後輩推理する
橋を渡って右手、林道を進んでいくと川の対岸にレソンの家が見えた。
現場はこの辺りだ。
トウヒやイチイに混じって、白樺、ポプラ、モミなどが生えている。
林道沿いには梨の木がひっそりと一本だけ立っていた。
実が熟してうまそうだ。一つくらい拝借しても……いいよな?
「ユーカ、どんなに小さな疑問でもほったらかしにしちゃダメだ。どこに解決の鍵があるか、俺達は知らない」
「それなら……、レソンさんの家で何かおかしな印象を持ちました」
確かに違和感があった。
レソンは「見た目より室内が狭い」と言っていたが、それとはまったく別の違和感だ。
床が傾いているのか、錯覚を及ぼす何かがあるのか。あるいは境界か。
「どんな印象だ?」
「うーん、たくさんのお弟子さんと乱取りをしている時のような感覚です」
「例えがわからん。俺は道場出身じゃないぞ」
「四方八方を囲まれているというか、隙を窺われているような……」
剣の達人は背後の殺気や視線にも反応できるという。
ユーカほどの剣の使い手なら、周囲の気配を感じられても不思議ではない。
しかしあの場には俺とユーカ、そして依頼人のレソンしかいなかった。
……遠くから複数の人間に見られていた?
「わかった、とりあえず書き留めておこう。あくまで情報の一つだから執着しないようにな」
「“事実を冷静に見極めろ”、ですね」
「ちゃんと覚えているな。よしよし」
今まで俺が経験してきた失敗は、そのほとんどが先入観による勘違いだ。
何が起きてもおかしくない、そう理解しているはずなのに固定観念や偏見が判断を誤らせる。
俺の持つ袋から栗菓子を一つ取り出し、ユーカの袋へ入れた。
ご褒美である。けっして甘すぎるとか量が多いとか思って押し付けたわけではない。
「現場に着きました。ええと、……何をすればいいのでしょう?」
「大丈夫か? まず、ここがどういう場所なのか知るところからだ」
「そうでした。すみません」
ユーカは緊張しているのか、いつもの冴えがないように思う。
まあ、そのうち調子を取り戻すだろう。
俺達の周囲にはまばらに樹木が生えている。
木々の間は均等に距離が空いており、何かしらの秩序が感じられた。
地面は固い土だ。大きな石や段差、傾斜などはない。
「人の手が加えられていますね」
「ああ、植樹されているな」
カシリー川のさらに南、王都から遠ざかる方向にも畑が広がっている。
つまりここは風除けか、護岸のために造成された土地だ。自然にできた林ではない。
「リートさん、街道の橋はいつでも通れるのですか?」
「通れる。ただし夜間は守衛がいて、橋を通る者に声をかけるはずだ」
「渡し舟は?」
「昼間だけだな。陽が落ちれば船員が帰ってしまう。一人じゃ船を動かせない」
おそらくユーカはいたずらの可能性を探っているのだろう。
夜間、王都からこの場所へ来るには通る道が限られる。
橋や街道を誰かが通っていれば必ず衛兵が気付く。王都の外から来た場合も同様だ。
仮に、大型のたいまつや燃料を持った者が街道を通れば、長時間の事情聴取が待っている。
夜間の燃料運搬には制限があるからだ。放火魔対策である。
「街道以外の場所を通れば、誰にも見つからずにここまで来られるでしょうか」
「周囲の森には野犬や狼がいる。奴らのなわばりに入れば、ただではすまないだろう。運が悪ければ熊に遭遇するかもな」
野生動物による被害報告は少ないが珍しいものではない。
騎士団にも時々出動要請がくるし、俺自身二回ほど出動したことがある。
「光を発する植物や動物などいるのでしょうか」
「上流へ行けばホタルという光る虫がいる。王都の北東にある“兵士の森”には光るキノコがあるそうだ」
「そういった生物がこの辺りにいる、という可能性は……」
「いてもおかしくないが、どちらも青い光を発する。赤ではないな」
燐光石などの自然物が自ら光を発する場合、そのほとんどが青、緑、黄色である。
赤く光る自然物といえば“空”だ。夜空が赤く光る、紅気という伝承が世界中に残されている。
最新の目撃情報では“揺れる光のカーテン”と例えられた現象だ。
「犬や猫、ウサギの眼が光を反射したら赤く見えますか?」
「あー、……可能性はあるな」
俺が衛兵をしていた頃の話。
夜間の巡回中、突然道の先に赤い光がたくさん浮かび大層おどろいたことがある。
しかしよく見れば、道端で寝転んでいる数十匹の猫であった。猫の集会に遭遇したのだ。
「それなら動物の仕業でしょうか」
「いいや、まだ矛盾がある」
「矛盾ですか?」
「心の中で想像するんだ。光源の位置、反射するものの位置」
状況を想像すればすぐにおかしいと気付く。
「あっ、そうです。月と同じ方角に光が見えました」
「仮に動物がこの林にいても、月を背にしているのだから眼は光らない。対岸にあるレソンの家の光が届くこともないだろう」
赤く光ったのだから一番可能性が高いのは燃焼だ。例えば、黄リンが地面から露出すれば自然に発火する。
しかし造成された土地だから、燃焼物が埋まっていたとは考えにくい。もし石炭などが埋まっていれば宝の土地だ。あっという間に掘り起こされるだろう。
たい肥や木くず、油も自然発火することがあるという。
木や炭の削りかすを一ヶ所に集めるな、とか、固まる油は陶器に入れてふたをしろ、と子供の頃によく注意されたものだ。確か保管方法に関する法律もあったはず。
だが気温の低い今の時期、自然に燃え出すことなどあるだろうか?
「んー……わかりません」
「そうだな。どうする? ユーカはどうしたい?」
「実際に現象を見てみたいです」
「じゃ夜になったらまた来よう」
「はい」
やっぱりユーカは本調子じゃない気がするな。悩み事でもあるのか。
……どれ、先輩が気を晴らしてあげよう。
梨の実を片手に持ち、短剣で皮をむいて一口大に切る。
袋の底に残った最後の栗をつぶして梨に乗せた。
「食ってみろ、うまいぞ。梨の栗のせ、メイドイン俺だな」
「それではリートさんの中で作られたことになってしまいます。……あ、おいしい」




