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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十一、怪光
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いつだって


 夕方まで食事と飲み物を買い集め、宿泊予定だった宿から湯たんぽを借りた。

 荷物を担いでレソン宅へ向かう。


 レソンが光を目撃したのは、おそらく一週間前の一度きり。現象が再び起きるとは考えにくい。いくら待っても空振りに終わる可能性が高いだろう。

 だが、ユーカのやりたいようにやらせてみたい。ランジャック隊長ならきっとそう言うはず。


 レソンに断りをいれて暖炉を借り、火の中に温石おんじゃくを放り込んだ。ついでに川の水を汲み、鍋で湯を沸かす。


 温石とは暖房用の石だ。火で温めた後、布や綿で包み懐中へ入れて使う。

 王都では火事の危険がない湯たんぽの方が一般的だが、野営をするなら温石がいい。材料を現地調達できるから便利だ。

 難点は怪我の危険があること。石や布の種類を慎重に選ばなければならない。


 レソンの畑にある小屋へ着いた。小屋の前に干し草を敷いてユーカと二人、腰をおろす。

 手元には湯たんぽ、温石、充分な食料。

 暖房よし、雨除けよし、ランタンよし、火打石もある。毛布は一枚しかないが……、まあいいか。準備万端だ。


「ユーカ、解決を急がなくても大丈夫だから無理をするなよ」


 夕焼けに照らされた対岸の林を見ながら、ユーカはうなずいた。

 手に持ったベーグルは先ほどから減っていない。表情もすぐれないな。


 川べりに立つヨシの穂が、陽を受けて金色に輝いている。

 薄い紅色をした千切れ雲のそばで一番星が光り、白い月が幻影のようにぽっかりと浮かんでいた。


 やがて陽は落ち、冷たい空気が頬を撫でていく。

 火を起こしたいが光源を増やすわけにもいかない。

 二人で一枚の毛布を分け合い、湯たんぽと温石で暖をとった。


 ユーカは何も言わず、暗い川向こうを真剣に見つめている。

 川のせせらぎと鳥の鳴き声が耳に届く。

 月光が川面に揺らめいていた。


「リートさん」

「どうした?」


 ユーカは何か言おうとして逡巡した後、口を閉じ、うつむいた。

 ……茶化すのはやめておくか。


「不安か?」

「……わかりますか?」

「そりゃあな」


 わずかに微笑んだユーカの表情を見て、過去の記憶が蘇った。衛兵になってから半年、一人で仕事をするようになった頃の記憶だ。

 当時の上司に不安を言い当てられた俺も、きっとこんな顔をした。


「私、一人でもやっていけますか?」

「ユーカなら立派な騎士になれる。俺が保証するよ」

「……」

「あっ、そうか。頼りない先輩の保証だから不安なのか」

「ふふっ、違います」


 黄色に変わった柔らかそうな月が辺りをぼんやりと照らしている。

 背の高い針葉樹の輪郭が伸びて、濃紺色の夜空に線を引いていた。


「……一人前になるってことは、一人で何でもこなすってことじゃないんだ」

「そうなのですか?」

「俺を見ろ、失敗ばかりだ。隊長に呆れられるし、団長にも叱られるし」


 まあ、失敗のほとんどは俺が調子に乗った結果だ。

 ため息が出てくるな。


「何をやってもうまくいかない時だってある。初めてのことをする時は不安で胸がいっぱいだ。依頼人を訪ねる時は、いまだに恐怖で心の臓が高鳴る。逃げ出したくなることなんてしょっちゅうだ。……なんかムカついてくるな」

「なんでですか」


 考えすぎれば足がすくむ。思い悩むたびに扉が重くなる。大事なものを失うまいと必死にもがけば、手の内からこぼれ落ちていく。

 うまくやろうとすればするほど失敗する。

 いつだってそうだった。


「怖くても歩みを止めないことが、一人前になるってことじゃないかな」

「……はい」


 俺が身の上を話しても、ユーカの不安が晴れることはないだろう。

 だが、同じ思いをしていると理解してくれればそれでいい。

 やるべきことが目の前にあるなら、ただ行動するだけでいいのだ。結果がどうなろうと、行動を起こせば道は先へと繋がっていく。


 ……俺の方は嫌なことを思い出して暗鬱としてきた。

 歩みを止めて、ふさぎこんでしまうかもしれん。


「私からは、リートさんはいつも堂々と依頼人に会っているように見えていました」

「見栄をはっているだけだ。騎士がびくびくしていたらかっこ悪いだろ」

「本当は依頼人を不安にさせないため、ですよね?」


 なんでこう、心を見透かすのか。少しくらい意地を張らせてくれてもいいだろう?

 そっちがそうくるなら俺も見透かしてやる。


「ユーカ、今日わざとわからない()()をしただろう」


 依頼人に対する質問の手順、現場捜査の手法、どちらもユーカにわからないはずがない。俺よりもずっと優秀な後輩だからな。

 優秀すぎて、甘えられても俺がすぐ気付けないほどに。


「そんなことは……ありません」

「素直になった方が可愛いと思うぞ」


 ユーカはふいと顔をそむけ、表情を隠した。思わず苦笑が漏れる。

 否定の仕方だけは本当に下手だな。いつもやり方が同じだ。


「話したことは誰にも言うなよ」

「私のことも言わないでくださいね」


 アンルカさんに言ってしまおうかと考えたところで、急に寒気がきた。

 背筋に指をはわせたような、ぞくりとする感触。

 身体が冷えたわけではない。今も暖房と俺達の熱が毛布の中を温めている。


「ユーカ、今何かしたか?」

「いいえ。でも、あちらから何か感じました」


 ユーカの視線を追っていくと、その先にレソンの家があった。

 暗闇の中にうっすらと浮かび上がるその家は、昼間に訪ねた時よりも異様な姿として目に映る。

 窓からわずかな明かりが漏れ出していた。室内にあるろうそくの明かりだ。


 川向こうの林に目を向ければ、明かりや怪しい光はない。

 特におかしな現象が起きているわけではなさそうだ。


「リートさん、念のためレソンさんの家へ行ってみましょう」

「わかった」


 枯れ草を踏みしめ家へ近付いていく。

 誰かに見られているような不快な印象が心を支配する。

 扉のそばへ来たところで、家の中からレソンが飛び出してきた。


「あっ、騎士様! 出ました! 赤い光!」


 再び川の対岸に目をこらすが何もない。ただ夜の暗闇に包まれた林があるだけだ。赤い光などどこにも――

 ……そうか。そういうことか。


「ユーカ、光が現れたのは対岸の林じゃない」




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