後輩力む
その日の仕事を終えて奥の部屋の窓から月を見ていたら、川向こうに赤い光が見えました。始めは誰か散歩でもしているのかと思ったんですが、全然光が動かないので気になって外へ出たんです。でも、外へ出たら光が見当たらない。あれ、変だなと思って部屋に戻りました。そうしたら、窓から見える川の向こうに赤い光がたくさん浮かんでいて――
「どのくらいの数があったか覚えていますか? 光の大きさは?」
「わかりません。なんだか怖くなって、すぐに毛布をかぶって寝てしまったので」
まだ拙い部分があるものの、話の引き出し方は問題ない。
レソンもなかなか親切な人物のようだ。こちらの意図を汲み取り、短い言葉の中に必要な情報を揃えている。
「奥の部屋を見せていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ」
部屋へ入ると奥にタンス、左手に窓、右手に寝台がある。寝台の横には小さな棚、棚の上にろうそくが立てられた燭台があり、寝台の手前には長い草が干されていた。
草の半分が編まれているな。この草は縄の材料だ。
「レソンさんは何のお仕事をされているんですか?」
「大麦を作っています」
「農具はどちらに?」
「外の小屋にあります。……あの、何か関係があるんですか?」
ユーカめ、必要以上に情報を集めているな。
気持ちは理解できる。しかし見れば分かること、後で確かめられることは情報の優先順位が低い。
ちなみにこの地域で大麦といえば春蒔きの品種だ。エールの原料や家畜の飼料として使われる。
「いえ、ありません。失礼いたしました。光が見えたのはこちらの窓ですね」
内倒しの大きなガラス窓である。
下部に軸があり、上部の取っ手を引いて内側に開く。
換気をしにくい構造で外から開けることはできない。
質の良いガラスが使われているようで、表面は傷も少なくぴかぴかだ。
外の風景、川面や川向こうの林までよく見通せる。下流に渡し舟が小さく見えた。
南向きだから夕方から夜半まで月がよく見えるだろう。
「では今から現場へ向かいます。レソンさん、またお邪魔すると思いますのでその節はよろしくお願いします」
「はあ……、こちらこそよろしくお願いします」
依頼人に俺達の予定を報告してどうするんだ。
「すみません、一つ聞き忘れていました。レソンさんのご家族はどちらに?」
「身重の妻がいまして、今は北区の実家に戻っています」
「おめでとうございます!」
「あの……、ありがとうございます……」
なんだか気が抜けてしまうな。俺も新人の頃はきっとこんな感じだったに違いない。
なるほど、暖かい目で見守るとはこのことか。
ユーカは後ろ手にレソン宅の扉を閉めると、ふう、と息をついた。
いつも俺の仕事を見ているから緊張するはずない、と思っていたが早合点だったか。
「少し力が入りすぎたな」
「すみません」
「謝ることはない。よくできていた。……さて、復習だ」
「はい」
サーラ先輩が先生形態になる姿を心に浮かべ、人差し指を立てた。
口調はランジャック隊長の真似である。
「レソンが赤い光を目撃したのはいつ頃だ?」
「一週間前の夜、仕事を終えた後だから、日暮れの直後です」
「違うな。部屋の様子をよく思い出して考えるんだ」
農業をやっている人間は作物を育てることだけが仕事ではない。
たとえば農具や出荷用の道具を作ることだって仕事の内だ。
「そういえば途中まで編まれた縄がありました。ということは、日暮れからしばらく経った後です」
「そうだ。おそらくレソンは日中の作業を終えてから帰宅、その後、燭台に火を灯してしばらく作業をしていた。光を見たのはその日の作業を終えた後だ」
冬越え前の畑にも手入れは必要だ。雑草などをすきこんで土の状態を維持しなければならない。
そうなると道具を作る時間は夜に限られる。
「じゃあ次、現場はどこだ?」
「川向こうの林……待ってください、少し考えます」
情報の根拠を見つけることも大事だろう。
何故、レソンは光が川向こうにあると思ったのか。
「……川向こうの林です」
「根拠は何だ?」
「“誰か散歩しているのかと思った”とレソンさんは言いました。つまり人が歩いていてもおかしくない場所です。もしも川の上に現れたのなら、水面に光が反射するからすぐにわかります」
「よし。次はどうする?」
「現場へ向かいましょう」
東の下流へ向かうと、すぐに橋と渡し舟の乗り場が見えてきた。
王都南の街道上に建設された木橋は、屋根付きの立派な橋だ。
流れの影響を受けにくくするため土台が小さく、柱も細い。
人間の移動だけなら問題はない。しかし馬車や重量のある荷物を渡す場合は船を使う。
「リートさん、あちらを見てください」
ユーカの真剣な表情に何事かと街道沿いを見れば小さな菓子店だ。結構人が入っている。
店舗の外には長椅子が置かれ、旅の商人達が茶を飲んでいた。
……なんだこの既視感は。以前にも同じことがあったような……。
「栗菓子のお店です」
「うん、旬は……いや、ちょうど旬の時季だな。買っていくか」
「はい」
どうして俺は旬の話をした?




