縄の痕跡
王城から北の橋を渡ってすぐ、石造り四階建ての大きな建物へやってきた。建物というかほとんど城だな。
栄光ある我がグラスランド衛兵騎士団の本部である。本部には正騎士隊の各部隊と、守衛隊の一部の衛士が詰めている。
衛士とは衛兵達の下士官だ。騎士団の要ともいえよう。
経験豊富なベテランが揃っていてとにかく強い。だいぶ昔のことだが、衛士とケンカをして完膚なきまでにやられたこともある。水掘りにぶん投げられたのだ。
まあ、その時は俺もべろべろに酔っ払っていたのだが。
「万象調査隊です。第二部隊の検視官にお会いしたいのですが」
「かしこまりました。検視室は一階奥の東側にあります。そちらへどうぞ」
いくら客が多い場所であるとはいえ、どうして受付に見た目麗しい若い女を置くのか。
騎士団の本部だぞ。なんといってもここは国の防衛拠点。普通、屈強な衛兵が槍を構えて「貴様、名を名乗れ!」と言っていてもおかしくない場所であるし、そうあるべきだ。
「あ、あの、騎士のリートさんですよね?」
「はい。……ええと、何か?」
声をかけてきた受付の女衛兵は、椅子から立ち上がりこちらへやってきた。
顔を赤くして、なんだかもじもじしている。
「コーニからお噂を聞きました。応援しています。がんばってくださいね」
笑顔を見せた女衛兵に手を握られてしまった。
見た目麗しい女の受付とは大変よろしいものである。
やはり、制度でがちがちに固められた騎士団も、この平和な時代に合わせて軟化すべきなのだ。街の住人から愛される騎士団を目指すのである。立派な心意気であるなあ。
「有名人というのも悪くないな」
「やっぱり、リートさんが有名になるのはダメです」
「まさか嫉妬しているのか? ……ユーカ、なんて顔をしてるんだ」
「これは軽蔑の顔です」
廊下の奥に検視室が見えると、妙な匂いが漂ってくる。近付くにつれ薬品の匂いだと気付いた。
サーラ先輩の書斎にも薬品が置かれているが、ここまで強い匂いはなかったはずだ。きちんと換気をしていないのだろうか。
検視室の扉を叩く。ノックノック。
「どうぞ」
扉を開くと、老年で背の低い、目つきの鋭い男がこちらを値踏みするように見てくる。
「万象調査隊のリートといいます。こっちはユーカ。お話を聞かせていただけないでしょうか」
「はいはい、ツィーゼ隊長から伺っていますよ。どうぞ入って」
中へ入ると匂いがかなりきつい。
ユーカは手で鼻を覆ってしまった。
「ああ、すみません。染み付いた遺体の匂いをごまかすのに苦労していまして。見分中は窓を開けることもできませんで」
なるほど、それでわざと別の匂いを付けているのか。
「解剖は好きなんですけど、死の匂いってのはどうもね、気が滅入ってしまうから。薬品の匂いの方がまだマシなんですよ。それで、話というのは?」
「娼婦殺害事件の被害者、シアヌという女の記録を教えて頂けませんか?」
「ええ、構いませんよ」
検視官が棚から書類を取り出して、一枚手渡してくれた。シアヌの検視記録だ。
「ええと、目立つ外傷はなし。麻縄で首を絞められ窒息死。被害者の首に縄の跡が残されており、縄の模様と一致。手の平には抵抗したと思われる縄の跡が残されていた」
「リートさん、それはおかしいです」
「何がおかしい?」
「あの、……被害者は、その、行為のために縄を使用したのですよね?」
そうか、抵抗する理由がない。被害者は自分の意思で首に縄を巻いたはずだ。
検視官が頷く。
「そこの所がどうにもわからなくてね。何故、手の平に跡が残ったのか。第二部隊の結論では、あまりの苦しさから抜け出そうとしたんじゃないか、ってことなんですが」
変態性癖を持っている人間のことはわからない。だが想像するに、シアヌは絶頂を迎えるため苦しみを欲したはずだ。
そうなるとやはり行為中の事故と考えた方が納得がいく。つまり自殺である。
……自殺?
「検視官殿、被害者が自分で自分の首をしめた、という可能性はないですか?」
「それは、……ああ……ありうるね。そうだ、ありうる」
検視官は下を向き、後悔するように顔をしかめた。
「それを証明する方法はありませんか?」
「手の平の跡です。首に巻かれた縄をゆるめようとすると、縄と首の間に指を入れて、手は首の外側に向けて引かれることになる。つまり手の平にまっすぐ力がかかる。自分でしめたのなら、縄の両端を持つことになるから親指か小指側に力がかかる。手の平のどこかに小さな横滑りの傷がつくはずです」
「被害者の遺体は今どこに?」
「すでに、北の墓地へ埋葬しています」
……俺が直接行って調べるしかないか。嫌だなあ。
墓の中に安置された遺体を想像して、思わず「うわあ」と言いそうになったところで、とんとん、と検視室の扉が叩かれた。
「どうぞ」
扉を開いたのは第二部隊のツィーゼ隊長だ。
ツィーゼ隊長は室内を見渡して、俺を見つけた。
「リート君。少しいいかな?」
「はい」
「何かわかったことはあるかい?」
「いいえ、さっぱりです」
推測はできるがそれだけだ。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
仮にシアヌが自分で首をしめたとしても、その首をしめた縄がどこからきたのか、という疑問が残る。事件のあった日、境界のこちら側でルケとシアヌは会っていない。
「実は新しい証言が出た。被害者のシアヌなんだけど、ルケに惚れていた様子がある。生前、一目惚れをした、と他の娼婦に言っているんだ」
確か、ルケは二回目と言っていた。つまり以前シアヌを買った時に惚れられた。ルケの自宅で仕事をしたとしても不思議ではないわけだ。
「それで、どうも初めて会った時にルケの持ち物を盗んだ形跡がある」
「……縄ですね?」
「よくわかったね。ルケは荷運びの仕事をしている。荷物を縛る縄はたくさん持っているから、一本だけ盗まれても気付かなかっただろう」
なんとか線が繋がりそうだ。
しかしそのためにはシアヌの遺体を調べなければならない。自殺を立証するのだ。
「検視官殿、今シアヌの遺体はどうなっているでしょう?」
「大体、死後一週間ほど経っているからね……。暑い日もあったから、まあ、君達の想像通りでしょう」
ユーカと声を揃えて「うわあ」と言ってしまった。




