星の御使の声
「詳細は判明していないけどね」
「その……伝説が創作という可能性はないんですか?」
「違う地方、違う年代、違う著者に書かれたいくつかの古文書に残っている話なんだ。信憑性は高いと思う」
いや……、しかし、そうなると楽譜にも同様の危険があるということになってしまう。
楽譜はロカの祖父が孫娘のために書き残したものだ。そこまで危険なものだとは思いたくない。
「楽譜に書かれた言葉はただのまじないかもしれません」
「金属結晶を利用した紙に暗号で書かれていたんだよね? 隠す理由があったからそうしたとは考えられないかな」
「それは……そうですが……。伝説とはどんなものなんですか?」
「ふむ」
わたしは、大いなる星の御使が山の上に立つのを見た。
御使は大声で叫んで言った。
「わざわいはそらに。さばきの時だ」
御使が杖を振ると、天が落ちた。
土はめくれ、底知れぬ所の穴を開く。
海は煮え立ち、塩をのこした。
月が欠け、再び満ちるまでの間にエルウダを燃やし尽くした。
「“ステルラウクス”とは古語で“輝き”という意味以外にもう一つ、“星の御使の声”という意味があるんだ。“ステルラウクス”という言葉が先にあって、後に意味が付加された形だね。エルウダは遥か南の砂漠地帯にあったとされる街の名だよ」
「その危険な魔道書が地下倉庫にあるんですよね?」
「うん。いつから王都にあったのかわからないけれど、王城の宝物庫にあった魔道書をエグバジル先生が遺物として登録したんだ」
……まだだ。まだ可能性の段階でしかない。
楽譜は祖父から仲の良い孫娘へ贈ったもの。最悪の事態を引き起こすとは到底思えない。
災いを呼ぶ魔法と、奇跡を起こす楽譜。
一方は破壊と殺戮の力、一方は愛のこもった贈り物。
仮にどちらも同じ現象が起きる魔法だったとして、まったく違う結果をもたらすことなどあるだろうか?
よく考えろ俺。
魔道書と楽譜では書かれている量も違うし内容も違う。発動の方法だって違う。
当然、結果だって変わるはず。
「先輩、魔道書ステルラウクスの存在を知っている人間はどれだけいるんでしょう?」
「私とエグバジル先生、国王陛下、ランジャック隊長、そしてユーカちゃんとリート。たぶんこれで全員だよ」
「それだけですか?」
「宝物庫の目録には“不明本”と書かれていたんだ。魔法の存在は語り継がれていたけれど、魔道書があることは誰も知らなかった。エルウダ壊滅の伝説がステルラウクスによるものと分かったのも、魔道書が発見された後だよ」
ということは、ロカの祖父も魔道書の存在は知らなかった。
自身の作ったものが魔法であることすらわからなかったはずだ。
……段々と見えてきたな。手掛かりはまだ少ないが、魔法の内容は大体予想できる。
楽譜には楕円軌道の式が書かれていた。
災いは空にあって落ちてくる。
地面に深い穴を穿ち、周囲を燃やし尽くす。
名称、星の御使の声。
つまり隕石だ。
そして楽譜の魔法は流れ星だと推測できる。
隕石と流れ星は同じ現象だが違う結果をもたらす。
隕石ならば落下した先で被害をおよぼすが、流れ星ならば落下はせず、ただ美しい光景となるだけだ。
だが、魔道書と楽譜の違いを証明できるだろうか?
「ユーカ、ステルラウクスってどんな現象を起こす魔法だと思う?」
「伝説の通りであるなら隕石でしょうか。隕石が落ちた跡は大きな穴があくと聞いたことがあります」
「サーラ先輩の予想は?」
「ユーカちゃんと同じだね」
「もしも王都の中心に隕石が落ちたらどうなりますか?」
「規模によるかな。小さなものなら当たらない限り平気だよ。大きなものなら衝撃で王都が吹き飛ぶ。王城は融けて気化するね」
整理しよう。楽譜がもつ可能性は三つ。
一つ、魔法の発動によって隕石が地面まで落下する。
重要なのは“地面まで落下する”という点だ。規模の大小に関わらず何かしらの影響がある。
一つ、魔法の発動によって流れ星が空を走る。
この場合、地面まで落下しない。つまり影響はない。
一つ、何も起きない。
俺が魔法の楽譜だと思い込んでいるだけで、ただの楽曲。楽観的な可能性だ。
「先輩は魔道書と楽譜の違いを証明できますか?」
「できない。魔道書の内容はほとんど解析できていない。高度な定理が使われていて読み解けないんだ」
「落ち始めた隕石を止める方法は?」
「ない。遺物を全て使っても無理だろうね」
……ダメだ。良い考えが何も浮かばない。
残念だが演奏をあきらめるしかないか。
ロカに演奏するといった手前、あきらめるのは悔しいが危険なことをするわけにはいかない。
なにより、本当に魔法の楽譜であるなら遺物として登録しなければならない。そうなるとロカから大切な祖父の遺品を取り上げることになってしまう。
それなら曖昧なままにしておいた方が――
いや? 待てよ?
しかし……、どうする?
「あー、いや、やっぱり、でも、俺が責任を……」
「リートさん?」
「リート?」
よし、決めた。
全ての責任は俺が取る。
「先輩、一般人の地下倉庫入場許可を出してもらえませんか?」
「それはいいけど……陛下へ相談して、対象の身元確認をした後になるから時間がかかるよ」
「かまいません。良い機会です」
「リートさん、何をする気ですか?」
「初代倉庫番人と四角い顔の天才にご登城願おう」
サーラ先輩が顔をしかめて、うげっ、と声を漏らした。




