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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十、しでかした盗賊
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遺物は何か


「先輩、独楽を取り返しました」

「よくやったねリート」


 皮袋から独楽を取り出して書斎の机に置いた。

 形だけを見れば、どこにでもありそうな紐巻きの投げ独楽である。

 独楽の上部には繊細で複雑な紋様が浮き出ていた。

 

 サーラ先輩の書斎に到着したのは、すでに陽が傾き、夕方の鐘が鳴りそうな頃だ。

 それにしても腹が減ってたまらない。ええと、最後に食事をしたのはいつだったっけ。


「ユーカ、どうだった? 執事の正体はわかったか?」

「はい。名前はギラン。二週間前、執事修行のためにクオニア王国から派遣されています」


 クオニアはレスターナから南南東、アノンダリアの東に隣接する小国だ。

 百五十年前、ロンダーン帝国の侵攻により王族が処刑されて植民地となった。

 ロンダーンの革命後に独立、民衆から代表を選ぶ選挙君主制国家へ移行した。


 俺達が知るクオニアといえばその程度の情報しかない。

 あとは……、政治権力闘争が絶えない国、と新聞公報で見かけるくらいだ。


「他に何かあったか?」

「お昼から侍女長が行方不明です」


 奴は、ギランは当然、複数の策を用意しているはず。

 侍女長はギランに誘拐されたか、監禁されているとみていいだろう。

 独楽と交換するための人質だ。待っていればいずれ向こうから接触してくる。

 だがその前に一つ、考察をしなければならない。


「先輩、ギランを追跡していたら奴の足音が突然消えました」

「姿はどうだった?」

「死角だったので、消えたかどうかわかりません」

「ふむ、やっぱり」


 ギランは遺物を利用している。

 サーラ先輩がそう言ったのは、目の前で地下倉庫の鍵を盗まれるはずがない、と確信しているからだ。

 なんらかの遺物を利用しなければ説明できない現象が起きた、ということである。


「ねえユーカちゃん、ギランはどんな遺物を使っていると思う?」

「姿を消すか、空間を飛び越えて移動する、などでしょうか」

「そうだね。でも空間移動はおそらく違うかな」

「あっ、そうですね。それなら鍵を盗む理由がありません」


 わざわざ鍵を盗んで地下倉庫の鉄柵を開けたのだ。空間を飛び越えて移動することはできない。


「リートはどう思う?」

「もしも空間移動や自身の隠蔽ができるなら、真っ先に王都から逃げていると思います。それに収穫祭中の昼間に行動する必要がありません。擬態や変装も同様です」

「ふむ、そうなると“認識を阻害する”という可能性も排除できるね」


 そんなことができるなら潜伏する必要がない。

 さっさと独楽を持って逃げればいいのだ。人目につかないのだから高確率で逃げ切れる。


「先輩の時はどうでした?」

「倉庫の鍵を机の引き出しにしまってから少しの間、本棚の前で調べ物をしていたんだ。そして机に戻って引き出しを開けたら、鍵が失くなっていることに気付いた。ちょうどそこへランジャック隊長が来て、一緒に地下倉庫へ見に行ったんだ」


 普段、サーラ先輩は肌身離さず鍵を持ち歩く。

 例外は出張時と書斎にいる時だ。書斎は物が多いから、紛失しないよう机の引き出しにしまう。


 盗られた状況を想像するに、サーラ先輩の目は本に釘付けだ。本以外は何も見ていないだろう。

 だが気付かないのはおかしい。少なくとも扉の開け閉めには気付くはずだ。

 もっといえば机の引き出しを開け閉めする音だって聴こえるはず。


 サーラ先輩が書斎へ入る以前からギランが書斎の中に隠れていたとしたら、鍵を盗めたかもしれない。

 だが鍵を盗んだ後、ギランはすぐに書斎を出ている。

 サーラ先輩は鍵の紛失に気付いて倉庫へ行った。つまり倉庫の鉄柵は開いていた、すでに鍵が使われていたということだ。

 そうなると鍵を盗んでからサーラ先輩が気付くまで、一度は書斎の扉を開け閉めしなければならない。


「扉以外に書斎から出る方法はありますか?」

「床板をぶち抜けば地下道へ行ける。火災からの脱出用だね。他にはないよ。部屋の周囲は煉瓦で覆われているし、窓や隙間は人が通れる大きさじゃないからね」


 床板をぶち抜いて気付かないなんて絶対にありえない。

 どんな遺物を使えば、先輩に気付かれず鍵を盗める?


「物質をすり抜ける……、物を瞬間移動させる……も違うか。どちらにせよ鍵を盗む理由がなくなる」


 ユーカが頬に手を当てて口を開く。


「サーラさん、時を止める、というのはどうでしょう?」

「うーん、可能性がないとは言わないけど考えにくいかな。もしも私が時を止められたら、この世界を支配できるよ。独楽なんて些細なものには使わないだろうね」


 時を止める遺物や魔法があるとしたら、一諜報員が使うには過ぎたものだ。

 ギランが歴史に名を残すような大魔法使いならば納得もできるが。


 今必要なのは豊かな想像力よりも事実の検証だ。冷静に見極めろ。

 ギランは馬車手形の窃盗事件を首謀し、王城から衛兵を遠ざけた。

 昼の一時いっとき、王城にいる衛兵の人数は少なくなったはずだ。


 鍵を盗み、倉庫の鉄柵を開け、独楽を盗み出した。

 遠ざけた衛兵が戻るまでの短時間で作業する必要があった。

 複雑なことはしていない。きっと単純な答えがあるはずだ。


 ギランはサーラ先輩のすぐそばで、物音一つ立てずに鍵を盗んだ。

 俺のすぐそばでギランの足音が消えた。

 そして人目を嫌っている。


「……音だ。音を消す遺物を利用した」

「ふむ、なるほど」


 それならばつじつまが合う。

 サーラ先輩は本を読んでいたから、音が鳴らなければ気付かない。

 俺はギランの姿を見ていないから、足音が鳴らなければ位置を見失う。


 消した音は、扉、引き出し、足音。この場合、足音は屋根の音だ。

 自身が干渉した物体の音を消すのか、それともある一定範囲の音を全て消すのか。対象人物の聴覚を操作する遺物というのも考えられる。

 まだ具体的な効果はわからないが、充分な情報である。


「ギランの姿を視界へ入れておけば、見失うことはない」


 ユーカが「当たり前といえば当たり前ですね」と言った。

 サーラ先輩が先生形態になる。


「今リートが言った言葉はトートロジーといって同義語の反復を――」


 やめて。説明されると恥ずかしいからやめて。

 ともかく、サーラ先生のありがたい説教を聴いている余裕はない。

 次は侍女長を救う算段を整えなければ。


 サーラ先輩の説教を受け流しつつ、情報を整理していると書斎の扉が開かれた。

 見ればアンルカさんが顔を覗かせている。

 

「調査隊全員、王城前に集合。受付に独楽窃盗犯の手紙が残されていたわ」


 さすが諜報員。行動が早くて助かる。




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