交渉の先にある同情
夜闇が王都を包み、王城前中央広場ではそこかしこで酒盛りが始まっている。
各区大通りには火が炊かれ、歌声も聴こえてきた。
収穫祭は例年通り、夜半まで続く宴会に突入したようだ。
大会は明日もあるというのに選手まで飲んでやがる。
俺の方はといえば、空っぽの腹をおさえつつ仕事中である。
ああ、あの蒸し鶏とワインうまそうだ……。
「……以上が作戦内容だ。質問は?」
王城前の篝火に照らされたランジャック隊長の顔には日中の疲れが見える。
騎士団の忙しさは一年で今日が一番だ。ただでさえ忙しい日を余計に忙しくしやがってあの野郎。
事件が終わったら是非、隊長殿に休んでいただきたい。
「隊長、交渉は俺にやらせてください。一度話しているからギランの癖がわかります」
「わかった。リートは交渉役をやれ。アンルカはリートの援護。他の者は周囲で警戒にあたる。よし、行くぞ」
万象調査隊、全員出動である。
予想通り、ギランは侍女長と独楽の交換を提案してきた。
指定場所は東区大橋。下に人工河川が流れており、身を隠せる場所は少ない。
一見すると俺達に有利な場所だが、東区の奥へ逃げられると厄介だ。
南北に伸びる川と街壁が東区を大きく分断しており、捜索には時間がかかる。
そして東区には鐘楼がないため、高い場所から奴を探すことができない。
街壁の上には見張り台があるものの高さは鐘楼の半分以下だ。
現場に到着すると、正騎士隊の部隊が橋の影に隠れて装備を整えていた。
各人各様で、騎士道なんか知ったこっちゃないという実用一辺倒の高機動装備。
全員に共通しているのは古臭いコイフの上からかけられた、頭部を覆う布だ。顔を隠しているのだ。
第一部隊。国家を揺るがす重大犯罪に対応する部隊だ。
隊員の住居や身元の一切が秘密にされている、エリート中のエリートである。
だが俺は知っている。
いつも裸で寮を闊歩しているあいつは第一部隊の所属だ。
「ニラック、キアフット、ユーカは川から街壁まで。ヘクス、ウィネット、サーラは街壁から街門まで警戒にあたれ」
作戦はこうだ。
現場周辺を衛兵と調査隊が固める。
俺が交渉の時間を引き延ばしている間に、正騎士隊が大橋を包囲する。
独楽と人質を交換して、侍女長を救出した直後にギランを捕縛する。
もしギランが川に飛び込んでも逃げても、川下で衛兵が待ち構えている。
教練で学ぶ、お手本のような作戦である。
問題はギランもこの作戦を読んでいるであろうという点だ。
そこを調査隊の面々が援護しようという算段だが、本当に上手くいくのかね。
ランジャック隊長が橋の向こう、暗闇の中ををするどく睨んだ。
「来たな」
ギランが侍女長を盾に、橋の中ほどまで歩いてきた。
堂々と大通りを進んでくるとは余裕綽々といった感じだな。
剣を腰から抜き、アンルカさんへ手渡すと耳元でささやいてきた。
「……リート、無茶をしてはダメ。いい?」
「了解。行ってきます」
両手を挙げて、ギランへ近づいていく。
橋の両側に置かれた篝火が揺れて、ギランと侍女長の姿をあらわにした。
「やあリートさん、昼間はどうも」
「まさか逃げられるとは思わなかったぞ。ギラン」
「どうもすみません、こちらも必死なんです。……早速、交渉といきましょう。それではよろしくお願いします」
丁寧な口調で調子が狂う。
もう少し悪者っぽく振舞ってくれるとやりやすいのだが。
侍女長は落ち着いているようで、こちらを見てゆっくりうなずいた。
引き伸ばしても問題ないだろう。
「その前に教えてくれ。どうして独楽を狙う?」
「政治に利用するためです。僕の上司は政治家をしておりまして、アーティファクト……あなた方のいう“遺物”を手にして、次期選挙へ向けて箔をつけたい、というくだらない理由ですよ」
「何故、あの独楽なんだ? たかが独楽を手にして箔をつけられるのか?」
「さあ? 馬鹿どもの考えることは理解できません。……僕はこの国がうらやましいです。国の隅々までしっかり教育が行き届いている。後先考えず、アーティファクトを政治利用する愚か者がいない」
ギランの声色に嘘はない。特に「馬鹿ども」という部分には力が入っていた。
なんだか同情してしまうな。
「そんなことはないさ。愚か者が野心を持つのはどこの国も同じだ」
「あなた方の働きも素晴らしかった。あんなに早く僕を発見するとは予想していませんでした。お恥ずかしいことに、つい油断して子供達に芸なんぞを披露してしまいましたが」
「だが逃げ切ってみせただろう?」
「ええ、こいつのおかげです」
ギランが懐から取り出したのは、手のひらほどの大きさがある巻貝の貝殻だ。細長い形状で全体が白い。
……あれが遺物か。
「やっぱり遺物を使っていたんだな」
「せっかくですから実演してみせましょうか」
ギランは巻貝の先端を俺の顔へ向けて、すぐに腕を下げた。
これだけか?
「……!」
声が出ない。
確かに俺は喋っている。間違いなく喉だって振動している。
だが、声が音にならない。
「リートさんへ向けて使用しました。このアーティファクトは対象が発する音を一定時間分解します。心配しなくてもすぐに音は戻りますよ。……便利なんですがいまいち効果が弱くて、布一枚を隔てただけで使いものになりません」
指を弾いてみると音が鳴らない。足を地面に叩きつけても靴音が鳴らない。
しかし靴の中からわずかに鈍い音が聴こえた。
なるほど、俺の表面から発せられる音が分解されているということか。
服や靴に覆われた部分だけ影響を受けていない。
なんにせよ、これでもう俺は助けを呼べないわけだ。
「引き伸ばしはもういいですか? それでは交換といきましょう。リートさんは独楽を置いて後ろへ下がる。私は独楽の手前で彼女を離します。いいですね?」
ゆっくりとうなずく。
皮袋から独楽を取り出して、地面に置いた。
身体をギランへ向けたまま後ろへ下がる。
俺との距離を保って、ギランが近付く。
ギランが独楽を手にすると、侍女長がギランの手を離れて歩き出した。
少しずつ速度を上げて、ついに走り出した侍女長を後方の隊長へ促す。
隊長に目線を合わせ、音にならない声を絞り出す。
異変に気付いた隊長が号令をかけた。
第一部隊の連中が物陰から一斉に飛び出す。
ギランは微動だにしていない。
何故そんなに余裕がある? 囲まれているんだぞ?
「リートさん、どうもありがとうございました。それではまたいずれ」
ギランの後方から迫る騎士達が突然、足を止めた。
騎士の一人が体勢を崩し、体をひねりながら崩れ落ちる。
別の一人が足を大きく振り上げ、背中から落ちた。
火に照らされた騎士達の足元が一瞬きらりと光る。
油か!
橋に油を撒きやがった!
“逃げろ!”
声が音にならない。
ギランが篝に手を掛けて引き倒すと、火は油をつたって騎士達の目前まで迫った。
火の手に気付いた騎士達が次々と川の中へ飛び込む。
ギランは燃え盛る炎を器用に避けて、街壁側の対岸へと走り出した。
野郎! 仕事を増やしやがって!
誰が消火すると思ってるんだ!!




