不可解な衝動
王城北の大通りを一丁進み、交差点から東西へ伸びる商店通りへ入る。商店通りの東の先、集合住宅が並ぶ地区へ来た。
他区と比べ高低差が少ない区画に、三階建て六世帯が入る住宅が道の両脇にずらりと並んでいる。道の突き当たりは、夏至の日に浚渫作業をした人工川だ。
確か、この中の一部屋がランジャック隊長の独身住まいである。いや、隊長の住まいはどうでもいい。
事務所へ依頼をしにきた少年の住まいがある。
「ここだな」
「ノックノック。ごめんください、騎士団から参りました」
いつの間にか、ユーカが戸を叩くとき俺の真似をして「ノックノック」というようになったが、恥ずかしくないのだろうか。
俺は恥ずかしい。自分がやるのはいいが、人がやっているのを見るのは気恥ずかしいものなのだ。しかし、原因は俺であるからして指摘もできない。
扉を開けて出てきたのは、活発そうな少年だ。
黒髪を短く揃え、肌は日に焼けている。膝の当て布はぼろぼろだ。無言でこちらに頭を下げた少年の顔付きは精悍でたくましい。将来は男前になりそうだな。うむ、子供の頃の俺に似ているぞ。たぶん。
「俺はリートという。こっちはユーカ。騎士団にジギタリスの捜索依頼をしたのは君かな?」
「はい、俺です。どうぞあがってください」
室内へ入ると薪と炭、それに漬物の匂いがする。目の前には大きな食卓に椅子が六脚。一般的な子持ち家庭だな。
「お客さんが来たの? それじゃ私、帰るね」
聴こえてきた声に目を向ければ、少年と同じ年頃か、少し年上の女の子だ。
少年とは反対に白い肌、色素の薄い赤髪、身体の線が細く、可憐で儚げな印象の少女である。将来は美人になりそうだな。うむ。
少女は通りすがりにこちらへ頭を下げ、部屋を出ていった。
「早速、話を聞かせてもらおうかな。まず、君の名前は?」
「俺はノアンといいます」
「ではノアン、ジギタリスの捜索を騎士団へ依頼した理由を教えてくれるかい?」
「それは……花を贈るためです」
ん? 恨んだ相手に“不誠実”を象徴する不吉な毒草を贈りたい、ということか?
そこまで陰険な少年には見えないが……。いや、見た目で判断してはいけない。こう見えて、心の内にどす黒い執念の炎が燃えているのかもしれん。
「ジギタリスには毒がある、と知っているのかな」
「はい、知ってます」
「毒で誰かを殺したいということか?」
「ち、違います!」
ノアンは慌てて、首を大きく横へ振った。その仕草はずいぶんとあどけない。嘘をついているようには見えないな。
「どうしてジギタリスが欲しいんだ?」
「おじいちゃんがそう言ったから」
一年前に亡くなったノアンの祖父は、事あるごとに「人に花を贈る時は黒いジギタリスを贈れ」とノアンへ言い聞かせた。何故ジギタリスなのか、と聞くと「神の思し召しだから」とだけ言った。祖父の葬式で、祖母がある話を聞かせてくれた。祖父は若い頃から何度も、黒いジギタリスの夢を見ているのだという。
「黒いジギタリス……ね」
黒色の花は珍しいが、存在は知っている。王室所有の薬草園で黒いユリやアイリスを見たことがある。
だが、図鑑で見たジギタリスに黒色は無かった。実際にはあるのかもしれないが、探すのは難しそうだな。
話を聞いていたユーカが口を開く。
「ノアン君はどなたに花を贈るのですか?」
「……わかんないです」
「え?」
「誰に贈るのか、俺にもわかりません。ただ、今すぐ黒いジギタリスを用意しなきゃ、って気持ちで胸がいっぱいで」
ううむ、これは失敗したか。
祖父の夢、黒いジギタリス、少年の衝動、どれも不可解だ。きちんと事情を聞いていれば、正式な調査となってもおかしくない案件である。
今から調査手続きをしてもいいが……。
あ、いや、ダメだ。王城が夏休み期間に入るから、俺に正規の命令が下るまでしばらくかかる。このまま進めるか。
「ノアンは自分でも何かおかしいと思ったから、調査隊へ依頼したってことか」
「そうです。万象調査隊なら不思議な事も解決してくれるって聞いたから……」
仕事ではないから断ってもいい。
しかし少年の期待を裏切るのは、俺の本意ではない。騎士たるもの、いつ如何なる時もカッコよくあらねばならぬ。持論である。
「……わかった。黒いジギタリスを探してみよう」
「本当ですか!?」
「ただし、ノアンに対して条件がある。王都の外へ探しに行かないこと。見つけても取ろうとしないこと。見つけたらまず調査隊へ連絡すること。男同士の約束だ、守れるか?」
「はい! 約束します!」
これだけ言い聞かせれば無茶はしないだろう。
ノアンが昔の俺に似ているせいか、どうも危なっかしく見える。
「ところで、ノアンのおばあちゃんやご両親に話を聞かせてもらえないかな」
「おばあちゃんは漬物の仕込みで店へ行ってます。父ちゃんと母ちゃんは、おばあちゃんの手伝いです。明日の昼頃に帰ってきます」
ずいぶん忙しそうだな。話を聞くのは明日以降でいいか。
「今日はノアン一人なのかい?」
「夕方になったら、お城で働いている兄ちゃんが帰ってきます」
ノアン宅を後にして商店通りを西へ向かう。商店通り西の終点から南へ、木目の美しい橋を渡ると西区温泉場の裏通りへ出た。
陽が傾き始めた路地に植物の青臭さが漂ってくる。
裏通りだというのに、人や荷車の往来が多い。この辺りには日用品の問屋が多く、盛んに仕入れが行われているためだ。商談を行う個室付き食堂が多いのも特徴である。
「ここはお花屋さんですね」
「花の卸問屋だ」
大き目の二階建て煉瓦造りの倉庫に、所狭しと鉢が並んでいる。床の端には切られた葉や茎が小山を作っていた。
量が多いとさすがに芳しいとは言えないな。むせ返るような匂いと表現するのが正しい。
倉庫の中で作業をしていた中年の女を呼び止める。
「あのう、黒い色のジギタリスを探しているんですが、こちらにありますかね?」
「ジギタリスなら扱っておりますよ。……でも黒なんてあったかしら? 今時期は紫が多いんですよ。紫でよければ取り寄せましょうか?」
「いえ、結構。どうもありがとう」
「……ああ、お客さん! あさってに入荷予定があるから、もし要りようならいらしてくださいな」
ジギタリス自体の入手は王都でも可能だ。だが黒色のジギタリスはやはり珍しく、入手も難しい。
きっとノアンもそれを理解しているのだろう。
わざわざ調査隊へ花探しの依頼をしたってことは、そういうことだ。




