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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十、しでかした盗賊
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上には上がいる


 追いかける。

 追いかける。

 追いかける。


 “待て!”


 ギランの姿を見失ってはいけない。

 ここで見失ったら逮捕の機会まで失ってしまう。

 音に頼るな、目を活かせ。


 全速力で追い続け、東区の工房街へ入った。

 ギランは曲がり角や細い路地をたくみに利用して走り続ける。

 王都の地図なら俺だって覚えている。細い水路を飛び越え、先回りをして奴の出口を塞ごうとするが、どうしても一歩遅れる。

 ギランが自身の足音を消しているためだ。


 “ハッ、ハア、……ぐっ、ハッ、ハア”


 切れる息が音も鳴らさずに口から出ていく。

 頭の中にだけ響く吐息の違和感で調子が狂う。


 速い。もう少しで手が届きそうなのに、追いつける気がしない。

 疲労のたまりが早い。足をうまく回せない。


 工房街を走り続け、東区大通りへ抜けた。

 歯を食いしばりギランの姿を正面に捉えると、その向こうの路地からユーカが出てきた。

 ギランが腰から短剣を抜く。

 通りの右手から出てきたユーカは、まだこちらに気付いていない。


 まずい。

 ユーカには俺達の発する音が聴こえていない。

 まずいまずい。


 “ユーカぁっ!!”


 ちくしょう! 声が届かな――

 その時、俺の腹から地を響かせるような「ぐぐう」という低音が鳴った。

 足がもつれる。


 こちらを見たユーカは、目にもとまらぬ速度で剣を抜く。

 正対に構えたと思ったら次の瞬間、ギランが足を大きく振り上げて宙に舞い、背中から、どすんと落ちた。

 ……何をした? どうやったらそんな倒れ方をする?


「剣の腹であごを打ち抜きました」


 うわあ、容赦ないな。

 というか……

 

 “どうして、俺の、考えていることが、わかるんだ?”


「声を出せないのですか?」

「ハア、……だ。……せない。あっ、出た」


 力が抜け、大の字になって道に寝転がる。

 荒れた呼吸と心臓の音が耳に響く。

 何か食っておけばよかった。燃料なしで走るのがこんなにきついとは。

 まあ、でも腹の虫がユーカを呼んでくれたおかげで、なんとかなったな。


「あれっ!? リートさん!」

「ハア、ハア、……どうした、ユーカ」

「ギランがいません!」


 慌てて体を起こすと、倒れていたギランの姿が見当たらない。


「ああ痛た」


 頭上の方からギランの声が響く。

 目を向けると、工房の屋根でしゃがんでいるギランの姿があった。


「ハア、ふう……、あごが腫れているぞ、ギラン」

「いやまいった。つい別のアーティファクトを使ってしまいました」

「……まだあるのかよ」

「一度使ったらしばらく使えませんけどね」


 話しながらユーカと二人で工房横の階段を上る。

 段差へかける足に力が入らない。休まないと走るのは無理だな。


 屋根に上がったところで、ギランが木の枝のようなものをユーカへ向けた。

 再び剣を正対に構えたユーカを手で制する。


「ユーカ、もういい。降参だ」


 まだ他に遺物を持っているなら、これ以上追うのはダメだ。

 正体がわからない遺物を相手にするのは危険すぎる。

 ギランは懐から独楽を取り出して口を開く。


「なんとか独楽を手に入れましたが、ずいぶん苦労しました」

「地下倉庫の警備は万全だと思っていたんだがな。世の中、上には上がいるものだ」


 ギランはわずかに口角を上げて、柔らかい表情を見せる。


「こんなにてこずったのは初めてですよ。……やっぱり僕はこの国の在り方がうらやましい」

「それなら一つ土産話をもっていけ。長子が財産を相続する法律を作れば、国の教育水準が上がるぞ」

「へえ。どういう理屈ですか?」

「さあな。帝王学を学んだことはない」

「ふふっ、まあいいか。機会があればまた会いましょう。……ああ、侍女長さんには、すまなかったと伝えておいてください。それでは失礼します」


 ギランはそういってするりと屋根を降り、すごい速さで走っていく。

 やがて夜の闇の中へとその姿をくらました。

 つかみどころのない男だったが妙に共感してしまうな。俺と同じ、体制の犬だからかね。


「リートさん、もうしわけありません。独楽をとられてしまいました……」

「気にしなくていい。独楽よりユーカの方が大切だ」


 遺物がなくても国は回る。しかし、人がいなければ国は回らない。

 優先順位など最初からわかりきっている。


「それに、あの独楽は遺物ではない」

「……えっ!?」


 その驚く顔が見たかった。ふっふっふ。


「獣爪の独楽は、紐巻きの投げ独楽じゃない。ぶち独楽ごまだ」


 ぶち独楽とは細い丸太の先を尖らせた縦長の独楽だ。

 中心軸がなく、鞭で側面を叩いて回転させる。

 回すのにコツが必要なので廃れてしまったが、古代から存在する由緒正しき独楽のご先祖様である。


 本物を見たことがなければ独楽とは思えない形状……というか、木彫りの置物にしか見えない。

 魔法陣も平面ではなく立体の円筒として現れるという。


「じゃあ本物の獣爪の独楽は?」

「今も地下倉庫に保管されているはずだ」


 ランジャック隊長も、サーラ先輩も、「盗られたのは独楽だ」と言った。

 仮に本物が盗まれていたなら、二人は正式な登録名である“獣爪の独楽”と言うはずである。

 だって地下倉庫には本物と偽物があるんだから。


 それにしてもギランの奴め、しでかしたな。

 諜報員という職種は、敵から直接得た情報を疑う特徴がある。

 たとえば俺が“独楽は偽物だ”と教えると、逆に本物の可能性が高いと思い込むのだ。


 同じ体制の犬として、奴がクビになることをお祈りしておこう。

 世の中、上には上がいる、と反省するがいい。


「どうして私には教えてくれなかったんですか?」

「初対面の時に、独楽を見に行くかと聞いたらユーカは怖がって断っただろ」

「……よく覚えていますね、そんなこと」

「今も怖がりなのか? どうする? 手を繋ぐか?」


 うつむいたユーカはゆっくりと剣に手をかけた。

 いかん、からかいすぎた。


「遊んでないで、いいかげんに降りてこい」


 眼下の通りに目を向ければ、ランジャック隊長が追いついたようだ。

 数名の正騎士がランジャック隊長を追い抜き、ギランが逃げた方向へと走っていく。

 屋根から飛び降りると、力の入らない足がもつれて転びそうになった。


「ギランを取り逃しました」

「構わん。証拠は充分に集まったからな。戻るぞ」

「了解」


 つい仕事を終えた気分になっていたが、これから夜半まで警備任務が残っている。

 人使いの荒いこの国の在り方がうらやましいとは、ギランはなんとも酔狂な言葉を残したものである。


「隊長、朝から何も食べていません。食事へ行ってもよろしいでしょうか」

「……ダメだ。我慢しろ」





「ギランはどうなるのでしょう?」


 王城前へと戻ってきた俺とユーカは、現在中央広場の警備任務中である。

 広場で酔っ払って眠っている連中を、スリや置き引きから守るのが仕事だ。


「国境警備につかまるか、それとも隣国でつかまるか、……でも、おそらく逃げ切るだろうな」

「独楽が偽物だと気付くでしょうか」

「気付くのは本国へ戻った後だろう。あいつには確かめようがない」


 独楽が本物かどうか確認するには、死を覚悟して独楽を回すか、魔法専門家の知識が必要だ。

 諜報員が一人で確認するすべはない。


「クオニアへ戻ってしまったら逮捕はできませんね」

「証拠が揃っているなら、議会がクオニアへ圧力をかけるんじゃないか」

「戦争になりませんか?」

「ならんさ。クオニアは政治闘争の激しい国だ。たぶん、あいつの飼い主が失脚してめでたく和解、それでこの一件はおしまいだ」


 最悪ギランは処刑されることになる。

 まあ、複数の遺物を使いこなす実力者だからきっと逃げおおせるだろう。

 できれば我が国へ逃げてこないでいただきたい。


 広場の東側から、桶を抱えた衛兵の小隊がこちらへやってきた。

 大橋の消火点検任務を終えた部隊のようだ。


「任務ご苦労様でした。衛兵隊第六班、中央広場警備を引き継ぎます」

「了解。万象調査隊、中央広場警備を終了します」


 ……長い……長い一日だった。

 やっとメシにありつける……。


「俺は食っていくが、ユーカはどうする?」

「お供します」


 幸いなことに広場の露店はまだいくつか営業していた。

 その内の一つ、外国料理の店で料理とエールを注文し、王城前の大階段を上る。

 どうせなら普段食べられない場所で食べよう、という魂胆である。


 最上段に腰をおろすと、南区大通りの中央に点々と置かれた篝火が、道の形を浮き立たせていた。

 篝火の横には地区役員が一人ずつ立ち、火の番をしている。

 エールを一口飲み込む。乾いた身体へ水分が染み渡っていった。


「リートさん、どうして財産分与の法律を作ると教育水準が上がるんですか?」

「長子以外の子供が財産を相続できなくなると、それぞれ別の仕事を見つけなければならない」

「はい」

「すると母親は教育に力を入れる」

「そうなんですか?」

「よくわからんが、我が国ではそうなった」


 レスターナ王国民の識字率はかなり高い。

 これは戦前、財産分与に関する法律ができたこと、王室や領主の権威が増大したことが理由としてあげられるとアードロン陛下から教わった。


 なんでも、長子が家の財産を相続すると、女性の立場が上がり教育が充実するらしい。

 教育によって権威に対する信用が増大すると識字率が上がり、急激に識字率が上がると革命が起きるのだという。


 因果関係がさっぱりわからんな。

 俺に帝王学は無理そうだ。


「ふぁあ、ほういうほともあふというはなひだ」

「口に物を入れたまま話さないでください」


 うまいなこれ。

 香辛料の効いた甘辛いソースを小麦麺に絡めた料理だ。野菜がたっぷり入っている。

 そしてエールによく合う。

 俺の横では、生地に包まれたクリーム菓子をユーカがぱくついていた。


 眼下を見渡せば、王都のいたる所で酒盛りが続いているようだ。

 宿へ向かう者や明日の準備を進めている者もいる。

 夜半だというのに、南区大通りではまだ商売を続けている剛の者までいた。

 酔客なら財布の紐も緩かろうと予想した、計算高い商人である。商魂たくましいねえ。


 夜空を見上げれば全天に星がまたたいている。

 明日もきっと、青空が広がるだろう。


「おっと」


 食事を終えて立ち上がると、足がふらついて階段を転げ落ちそうになった。

 疲労がたまった空腹の身体に酒を迎えたせいか、酔いが異常に早い。

 ここからも俺達の寮が見えるのだが、……まいったな。寮までまっすぐ歩いていけそうにない。


 立ち上がったユーカは一瞬、迷子に話しかけるときのような表情を見せて、俺の手を取った。

 ふわりと舞った長い髪から、まとう香りが流れて鼻をくすぐる。


「帰りましょうか」

「ああ」


 手を引かれて階段を下りながら、この国も悪くないと、思う。

 秋の夜風が吹き抜け、繋いだ手の熱を冷ましていった。




十、しでかした盗賊 了

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