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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
七、鏡に映るもの
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幸せな記憶


「そんな事情があったんですねえ」


 そばかすが特徴的な赤毛の女は、前掛けを外しながら大きく頷いた。

 俺達は鏡の現在の持ち主である、雑貨店の店主に会いにきていた。これまでの経緯を報告するためだ。念のため鏡も持参している。

 女向けの雑貨が所狭しと並ぶ店を経営しているのは、まだ年若い女である。俺と同世代の身空で店を持つとは、なかなかのやり手だ。


「亡くなった夫婦の家へ供えると約束しますので、鏡を譲っていただけませんか?」

「それはちょっと無理ですねえ……。こちらも生活がかかっていますから」


 やり手である。情に流されない立派な商売人だ。

 鏡を調査費用で買い取るか? しかし、元の持ち主であるゲワードの家に持っていくだけだから経費では落ちない可能性が高い。


「私が鏡を買い取ります」

「ダメだ、ユーカ」


 いくら元の持ち主に情が移ったとしても、安易に自費を使ってはダメだ。仕事を長く続けたいなら、帳尻を合わせるように行動しなければならない。

 まあ騎士団の中には、出張時に経費で落とすことを見越して、景品が付く宿屋に泊まる者もいるが。

 何故、景品が付く宿屋に泊まるかといえば仕組みはこうだ。


 まず宿屋が宿代に景品代を上乗せして、通常よりも高価格に設定する。

 俺がその宿に泊まって、価格分の請取状うけとりじょうを発行してもらう。

 請取状を騎士団へ提出し、宿泊費をもらう。

 その後景品を売れば、俺の懐に宿泊費と景品を売った金が残る。

 よくあるせこい手である。


 いや、それはどうでもいい。今は鏡だ。

 どうにかして経費で落ちないものか。……ふむ。


「ユーカ、今は夏休みの後だから騎士団は大変忙しい。移動に馬車を使ったのも、費用より時間が惜しいからだ」

「はい」

「経理をやっている文官の連中も忙しいだろうな」

「ええ」

「全体訓練前に武器の手入れもあるし、きっと鍛冶屋も忙しいだろう……」

「……はい」

「時にユーカ、剣の補修をしたか?」

「いいえ、まだです。ほとんど使用していませんから、修理しなくても問題ないかと」


 これは布石だ。ユーカではなく店主に向けての布石である。


「ねえ店主さん、ちょっと鏡を磨いてもらえませんか」

「え? あ、はい、かしこまりました……」

「できれば木枠を外して中の方も。ああ、ついでに俺とユーカの剣も磨いてください。もちろんお代は払います」

「いえ、磨くだけならお代はけっこうで――」

「払います」


 払うったら払う。払わなければいけない。俺は泥棒になりたくないからな。


「お代は……あっ!」

「リートさん何を……あっ!」


 さすが、やり手経営者と優秀な後輩である。

 気付いた途端、賄賂を差し出された役人のような顔になっていた。


「では騎士様方、請取状の但し書きはいかがいたしましょう?」

「“金物の修理”でお願いします」





「どうだ?」

「右側が少し下がってますね」


 雑貨店の店主に()()()いただいた鏡を持ってゲワード宅へ来た俺達は、寝室であろう部屋の壁に鏡を設置していた。紙に包まれた指輪入りだ。


「こんなもんか」


 家具が置かれていない空っぽの部屋に鏡だけある、というのもおかしな風景だが、これはこれでしっくりくる気もするな。家屋の一部という感じだ。


「盗まれたりしないでしょうか」

「布をかけておけば平気だろう。空っぽの家に入る酔狂な泥棒がいれば別だが」


 傾いた陽が鏡に当たり、反射した光が部屋を明るく照らしている。

 結局、原因の特定は一つもできなかったが、これは珍しいことではない。神秘というものはいつだって謎に包まれている。


「一応、次に入る住人のために書置きを残しておこう」

「何と書いておきましょう?」

「そうだな……あ」

「え?」


 顔を上げると、鏡の中にまったく別の光景が広がっていた。

 鏡の中はおそらくこの部屋と同じ間取りだが、家具がいくつも置かれ、花びんにも花が活けられている。暖かいと感じられるほど生活感に溢れた部屋だ。


 見知らぬ人物が鏡に映った。寝巻きを着た中年の髪が長い女だ。

 鏡の前に座り、櫛で髪をとかしている。

 何かに気付き、女は顔を右へ、向かって左を見た。

 部屋の入口に中年の男が立っている。

 女は背後へ振り返った後、再び鏡へ向き直る。

 男は口を開き、何かを告げてから歩み寄って、女の手を取った。

 男は笑顔を見せ、持っていた指輪を女の手へ付ける。


 途端に鏡の中の不思議な光景は掻き消え、空っぽの部屋が映し出された。俺とユーカの唖然とした顔が鏡に映る。


「……あれ、結婚指輪じゃなかったんだな」

「記念日の贈り物という感じでしたね。というか、他に気にする所があったように思いますが」


 起きる現象に法則はない、と判断したのは早合点だったな。

 鏡はこの部屋にあって夫婦の姿を映してきた。

 苦しみも、喜びも、衝突も、愛情も、その身に映して記憶してきた。

 そして夫婦がいなくなった後、この地を転々と移動し、再びこの部屋へ戻ってきた。


「俺達の行動は間違っていなかったのかな」

「これで良かったのだと思います。きっと」


 鏡をこの部屋に置くことが本当に正しかったのか、俺にはわからない。ただ、こうするべきだと信じただけだ。

 これからもずっとわからないままだろう。残された思いに正しい答えなどない。

 ユーカが鏡に布をかけながら、独り言をつぶやくように言う。


「……ゲワードさんは奥様を亡くした時、生きる意思まで失くしてしまったのでしょうか」

「さあな。俺にはまだ、ゲワードの気持ちはわからない」


 どんなに幸福な日々であっても、いつかは終わる時がくる。大切なものを失って、心に埋められないほど大きな穴が開く。

 その時、何を思うかなど想像もつかない。残された者の思いを理解できるなどと軽々しく口にできない。


 ただ、確かにここにあった。

 鏡も、思いも、ここにあったのだ。

 俺は部屋で見つけた薄い木板に言葉を残し、鏡の前にふせた。


「事務所へ戻るか。報告書を書いて、訓練の準備もしなきゃな」

「その前にイーリアへ事情を話して謝りましょう。このままでは騎士団を辞めてしまいますよ」

「そりゃいかん」


 詫びの品を持っていけば許してもらえるだろうか。

 今日は出費が激しいな。まあ、一部は戻ってくる予定だから問題はない。


 二人でゲワードが住んでいた家を出ると、狭い道が住人達でごった返していた。買い物客や仕事を終えた者達が帰ってきたのだ。

 区画が整理されていない地区であるため、人口密度がかなり高い。


「道に出ると人波に流されてしまうな」

「人が途切れるまで少し待ちましょう」


 家の前にある小さな階段に腰掛け、人波を眺める。

 前を歩くこの人たちにも、それぞれの歴史と思いがあるのだな、と俺まで感傷的な気分になってしまった。まだ仕事が残っているというのに、身体から力が抜けてしまう。

 こりゃ今日の帰りは遅くなりそうだ。


「ところでリートさん、書置きには何て書いたんですか?」

「鏡を撤去しないように、と」

「それだけですか?」

「それだけだ」


 “幸せを記憶する魔法の鏡だから撤去しないように”なんて、恥ずかしくて言えるわけないだろう。



七、鏡に映るもの 了

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