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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
八、難解な事件
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人間ですらない


 完全装備である。

 装備といっても戦うための装備ではない。口と鼻を布で覆い、エプロンを身に付け、腕に布を巻いた。皮手袋も持ってきた。

 俺達は王都北を流れるカナリー川を船で渡り、小高い丘を一つ越えた場所にある共同墓地へやってきたのだ。

 あいかわらず厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降りそうな気配である。


「なんだか墓荒らしみたいでわくわくするね」

「サーラ先輩は、遺体の解剖をしたことがあるんですか?」

「もちろんあるよ。これでも一応医術師だからね」


 俺とユーカは第二部隊の検視官に一緒に行ってくれるようお願いした。しかし、遺体を確認して証言ができる医術師も必要とのことで、サーラ先輩にも来てもらったのだ。

 そして現在、俺は墓を掘っている最中である。もうすぐ棺にたどりつきそうだ。


「あの、リートさん」

「どうしたユーカ」

「遺体の手に横滑りの傷があったら、容疑者はどうなるんですか?」

「証拠不十分で無罪放免だな」

「でも、境界の向こう側では人を殺しています」

「立証できないだろう?」


 境界の向こう側で起きたことは、調べようがない。

 俺達の法で裁けるのは境界のこちら側で起きたこと、この世界の事実だけだ。

 

 事件の前、被害者のシアヌはルケを客としてとった。

 ルケに一目惚れをしたシアヌは、ルケの持ち物である縄を盗む。

 惚れた相手の持ち物を欲しがるのは不思議な事ではない。ましてや娼婦と客だ。次にいつ会えるかわからないのだから、思わず盗んでしまったとしてもおかしくないだろう。

 

 事件のあった日、ルケは一日中自室にいた。

 周囲の住人もそう証言している。

 

 そしてここからが立証すべき仮説だ。

 その日、シアヌは定宿の一室で自分の首をしめた。使用したのは盗んだルケの縄。恋焦がれた相手の持ち物を使って自分を慰めたのだ。窒息に快楽を感じるシアヌにとって至福の時だっただろう。

 だが、行き過ぎた行為によってシアヌは死亡した。事故に近い自殺だ。


 柔らかい土の下から棺の蓋が出てきた。木棺である。

 棺に被さった土を丁寧にどけて、蓋に打たれた釘を一本ずつ確実に抜いていく。


「検視官殿、棺を開ける前に注意することはありますか?」

「そうですね、遺体に素手で触れてはいけません。毒が発生していますから。あとは気分が悪くなっても、吐しゃ物を墓にかけないように」


 俺がまだ新兵だった頃、教練で死体見分を見学した時のことだ。

 他の新兵は皆「死体なんか怖くねえ」と強がって意気揚々と見学に臨んだのだが、その場にいた新兵の半数は昼食を戻してしまった。

 見た目はまだ我慢できる。問題は匂いである。

 ただの腐臭とは言いがたい、強烈な死の匂いなのだ。あれだけは慣れそうもない。


「それじゃ開けるぞ」


 なるべく目を細め、息を止めて棺の蓋を横にずらしていく。

 棺の中が少し見えた段階で、すぐに異様な状態であることに気が付いた。


「これは……、サーラ先輩、これはどういうことですか?」

「どう、いうことだろう……」


 遺体がない。

 棺の中に、わずかな血痕と髪の毛の数本が残されているだけで、肝心の遺体がどこにも見当たらない。


「検視官殿、本当にここへ埋葬したのですか?」

「ええ、間違いありません。確かにこの墓へ埋葬しました」


 まさか本当に墓荒らしにでもあったか?

 しかし、棺の蓋は釘でしっかり封じられていた。遺体を盗むような者が丁寧に釘を打ち直すとは考えられない。

 やはり、ルケの神秘現象に巻き込まれたと考えるべきだ。原因が何かあるはず。


 生前、シアヌがやったことは何だ。

 ルケに買われた。

 ルケから縄を盗んだ。

 縄で自分の首をしめた。


 神秘に繋がりそうなのは最後の一点だけ。

 かなり特殊な状況だが、縄は一般的なものだし現場は宿の一室。定宿だから普段から使っている部屋だ。特別なことは何もしていない。本当に?

 よく考えろ俺。冷静に事実を見極めろ。


 ……違う。生前ではない。

 生前ではなく、()()に特別なことをした。


「サーラ先輩、シアヌの遺体は“向こう側”で境界を越えています」

「ん? どういうことだい?」

「ルケの供述では、自室で遺体を発見した後、遺体を持って川へ捨てに行っています」

「……そうか。それは厄介なことになった」

「シアヌの遺体はどうなったんですか?」

「生と死がまぜこぜになったんだね。生者でも死者でもないものになった」

「でも境界を通過した時、“こちら側”でも“向こう側”でもシアヌは死んでいました」

「おそらく、境界の先のシアヌは生きていたんだ。そして遺体が境界を通過したことで、生死があやふやになってしまった」


 ルケが遺体を捨てに行った時、越えた境界は三つ目。三つ目の世界ではシアヌが生きていた。

 つまり、生きているシアヌと死んだシアヌが同時に、同じ世界に存在することになる。

 そして何の拍子か、生者でも死者でもないものになった。

 シアヌの存在自体が神秘そのものになってしまった、ってことだ。


「今のシアヌは人間ですらないよ。何が起きてもおかしくないね」

「それじゃ、一体今はどこに――」


 ユーカが口を覆っていた布を外し、こちらに叫ぶ。


「リートさん! 容疑者が一番初めに言ったことって……」


 そうだ。ルケは『夜になるとあの女が来る』と言っていた。

 憔悴したルケの妄想だと思っていたが、違う。

 本当にシアヌが現れたのだ。


「急いで墓を片付けるぞ。牢屋へ向かう」




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