逃げる者と追う者
収穫祭の開催中、東区大通りは周辺各国から集められた商品と、それを売る商人で埋め尽くされる。
通りのもっとも東側、高低差の少ない街門付近は大型の家具や日用品が販売されており、高低差の大きい西へ行くにしたがって商品が小さくなっていく。西区大通りの端まで行けば宝飾品を扱う店ばかりとなる。
北区は繊維や服飾、南区は食料品が主な商品だ。中央は観光客向けの土産である。
販売場所を限定されてはいないのだが自然にこうなったという。
王都に存在する問屋に近い位置がそのまま出店場所になった形だ。商談を行う上で便利、ということなのだろう。
というわけで各区大通りは日中、人通りが絶えない。
木を隠すなら森の中というが、衛兵がたくさんいる場所に隠れるほど奴は愚かではないだろう。
つまり大通りは潜伏場所として不適格である。
俺ならどこに潜伏するか。
臨時の宿泊所は街門の外、街道沿いだ。東と南に一ヶ所ずつある。
夜間、長時間の移動は避けたいから北区や西区には潜伏しない。北東地区や南西地区も同様だ。
そうなると南東地区か。
辺りを見渡せば、祭りの真っ最中だというのに閑静で人通りが少ない。
道端で遊ぶ子供達の姿を、老夫婦が優しいまなざしで眺めていた。
南東地区は住宅が密集した歴史の長い地区だ。王都で“下町”といえば南東地区をさす。
区画整理がされていないため行き止まりが多く、道が複雑で迷いやすい。
観光名所は家屋の屋上に設置された空中回廊だ。
建材には防水耐火加工された木材が使われ、表面のこげ茶色が特徴的である。
三角屋根を突き抜けるように渡された回廊は過去、大水から避難するために使われていたんだとか。
ちなみに現在は近所のおばちゃん達が物干し台として使用している。
まあ要するに、人目につきにくく逃げやすい場所である。
しかし……、来たはいいもののどこを探せばいいのか、さっぱりわからんな。
一度王城へ戻るか。腹が減った。
道の真ん中で立ちすくんでいると子供達の歓声が、きゃあ、と聴こえた。
こんな場所で見世物でもやっているのか。
ふむ、子供相手の見世物なら菓子があるはずだ。少し分けてもらおう。
細い路地を抜けて歓声が聞こえた場所へ向かうと、一人の男が球を空中に放り投げて大道芸をしている。
……どうして、どうして諜報員がこんな所で大道芸をしているんだ!
待て。落ち着け。焦るな。
幸運か不幸かわからないが、目当ての人物がすぐそばにいる。
奴は犯行がまだばれていないと思っているはずだ。そして俺の顔を知っているから、下手に刺激しない方がいい。
精一杯、にこやかな表情を作って奴に近付く。よし。
「おお、執事の新人君じゃないか。こんな所で何やってるんだ?」
「……朝はどうも。たしか騎士のリートさんでしたっけ。少し空き時間ができたので祭りを見て周っていたのです。ところが迷子になってしまいました。ははっ」
「王都へ来たのは最近なのか?」
「ええ。まだ道を覚えていなくて」
よどみなく、奴の口からすらすらと言葉が出てくる。
「そうか。こっちは忙しくてたまらんよ」
「警備が大変そうですもんね」
「まったくだ。それに、王城に間抜けな賊が入ってがらくたを盗んでいきやがった」
「がらくたですか?」
「ああ、賊は偽物の宝を持っていったんだ」
「どうしようもない盗人ですね」
「たぶん勘違いしたんだろうな。本物はちょっと特殊なんだ」
「へえ。本物はどうやって使うんです?」
かかった。
咄嗟に奴の手首をつかむ。
「どうして宝を“使う物”だと思ったんだ? 新人君」
「やべっ」
奴は奇妙な形に手首を曲げ、するりと俺の手から抜け出す。
「あっ、お前! 執事! 待て!!」
奴は民家の壁にしがみつくと、両手足を器用に使ってするすると屋根へ上っていく。
上りきると屋根の上を走り出した。足音が遠ざかっていく。
逃がすか!
屋根に響く足音を追いかけるが、かなり速い。
民家の壁に体を打ちつけながら複雑な路地を曲がる。
ああくそっ、腹が減って足に力が入らない。
どうしてこんな所で見世物なんかやっていたんだあの馬鹿!
「止まれ馬鹿!」
「誰が馬鹿だ!」
路地の隙間に目を向けると、屋根から屋根へ飛び移っていく奴の姿が見える。
俺に逃げる方向を悟られまいと器用に方向転換をしているようだ。
だが、地の利はこちらにある。王都生まれの土地勘をなめるな。
先回りして、奴が飛び越えるであろう路地で待ち伏せる。
屋根に響く足音が徐々に大きくなっていく。
足音が聴こえる方角、民家の壁に背中をつけて宙を見上げる。
奴が頭上を通った瞬間、手近な石を拾って思いっきり投げつけた。
「うわっ!」
外した。
空中で体勢を崩した奴の懐から皮袋が落ちる。
向かいの屋根に着地した奴はそのままの勢いで走り始めた。
すかさず袋を拾って、追跡を続ける。もう一度先回りだ。
短い階段を降りて、再び壁に背を預け石を握り締める。
足音が近付いてきた。次は撃ち落すぞこの野郎。
その時、俺の背後に近付く足音が、ぴた、と止まった。
急停止したような様子はない。
踏み切って空中に飛び跳ねたような音だったが、いくら待っても着地音が聴こえてこない。
なんだ? 地面に降りたのか?
いや、足音はすぐ背後まで来ていた。
地面に降りたのなら俺の目の前に着地しなければおかしい。
路地の端に積まれた木箱を駆け上がって屋根によじ上る。
周囲を見渡すと、奴の姿は忽然と消えていた。




