十、しでかした盗賊
風が弱くふんわりと暖かい、絶好の祭り日和だ。祭りとは王都グラスランドの収穫祭である。
王都では本日から二日間に渡って、国籍身分問わず誰でも商売ができる。商人組合へ話を通す必要がないのだ。
組合を通さないということは税が免除されるということ。
そのため国内外から数多くの生産者や商人、観光客が王都へ集まる。
結果的に今日、明日と王都の人口は三倍に膨れ上がる。なんと外国から来た商人が空き地で宿の臨時営業を行うほどだ。
そして祭りの警備を行う衛兵騎士団の仕事は三倍どころか、五倍以上に跳ね上がる。
「……だからといって、まさか王城の受付警備をやるとは思わなかったが」
「人手が足りないそうですから仕方ありません」
言葉とは裏腹にユーカは笑顔を見せていた。
どうやら預かった迷子達に抱き付かれるのが嬉しかったようで、先ほどから妙に機嫌がいい。
つい先ほど最後の迷子を親が迎えにきた際には、子からユーカを引き剥がすのに苦労した。普通、逆じゃないのか。
王城入口に設置された受付に目を向ければ、侍女長と新人の執事が一人ずつ。
侍女長は王城に仕えて十年超の女性だ。確か、アンルカさんと同じくらいの年齢だったと思う。
王城の仕事に関してメイド長の次に詳しく、容姿は厳格な印象を与える人物なのだが……、どうも隣の新人君に色目を使っているように見える。
一方、執事の方はまだ幼い顔立ちの青年である。
黒い制服の背を伸ばして懸命に体裁を整えているが、侍女長にたじたじといった様子だ。
がんばれ新人君。泣きぼくろがステキだぞ。侍女長の誘惑に負けるな。
この二人の仕事は、許可を得ずに謁見に来た者をすげなく追い返すことだ。
俺とユーカは受付の端に立ち、問題を処理することが仰せつかった役目である。
目を光らせて威嚇するだけの簡単なお仕事、と言えなくもない。
「外から歓声が聴こえます」
「始まったか」
王城前中央広場では選抜された騎士団員による武術大会が開催されている。
立派な柱に囲まれた特設舞台上で、武の腕を競うのである。
どうして収穫祭に合わせて行われるかといえば、王都が誇る衛兵騎士団の実力を国内外へ向けて知らしめるため、という名目があるからだ。
しかしてその実態は、『きちんと税金分の仕事をしています』と王都民へ宣伝するためである。
「ユーカが大会に出たら勝てるんじゃないか?」
「長年、衛兵をされている方々には勝てません。地力が違います」
「そういうものか」
「そういうものです」
剣の技術に長けたユーカが言うのだから、きっとそうなのだろう。
世の中、上には上がいるものだ。
「地力だけで比べれば、ほとんどの騎士団員よりカボチャ農家の方が強いです」
「……本当か?」
「カボチャ農家は木こりに勝てません。木こりは山の猟師に勝てないでしょう」
山の猟師といえばその強さを示す逸話が多い。
三日間飲まず食わずで獲物を追い続けたとか、素手で熊を撃退したなんて話もある。
それにしても……何故カボチャ? キャベツ農家じゃダメなのか?
「まあ、でも団員より強い人間がいないと国としては困るな」
「そうなのですか?」
「騎士団から強い戦士が出てくると、その人自体が戦の火種になるんだそうだ」
戦争で活躍した英雄が反乱の象徴として利用される話は、世界中どこにでも転がっている。
だから武術大会の選手も毎年別の人間が選ばれる。
特定の一人に人気が集中してしまうと問題が起きやすいのだ。歴史の教訓である。
「リート、ユーカ」
枯れそうな声を発しながら王城へ入ってきたのはランジャック隊長だ。
髪は乱れ、額には汗の粒がきらりと光っている。
「二人は西区大通りの衛兵詰所へ向かえ。正午から王城前で待機」
「了解。西区大通りの衛兵詰所へ向かいます」
ランジャック隊長はふらふらとした足取りで王城を出ていった。
祭りが終わったら魚釣りか温泉にでも誘ってみるか。少しは上司の身体を労ってやらねばなるまい。
いくら元気でも四十路だからな。四十路。
やってきた衛兵に引継ぎを行い王城を出ると、わあっ、と大きな歓声が聞こえた。
王城南入口から伸びる大階段の下、中央広場を見渡すとものすごい人の数だ。
旅姿の者、鎧を身に着けた者、外国の装束で着飾った者、様々な姿の人間でごった返している。
広場外周の芝生には、やはり色とりどりの出店が賑わいを見せていた。
舞台上では今まさに、選抜選手による試合の真っ最中である。
「こう、人が多いと俺達の方が迷子になりそうだ」
「子供達みたいに手を繋ぎましょうか?」
「恥ずかしい」
「そういえばリートさん、初対面の時に私の手を取りましたよね」
「……よく覚えているな、そんなこと」
大階段を降り、人波をかきわけて西区大通りへ向かう。華やかに飾り付けられた大通りに数百台もの馬車が整列していた。
祭りの開催期間中、西区大通りは馬繋場として使用される。
王都の中でも比較的、高台に位置する西区は高級宿が多く存在するため、金持ちは大体西区に宿泊する。
観光客は南区の旅館、庶民は東区の安宿、貧乏な若者は街道沿いに用意された臨時の宿泊所だ。
衛兵の詰所を見つけ中へ入ると、衛兵と中年の男が何事か話していた。
「応援に来た。調査隊だ」
「来てもらってすまない。すぐ戻るからその間、この人の話を聞いておいてくれ。それじゃ任せた」
衛兵は立ち上がり詰所を出ていった。お疲れ様です。
男の正面に座り、居ずまいを正す。
衛兵の仕事は久しぶりだな。ええと、偉そうにふるまうんだっけ。
“そのほう、何があったか言うてみよ”
……なんか違うな。普通にしよう普通に。
「何がありました?」
「馬車の手形を盗まれてしまって」
「手形を盗まれた、と。……紛失したのではありませんか?」
「馬車の先に括り付けていた手形を、目の前で持っていかれました」
馬車で王都へ出入りする場合、通行手形が必要になる。
手形といっても、衛兵に「馬車で来た」と告げれば無料で貸し出される木札だ。それ自体に何の価値もない、いわば整理券のようなものである。
「馬車は王都の外にあるのですか?」
「いいえ、大通りに停めています」
泥棒はただの木板を窃盗をしたということか。意味がわからんな。
とりあえず調書だけでも書いておくか。
「犯人に心当たりはありますか?」
「犯人の姿を見ました。外国の装束をまとった背の低い少年でした」
「わかりました。新しい手形を出しますので、失くさないよう気をつけてください」
手形を渡すと中年の男はこちらに頭を下げ、自分の馬車へと戻っていった。
調書を箱に入れようとすると書類が山積みになっている。
祭り中の衛兵達は特に忙しそうだな。今日は徹夜か。
「ユーカ、王城へ戻る前に昼食を済ませていこう」
「はい。……リートさん、この調書おかしくないですか?」
「ん? どこがおかしい?」
「こっちの調書も、これも、手形の盗難ばかりです」




