十一、怪光
「……報告は以上です」
「ご苦労だった。二人とも今日はあがってよし。……いや待て、リート残れ」
ランジャック隊長に報告を終え、寮へ帰ろうとしたところで呼び止められた。
ユーカがこちらを見て、どうしようかと迷っている。
「ユーカ、先にあがっていいぞ」
「わかりました。ではお先に失礼します」
隊長室の扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
今、ユーカが上着のポケットに手を突っ込んだ後、ホットケーキを裸のまま取り出したように見えたのだが……。
気のせいだよな?
「リートから見て、ユーカの仕事ぶりはどうだ?」
「良くやってくれています。優秀な後輩ですよ」
嘘偽りない俺の評価である。
よく気が利くし人当たりもいい。記憶力もいいし、細かい所に気が付く柔軟な洞察力もある。
なにより自分の身を守れるだけの力がある。騎士として充分な能力だ。
知識に関しては足りない部分もあるが、経験が埋めてくれるだろう。
「次の仕事はユーカ主導でやらせる。リートは補佐に回れ」
「はっ」
「案件を三つ用意しておいた。適当なものを選ぶといい」
ほう、ちょっと面白そうだ。
ええと、一つ目。
王都北区、地区役員の邸宅で宝石が盗まれた。現場は完全な密室。犯行時、邸宅内で不気味な獣の姿が目撃されている。
犯罪が絡む案件は、主にキアフットとヘクスが担当している。
神秘だけでなく人間の相手をしなければならないから荒事も多い。
正騎士隊と協調しなければならないし、最短で解決する必要があるから余裕がない。
ユーカにはまだ荷が重いか。
二つ目。
東の国境沿いにある村で崖崩れが発生。被害者は出なかったが、崩れた崖から古代のものと思われる石の人形が発見された。調査されたし。
これはニラックさんの担当する仕事だな。
ニラックさんは主に歴史と国土に関する神秘を調査している。軍事に関わる重要な仕事だ。
内容はちょうどいいのだが現場が遠い。東の国境沿いだから往復に最低でも三日、通常なら六日だ。調査日を入れて約一週間、慣れないユーカが先導するからもう少しかかる。
できれば出張は避けたいな。
三つ目。
王都南のカシリー川流域で怪光現象が目撃された。詳細な調査を求む。
自然現象の調査はウィネットさんが普段やっている案件だ。
占い師や風読みの人達から情報を集め、災害を未然に防ぐこともある。
現場が近いし内容も適切だ。これでいこう。
「怪光現象でお願いします」
「うむ。リートはこの件の原因を何だと推理する?」
「見間違い、錯覚、いたずら、天然燃料の噴出、宏観前兆などが考えられます」
宏観前兆とは地揺れの前触れとされている現象だ。
王都一帯では五十年に一度地揺れが起きるとされており、いくつか記録が残っている。
「よし、では明日正式に命令を出す。準備しておけ」
「了解」
前言撤回。
面白そうだと思っていたが、改めて考えると不安が心に浮き上がってきた。
もちろんユーカの事は信頼している。能力も充分だ。
だが……、この気持ちはなんだろうな? 親心かね?
川の流れはゆったりとしていて、水中には遡上した魚の背が見える。午前の柔らかい日差しが水面をきらきらと輝かせていた。
連峰の頂に目を向ければちらほらと白いものが乗っている。
例年通りなら、そろそろ強い風の吹きすさぶ秋の嵐が来る。嵐が過ぎ去って数日もすれば、そのうち王都に初雪が降る。
ユーカは毛糸のマフラーに顔を埋め、手袋の位置を直していた。
まだ暖かさの残る王都でも、川のそばまでくると空気が冷たい。水中の方がまだ暖かそうだな。
「あの家だな」
「はい」
事務所から南、カシリー川へ突き当たってやや上流の場所へ来た。
荷物と馬を近くの宿に預け、川沿いの拓けた丘を進むと収穫済みの畑が広がっている。
川の方角に向かって下る、なだらかな傾斜の畑の中ほどに小さな小屋、手前に一般的な大きさの石造り家屋が見える。平屋だ。
「いいか? まず最低限覚えておかなければならない情報を整理する。今回の場合、現場の位置と目撃した人物の人となりだ」
「現象の様子は?」
「もちろん聞く。依頼人から引き出す情報に優先順位をつけるんだ。俺は一切口を出さないから頼むぞ」
「了解」
ノックノック、と言いながら扉を叩くユーカにもずいぶん慣れた。
……そうか。この件が終わったら、ユーカは俺の手を離れて独り立ちするんだな。
扉を開けて出てきたのは色黒の若い男だ。髪は短く、がっしりとした体格でいかにも農夫といった印象である。
「何か?」
「調査依頼を受けて騎士団から参りました。騎士のユーカと申します。こちらはリートさんです」
「ああ、初めまして。レソンと申します。中へどうぞ」
扉から一段高い位置に板張りの床、入ってすぐ左手に暖炉があり、奥の部屋に家具がいくつか見えた。
右手の壁には寒さを防ぐ絨毯がかけられている、のだが……。
何だろう? 妙な違和感がある。
ユーかと二人できょろきょろしていると、レソンがふっと微笑んだ。
「何かおかしい感じがするでしょう?」
「ええ」
「元々この家は石床と石壁だったんです。前の住人が内装を作ったそうなんですが、そのせいで見た目より中の部屋が狭いんですよ」
なるほど、違和感の正体はそれか。
しかし……この“居心地の悪さ”はなんだ?
ユーカは一瞬こちらを見て、話を仕切りなおした。
「それではお聞かせください。おかしな光を見た、とのことですが」
「ええと、一週間くらい前の夜でした」




