仕事人間の性質
南区北区それぞれの衛兵詰所を尋ねると、やはり手形の盗難事件が調書に残されていた。
場所も手段もてんでばらばらで統一性がない。だが、全ての事件発生時、犯人の姿が目撃されている。ここまできたら何かあるとしか思えないほどだ。
そして、東区大通りの衛兵詰所へやってくると揉め事が起きていた。
「手形を盗っただけだろ! いい加減に離せ!」
「おとなしくしなさい!」
おっと、魚がかかったか?
手形盗難の犯人とおぼしき若い男は、腕をつかまれながら身をよじっている。
衛兵の方は……おや?
「コーニ」
「あっ、リートさん、ユーカちゃん、お疲れ様です」
犯人の腕をつかんでいたのは、いつか境界の向こう側へ迷い込んでしまった赤毛の女衛兵である。
ユーカと寮の部屋を共にする関係で、時折俺とも話をする元気な後輩だ。
「その男、馬車手形の窃盗犯か?」
「そうです。私の目の前で盗んだんですよ、こいつ」
衛兵の前で窃盗を行うとはどれだけ豪胆なやつかと思えば、意外にも真面目で気弱そうな印象の青年である。目付きもどこか優しげだ。
「窃盗犯の彼と話をさせてくれないか? 別件なんだが」
「はい、構いませんよ」
コーニがつかんでいた腕を離すと、男はするどい視線でこちらを睨んできた。
……いまいち様になっていないな。
罪を犯すことに慣れていない手合いとみえる。こういった人間は嘘をつくのが苦手だ、からめ手を使う必要はないだろう。
「もしかして誰かに、手形を盗め、と頼まれたのではないかな?」
「なっ……なんでわかった?」
素直な反応。いいね。
「大方、持ち主の目の前で手形を盗めたら金を払う、とでも言われたんだろう?」
「……仕方なかったんだよ! 競鶏でスって金がなかったんだ!」
競鶏とは鶏を競争させて着順を当てる賭博だ。
祭りの開催中、大人から子供まで誰でも参加できる手軽な賭博が王都のそこかしこで行われている。その内の一つである。
賭博で負けた者を狙い撃ちか。ごろつきを雇うより賢明だな。
「騎士団はその手形を集めている奴を追っているんだ。協力してもらえないか」
「協力したら僕を見逃してくれるのか?」
「ああ、明日には解放すると約束しよう」
「……わかった」
約束もなにも初犯で手形の盗難程度の犯罪なら、一晩牢へ入るか、炊き出しの手伝いでもすればすぐに解放される。
やはり罪を犯したことのない一般都民か。
「頼んできた相手はどんな人間だった?」
「身なりの良い若い男だった。たぶん外国の金持ちだ」
「名前は? 何か特徴を覚えていないか?」
「名前はわからない。特徴は茶色の髪で黒い瞳。あとは……目元にほくろがあったと思う」
ん? 目元にほくろ?
「幼い顔立ちじゃなかったか?」
「そうだ。声を聴くまで子供だと思っていた」
「黒い服を着ている」
「ああ。あれはやばい奴なのか?」
新人の執事。
いや、しかし身元の保証がなければ王城で働くことはできない。
ましてや執務をやるなら確固たる保証人が必要だ。それこそ王族や有名貴族の後ろ盾がなければ、いくら金を積んでも王城の執事にはなれない。
そうか。外国政府だ。
外国政府の保証付きで修行名目のあっせんなら、たとえ王室や王国議会でも簡単に追い返すことはできない。詳細な身元調査だって難しい。
外国政府の後ろ盾があり、王城の構造を知っている。
執事だから、サーラ先輩が倉庫を管理していることも当然知っている。
そんな人物が手形盗難事件の首謀者。
ここまできたら疑うなという方が無理だ。
「ユーカ、王城へ行ってあの執事の身元確認と侍女長の安否確認をしてくれ。確認後、隊長へ報告したらサーラ先輩の書斎で待機」
「はい。リートさんはどうなさるんですか?」
「情報を集めていく」
「了解しました。……無茶はなさらないでくださいね」
「ああ。頼んだぞ」
さて、まだあの執事が諜報員と決まったわけではないが、その線で捜査を進めよう。
もしも俺が諜報員ならどう動く?
奴は目的の独楽を盗んだのだから当然、足がつく前に逃げるはずだ。
しかし今は収穫祭一日目の昼下がり。王都から脱出するのは困難をともなう。
王都の外へ向かう馬車がないためだ。
徒歩でも王都外へ出られるが、やはり出た後の移動手段がない。
ファガナン市まで南下すれば馬を調達できるだろうが、時間がかかる。
何日もかけて国境へ向けて歩くということはないだろう。時間が経てば経つほど、警備が厳重になると奴もわかっている。
奴以外の諜報員が協力しているか?
それは考えにくい。獣爪の独楽は貴重な遺物だが価値は低い。
まず兵器へ転用できる代物ではない。つまり戦略価値は皆無だ。
売れば足がつくから金銭価値もないし、そもそも神秘現象を証明しなければただの独楽だ。証明するには犠牲者を出さなければならない。
奴が“独楽の調達”という仕事で王都へ来ているなら、使える予算は限られる。
人員を増やす余裕はないはずだ。単独犯とみていいだろう。
……予算まで考慮してしまうとは、仕事人間の悲しい“さが”であるなあ。
本題に戻ろう。
王都の外に馬を用意しているか?
それも可能性は低い。街道沿いの宿や厩舎をやっている人間は収穫祭の間、王都で出張営業をしている。つまり馬を休ませる場所も餌もない。
馬を連れて野宿となれば大荷物が必要だ。荷物の用意で足がついてしまう。
ということは、奴はまだ王都内に潜伏している。
素直に明日の昼以降、祭りの終了時間まで待って、他の人々にまぎれて王都を出るのがいい。安全策である。
……違う。
奴は諜報員だ。訓練された諜報員なら俺達の動きを読んでいる。
人々にまぎれて王都を出るのは安全策に思えるが、その実、一番危険だ。
俺のような捜査員が、網をはっている可能性が高いからな。
俺が諜報員なら一刻も早く王都を出たい。しかし人目につくのも困る。
どちらへ向かったか目撃されたら、騎士団から逃げ切るのは難しい。
だとするなら、……移動は今夜だ。
陽が暮れてから王都を出て、臨時の宿泊所で明日の馬車を待つ。
「あのう、リートさん? そろそろ窃盗犯を本部へ連行しても……」
「ああ悪い、コーニ。考えをまとめていた」
「さすがです」
そうだろう、そうだろう。うむ。よきにはからえ。
いかん、ユーカがいないのでつい調子に乗ってしまった。




