先輩反省する
「今までの仕事を思い出せ。想像するんだ。部屋の中から窓に目を向けて、見えるものはなんだ?」
「外の景色……いいえ、違います。外の光景と反射した室内の光景が見えます」
夜ならば外の光景は見えにくくなる。室内の方が明るいからだ。
そして室内の光は暗い窓に当たり、反射する。
「レソンさん、お邪魔します」
室内へ入るユーカを追っていく。
二人で話をしたおかげか、その背中が少しだけ頼もしく見えた。
奥の部屋へ入って内倒しの窓を見れば、無数の赤い光が浮かび上がっている。
対岸に光があるように見える。しかし、目線の角度を変えると光が移動した。
赤い光と同時に、反射するろうそくの明かりが移動する。
間違いない、これは室内の光だ。
背後を振り返ると、薄暗い中に木板の壁が広がっている。
光は一つも見えない。
窓を見る。赤い光がある。
振り返る。光はない。
……このまま壁と窓を見ていても埒が明かないな。
「レソンさん、壁板を一枚はがしてもいいですか?」
「えっ、ええ……どうぞ」
横貼りにされた板の間に剣を差しこみ、てこのように使って板をはがす。
木の皮がぱらぱらと足元に落ちた。
はがした所から中を覗くと、外の石壁と内装の木板の隙間にたくさんの棒のようなものが落ちていた。
隙間の右側を見ると、何か丸いものが壁と板に間に挟まって空中にある。左側にもいくつか挟まっているようだ。
手を伸ばし、丸いものの一つを少しずつ引き寄せた。指に硬い感触が伝わる。
「ユーカ、明かりを取ってくれ」
「はい」
隙間から丸いものがその姿をあらわにすると、レソンは「ひっ」と言って後ずさる。
人の頭蓋骨だ。
こびりついた頭皮に毛髪の一部が残っている。
骨の表面には固まった血で赤黒く染まっており、透明の油のようなものが覆っている。その部分だけが光沢を帯び、輝いていた。
「レソンさん、今から俺達と一緒に街道の宿へ行きましょう。ユーカ、小屋の荷物を持ってきてくれ。衛兵の所へ行く」
「……報告は以上です」
「ご苦労だった。二人とも今日は……いや待て、二人とも残れ」
俺たちが人骨を発見したそのあくる日、本部からやってきた正騎士隊がレソン宅の内装を撤去した。
すると壁と板の隙間から、十体分の遺骨が出てきたそうだ。
歯型から、遺骨は全て王都で営業していた高利貸しのものと判明した。
すぐさま家の前の持ち主が逮捕され、尋問が行われた。
前の持ち主である老年の男は、金貸しに多額の借金をしていた。
毎日のように金貸しの人間に恫喝されていた老人は、ついに耐え切れなくなり相手を殺してしまった。
その時、老人は思いついた。
王都の高利貸しは個人業者ばかりで正規の組合がない。行方不明になっても捜す者はいない。金貸しの人間など、どうせごろつきばかりだ。いなくなっても悲しむ人間はいないだろう、と。
そうして家と畑を担保に多額の金を借り、取立てに来た者を殺し続けた。
「リート、今回のユーカの仕事ぶりはどうだった?」
「何も問題はありません」
ユーカに関して、ランジャック隊長へ報告することは何もない。
あの夜に話したことは誰にも言わない約束だ。
「ふむ。リート、ユーカの教育係は今日で終わりだ。任を解く」
「はっ」
「明日以降も二人で任務に当たれ」
おや? 教育係は終わりじゃないのか?
「お前達二人が組んでから解決した事件の数は多い。相性が良いのだろう。騎士団長からも継続してリートとユーカを組ませろ、と通達がきている」
「隊長、騎士団の人手は足りないと聞きました。それなら別々に――」
「事件の解決が最優先だ。人手はこれから増やせばいい。……話は以上だ。二人とも報告書を書いたらあがってよし」
詰所へ戻ると、意識していなかった肩の力が抜けた。
俺もユーカと離れるのが惜しかったということか。……違うな。なんというか、あれだ。肩透かし。
ユーカが報告書に目を向けたまま言う。
「リートさん、結局レソンさんの家で光っていたものは何だったのでしょう?」
「骨に固まった樹脂がくっついていたそうだ。きっとその樹脂が光ったんだろう。死体を隠す時に、切ったばかりの木を壁材に使ったんだろうな」
普通、建材に使用する木は乾燥させてから樹皮をはがす。
その際、油脂が多量に含まれる木は、窯で蒸して脱脂という処理を行い油脂を抜く。
処理をしなくても建材として使えるが長期間の乾燥が必要だ。液体状の油脂が染み出る木材は火が付きやすく、内装に使いにくいためである。
「でもあの時、窓に反射して映るほどの光はなかったように思います」
「俺達の目線の高さからは見えなかったんだろう。横貼りの壁だったからな」
「そうですね」
一応理屈をつけてみたが、この説には自信がない。
あの時、俺達は確かに何者かの気配を感じていた。
おそらく霊が俺達に何かを訴えていたのではないかと推測しているが、それにしては攻撃的な気配だったように思う。
「ふむ……、まだ日暮れまで時間があるな」
「リートさん?」
「気になるなら調べてみるか? 中途半端に終わらせるのは嫌だろう」
「それならまずサーラさんにお話を伺いましょう」
報告書を書き終えて事務所を出ると、首筋を冷たい風が吹きぬけた。石畳の上で枯葉が風に舞っている。
見上げれば厚く黒い雲が天を覆い、秋の終わりを告げていた。
寒いから今日はやめよう、と言いかけた言葉を飲み込み、背筋を伸ばす。
一人前の騎士になったユーカと俺の初仕事だ。気合をいれていこう。
「あっ、そうだ。リートさんこれ」
そういってユーカは上着のポケットに手を入れた。
裸のままの焼き菓子がすいと出る。
「ビスケットの作り方を教わったので作ってみました。……メイドイン私」
それではユーカの中で作られたことになってしまうな。
顔を真っ赤にしているユーカからビスケットを受け取り、一度で口に放り込んだ。香ばしい匂いが鼻に抜ける。
「うまいな。もう一つくれ。……あと、せめて紙か何かで包んで持ち歩いてくれ」
「実は、お菓子が袋ごとポッケに入るよう拡張して中に油紙を――」
ユーカが両手で開いたポケットにはすっぽりと紙袋が収まっている。紙袋に手を入れて、中からビスケットを一枚取り出した。
一人前になるということは、やりたいようにやるということではない。
しかし自分専用に装備を改造している俺が言える義理もない。
まいったな。少々いびつに育ててしまったのかもしれん。
「では改めて。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。お手柔らかに頼むよ」
まあ、いいか。
これからゆっくり前へ進めるといいな。
「それでですね、あの赤い光なんですけど“誰にも言うな”という言葉が鍵になって現象が起きたのではないかと推測しまして」
「ほう、なるほど。……六なるほどだな」
「はい。……“六”ってなんですか。何段階評価ですか」
十一、怪光 了




