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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
八、難解な事件
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縄の痕跡


 王城から北の橋を渡ってすぐ、石造り四階建ての大きな建物へやってきた。建物というかほとんど城だな。

 栄光ある我がグラスランド衛兵騎士団の本部である。本部には正騎士隊の各部隊と、守衛隊の一部の衛士が詰めている。


 衛士とは衛兵達の下士官だ。騎士団の要ともいえよう。

 経験豊富なベテランが揃っていてとにかく強い。だいぶ昔のことだが、衛士とケンカをして完膚なきまでにやられたこともある。水掘りにぶん投げられたのだ。

 まあ、その時は俺もべろべろに酔っ払っていたのだが。


「万象調査隊です。第二部隊の検視官にお会いしたいのですが」

「かしこまりました。検視室は一階奥の東側にあります。そちらへどうぞ」


 いくら客が多い場所であるとはいえ、どうして受付に見た目麗しい若い女を置くのか。

 騎士団の本部だぞ。なんといってもここは国の防衛拠点。普通、屈強な衛兵が槍を構えて「貴様、名を名乗れ!」と言っていてもおかしくない場所であるし、そうあるべきだ。


「あ、あの、騎士のリートさんですよね?」

「はい。……ええと、何か?」


 声をかけてきた受付の女衛兵は、椅子から立ち上がりこちらへやってきた。

 顔を赤くして、なんだかもじもじしている。


「コーニからお噂を聞きました。応援しています。がんばってくださいね」


 笑顔を見せた女衛兵に手を握られてしまった。

 見た目麗しい女の受付とは大変よろしいものである。

 やはり、制度でがちがちに固められた騎士団も、この平和な時代に合わせて軟化すべきなのだ。街の住人から愛される騎士団を目指すのである。立派な心意気であるなあ。


「有名人というのも悪くないな」

「やっぱり、リートさんが有名になるのはダメです」

「まさか嫉妬しているのか? ……ユーカ、なんて顔をしてるんだ」

「これは軽蔑の顔です」


 廊下の奥に検視室が見えると、妙な匂いが漂ってくる。近付くにつれ薬品の匂いだと気付いた。

 サーラ先輩の書斎にも薬品が置かれているが、ここまで強い匂いはなかったはずだ。きちんと換気をしていないのだろうか。

 検視室の扉を叩く。ノックノック。


「どうぞ」


 扉を開くと、老年で背の低い、目つきの鋭い男がこちらを値踏みするように見てくる。


「万象調査隊のリートといいます。こっちはユーカ。お話を聞かせていただけないでしょうか」

「はいはい、ツィーゼ隊長から伺っていますよ。どうぞ入って」


 中へ入ると匂いがかなりきつい。

 ユーカは手で鼻を覆ってしまった。


「ああ、すみません。染み付いた遺体の匂いをごまかすのに苦労していまして。見分中は窓を開けることもできませんで」


 なるほど、それでわざと別の匂いを付けているのか。


「解剖は好きなんですけど、死の匂いってのはどうもね、気が滅入ってしまうから。薬品の匂いの方がまだマシなんですよ。それで、話というのは?」

「娼婦殺害事件の被害者、シアヌという女の記録を教えて頂けませんか?」

「ええ、構いませんよ」


 検視官が棚から書類を取り出して、一枚手渡してくれた。シアヌの検視記録だ。


「ええと、目立つ外傷はなし。麻縄で首を絞められ窒息死。被害者の首に縄の跡が残されており、縄の模様と一致。手の平には抵抗したと思われる縄の跡が残されていた」

「リートさん、それはおかしいです」

「何がおかしい?」

「あの、……被害者は、その、行為のために縄を使用したのですよね?」


 そうか、抵抗する理由がない。被害者は自分の意思で首に縄を巻いたはずだ。

 検視官が頷く。


「そこの所がどうにもわからなくてね。何故、手の平に跡が残ったのか。第二部隊の結論では、あまりの苦しさから抜け出そうとしたんじゃないか、ってことなんですが」


 変態性癖を持っている人間のことはわからない。だが想像するに、シアヌは絶頂を迎えるため苦しみを欲したはずだ。

 そうなるとやはり行為中の事故と考えた方が納得がいく。つまり自殺である。


 ……自殺?


「検視官殿、被害者が自分で自分の首をしめた、という可能性はないですか?」

「それは、……ああ……ありうるね。そうだ、ありうる」


 検視官は下を向き、後悔するように顔をしかめた。


「それを証明する方法はありませんか?」

「手の平の跡です。首に巻かれた縄をゆるめようとすると、縄と首の間に指を入れて、手は首の外側に向けて引かれることになる。つまり手の平にまっすぐ力がかかる。自分でしめたのなら、縄の両端を持つことになるから親指か小指側に力がかかる。手の平のどこかに小さな横滑りの傷がつくはずです」

「被害者の遺体は今どこに?」

「すでに、北の墓地へ埋葬しています」


 ……俺が直接行って調べるしかないか。嫌だなあ。

 墓の中に安置された遺体を想像して、思わず「うわあ」と言いそうになったところで、とんとん、と検視室の扉が叩かれた。


「どうぞ」


 扉を開いたのは第二部隊のツィーゼ隊長だ。

 ツィーゼ隊長は室内を見渡して、俺を見つけた。


「リート君。少しいいかな?」

「はい」

「何かわかったことはあるかい?」

「いいえ、さっぱりです」


 推測はできるがそれだけだ。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 仮にシアヌが自分で首をしめたとしても、その首をしめた縄がどこからきたのか、という疑問が残る。事件のあった日、境界のこちら側でルケとシアヌは会っていない。


「実は新しい証言が出た。被害者のシアヌなんだけど、ルケに惚れていた様子がある。生前、一目惚れをした、と他の娼婦に言っているんだ」


 確か、ルケは二回目と言っていた。つまり以前シアヌを買った時に惚れられた。ルケの自宅で仕事をしたとしても不思議ではないわけだ。


「それで、どうも初めて会った時にルケの持ち物を盗んだ形跡がある」

「……縄ですね?」

「よくわかったね。ルケは荷運びの仕事をしている。荷物を縛る縄はたくさん持っているから、一本だけ盗まれても気付かなかっただろう」


 なんとか線が繋がりそうだ。

 しかしそのためにはシアヌの遺体を調べなければならない。自殺を立証するのだ。


「検視官殿、今シアヌの遺体はどうなっているでしょう?」

「大体、死後一週間ほど経っているからね……。暑い日もあったから、まあ、君達の想像通りでしょう」


 ユーカと声を揃えて「うわあ」と言ってしまった。



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