最後の仕事
事務所へ帰る辻馬車に揺られながら紙を眺めている。
目の前の紙に書かれているのは日付と文字。日付は大体一ヵ月後だ。文字は言葉として意味を成さない羅列である。
それにしても、フレドーの相手は疲れた。ユーカはけろっとしているがいつものことなので気にしない。
「リートさん、こちらの文字にも何か意味があるのでしょうか?」
「このままだと意味を成さないが、古語に変換すると読める」
「なんと読むのですか?」
「ステルラウクス」
俺の知る限り、ステルラウクスという言葉は二つの意味を示す。
一つ目は“輝き”を意味する古語だ。魔法やまじないの言葉として、演劇や絵物語などに出てくる。
二つ目は王城地下倉庫に登録されている遺物で最古の魔道書の一つ。つまり魔法の名称だ。
魔道書と同じ紙が使われ、魔法の名称が隠されていた楽譜。
楽譜は“遺物級”ではなく、“遺物そのもの”である可能性が出てきた。
遺物を偶然作り出した人間は今までにもいた。しかし意図的に作り出せた人間は一人もいない。
数ヶ月前、自力で神秘現象を起こした霊術師がいたが、あれは神秘を利用したに過ぎない。作ったのはただの術だ。
楽譜を書いたのは依頼者であるロカの祖父。
数学教師で物理、工学、天文に精通していたとロカは言っていたから、フレドーと同じ、才能あふれる優秀な人物だったのは間違いない。
楽譜の紙自体を作ったのも本人だろう。技術的に製作不可能だとされた紙なのだから王都の職人がおいそれと作れる代物ではない。
楽譜はロカの祖父が書いた遺言書に同封されていた。
才能あふれる優秀な人物が、愛する孫娘へ残した人生最後の仕事。
奇跡が一つ二つ起きてもおかしくない話だ。
「ユーカ、事務所へ帰る前に『こまどり』へ寄っていこう」
「えっ、今日もですか?」
「今日もだ」
「わ、私を酔わせても無駄です。もう乱れたりしません」
「事務所へ帰る前に、と言っただろう。酒はなしだ。ロカへ報告する」
「この日は……」
大衆酒場『こまどり』の裏口から入ると、そこは店員の休憩所である。
狭い部屋の半分が座敷となっており、もう半分に棚と机と椅子が置かれている。
ロカは今夜の出番に備え化粧をしていた。
「ロカさん、日付の意味がわかりますか?」
「はい。この日は私の誕生日です」
「ステルラウクスという言葉に覚えは?」
「まじないの言葉だったと記憶していますが……。あの曲は本当に呪われているのでしょうか?」
「呪われてなどいませんよ。俺が保証します」
ほっ、と息をついたロカは鏡に向き直り化粧の続きを始めた。それにしても美人だな。
前回会った時は街娘の格好だった。それでも美人だと思えたのだから、ドレスを纏って化粧をすると一層魅力的な姿に見える。
ロカは紅を口へ差し、再びこちらへ振り向く。
「安心しました。でも……もう調査は必要ないのかもしれません」
「何故です?」
「噂が広まってしまった以上、王都の奏者は誰も弾きたがらないでしょう? 演奏できないのなら歌を封印するしかありません」
たとえ事実ではなくても、“呪われた曲”という汚名をそそぐには相当な時間がかかる。
演奏しようとすれば奏者だけでなく聴衆だって逃げてしまうだろう。
確かに、演奏はもう無理かもしれない。
「リートさん、ユーカさん、ありがとうございました。もう調査を打ち切っていただいて構いません」
「待ってください」
しかし、ロカの祖父が残した最後の仕事を無駄にはしたくない。
その仕事をロカへ届けられるのは俺だけなのだ。
「ギターの演奏なら俺がやります。ハープはユーカにやらせます。調査を完遂させてください」
おっ、ユーカが目を見開いてこっちを見ている。
刺さるような視線とはこのことか。
『こまどり』の裏口から外へ出ると、夕日が一帯を赤く染め上げていた。
南区大通りを通って帰宅する人達は、肩がぶつからないよう器用に歩いている。
「あの、私がハープを演奏するんですか」
「ああ。言ってしまったものは仕方ない。ロカの誕生日は一ヵ月後だ。その日へ向けて俺と一緒に練習しようじゃないか」
日付は暗号化され楽譜の中に隠されていた。
それなら、ただ誕生日を載せた、というだけではあるまい。おそらく奇跡を起こす条件の一つだ。
つまりロカの誕生日に演奏する必要がある。
「楽器なんて今までやったことがありません」
「問題ない。俺が手取り足取り教えよう。なんならコバイン殿下へ頼んでもいい」
楽譜に書かれたハープのパートはそれほど難しくない。
使う音が少ないから膝に乗せて使う小型のラップハープでいける。よほど音感が悪くなければすぐに演奏できるだろう。
事務所へ戻り詰所へ入ると、サーラ先輩がギターを抱えていた。
弦を弾こうとして、ばち、かち、と音にならない音を出している。黒いローブとギターが似合わんな。
「ユーカちゃん、リートお帰り。ギターの換装が出来たから持ってきてあげたよ」
「ありがとうございます。ふっ」
「何笑ってんの」
いいな、魔女とギター。
喜劇に出てきそうな不条理で滑稽な組み合わせだ。
「いえ、ギターが似合うなと思って。そうだ先輩、楽譜に“ステルラウクス”という暗号が隠されていましたよ」
「それは……まずいね。詳細な調査が必要かもしれない」
まずい? 危険なものなのか?
先輩は真剣な表情だ。冗談を言っているようには見えない。
「過去の伝説では、ステルラウクスの魔法によって街が一つ壊滅しているんだ」




