、どういうことだと思う?」

「慌てて出ていった、という感じかな。火を消していないのはまずい」


 火の管理ができていないのは衛兵失格だ。上司にばれたら三ヶ月減給である。

 しかし、かなり慌てていたという証拠でもある。

 キアフットが顔についた雨水を拭い、口を開く。


「衛兵がここを出てからまだ時間が経っていない。……どこへ行った? 本部か王城へ行くなら俺達とすれ違うはずだよな?」


 王城は大通りの突き当たり、騎士団本部はその向こうだ。どちらも南区大通りをまっすぐ北へ向かう。


「……化物を追いかけて南へ向かったか。リート、ヘクス、武器を準備しろ」


 キアフットが鞘の抜け止めを開けた。ヘクスが背に担いだ槍を抜く。

 俺はいつでも剣を抜けるよう、鞘を外套の外へ出した。

 無言で顔を見合わせ、ランプの火を消して詰所を飛び出す。


 揺れるランタンの明かりだけを頼りに、大通りを南へ向かって走る。

 暗闇を走るのは危険だとわかっている。だが、衛兵達に何かあってからでは遅い。

 熱を帯びる身体に雨が叩きつけ、興奮を冷ましていった。





「あそこだ!」


 通りの中央、黒い小山のようなものがうごめいていた。

 小山の前に衛兵が二人、槍を構えて後ずさりしている。一人が腕から血を流していた。

 先頭を走っていたキアフットが速度を緩める。


 こいつが“悪魔”か。

 目が八つ。鎌状の鋏角きょうかく。体長は俺の身長と同じくらい。体長の四倍はありそうな脚が八本。ザトウムシに似ているが、くびれがある。表面は黒色でつるっとした印象だ。甲虫の外殻のようでもある。

 細い脚に吊り下げられた寝台って感じだな。


「万象調査隊だ。援護する」

「助かった……。気をつけろ、尻から糸を吹く」


 なるほど、クモである。

 そのわりに毛が一本たりとも生えていないのは気になるが……。

 キアフットが剣の柄にすべり止めの紐を巻きながらこちらを見る。


「リート、クモの弱点はどこだ?」

「頭か腹の背中側。振動を感じて獲物を狙う。口のハサミに毒がある。目はほとんど見えていないはずだ。皆、明かりを消せ!」


 一つだけ火を残したランタンを道の端へ置いた。

 クモと生態が同じなら、目が見えない代わりに振動を感知する能力が高い。下手に歩き回るのはまずいな。


「いくぞ」


 ヘクスが槍を勢い良く振り上げ、脚の付け根へ目掛け叩きつけた。

 衝撃を受けたクモがわずかに後ろへ下がる。動きがのろい。巨大な身体をもてあましているような動きだ。

 クモの体表から何かがぱらぱらと落ちた。


 じりじりとすり足で移動したキアフットがクモの背後へ回る。

 背中に剣を叩きつけた。弾かれる。


 俺の目の前で、クモが前脚を振り上げる。

 後ろへ飛びのこうとして踏ん張ると、水溜まりに足を取られた。

 咄嗟に手甲で頭を守る。

 横腹に強い衝撃。


「ぐっ!」


 足が地面から離れた。

 景色が横へゆっくりと流れていく。

 臓腑が浮き上がるような感覚。


 全身がどこかに叩きつけられた。目を強くつむる。

 目を開くと視界が横転しており、地面がすぐそばにある。

 息ができない。


「リート!」


 民家の壁に叩きつけられたのか。

 地面にひざを付けて立ち上がると、思い出したかのように肺が呼吸を再開した。

 腹に鈍い痛みがある。骨は折れていない。

 ……生け捕りにする算段だったが、本気でいかないとやられるな。


「ヘクス、頭を叩け!」


 ヘクスが槍をしならせ、穂先で頭を強く叩きつけた。

 動きが止まった所で、俺がクモの上へ飛び乗る。

 腹へ目掛け、体重をかけて剣を突き刺した。

 固い表面を貫通し、柔らかい内臓へと剣が飲み込まれる。

 再びヘクスと衛兵達が頭を叩く。

 キアフットが腹に剣を叩き付ける。


 刺した剣を全力でひねった。

 ぱきっ、と何かが割れる軽い感触。

 クモが体を起こした。前のめりに地面へ転げ落ちる。

 背後で、がしゃ、という何かの音。

 立ち上がって振り返ると、クモがいない。


「キアフット……クモは? クモはどうした?」

「わからん。消えた、というか崩れ落ちたように見えたが……」


 衛兵達も呆気に取られたような顔をしている。

 やはり、ただの巨大生物ではなかったか。


 ランタンを拾って地面を照らす。

 クモがいたであろう地面にヘクスが跪き、何かを拾った。


「ガラス……か?」


 雨でわかりにくいが、よく見ればその場所に透明なガラス片のようなものがいくつも散らばっている。

 一つ拾い上げて指に力を入れるとすぐに割れた。通常のガラスよりも脆い。


「リート、ヘクス、痕跡を拾って戻るぞ。怪我しているところ悪いが、衛兵達も協力してくれ」


 すでに全身が一部の隙もなく濡れており、ぐしょぐしょである。今更地面へはいつくばることに抵抗はない。

 抵抗はないのだが、明日の洗濯を思うと気が重くなるのも仕方のないことである。

 はあ……、明日晴れないかな。




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