天才科学者フレドー
「あ、あの、こちらの御宅で浮かぶ石を見た、という近所の方の通報を受けまして、私共が調査に参りました」
「それはどうも、ありがとうございました。ええ」
何故だ。何故、フレドーは過去形で礼を言った?
話の通じる相手ではないのかもしれん。早いとこ話を聞いて帰ろう。
「早速なんですが、浮かぶ石、とは何なのかご存知ですか?」
「目の前にありますこれが浮かぶ石であります」
フレドーが指差したのは、家の前に積まれた岩石の小山である。白っぽい灰色の岩石だが、浮かんでいる様子はない。
「さっきまで、それはもう浮いていたんですけどね。打ち上げに失敗して爆発しまして、ええ。いや、あれは見事に浮かんでいた。球体浮遊の極致と言っても過言では――」
打ち上げ? 球体? このジジイは何を言っている?
「ユーカ、この人が何を言っているのか俺にはわからない」
「私にもわかりません」
俺自身いつもふざけて、ユーカに訳の分からない言葉を投げかけ反応を楽しんでいるが、そういった趣向でもなさそうである。
「打ち上げとは、どういうことでしょう?」
「夜は暗いじゃないですか」
質問と答えが噛み合っていない。
「……ええ、夜は暗いです」
「な?」
「な? じゃねえよ」
「なっ!?」
思わず口から本音が出てしまったが、「な?」じゃねえよ。説明しろ。
「ユーカ、頼む」
「はい。フレドーさんはどうして石の打ち上げをされているんですか?」
「夜は暗いじゃないですか」
聞いた! それ、さっき聞いた!
ん? ああ、そういうことか。
「夜を明るくするために月を増やしたい、ということですか?」
「そうそう、そうです。夜は暗いなあと思ってね。夜って暗いでしょ。あっ、知らない? このくらいの暗さかなあ、暗いだろうなあ、なんて思ってると大体それよりも暗いんですよ。夜は寝てるので僕もよく知らないですけど」
知らんのかい。
俺は今のこの気持ちを表現できる言葉を知らないですけど。
「月は石でできているんですか?」
「そうであると確信しております。我々が住むこの星も石ばかりですから」
「月を増やすことなんてできるんですか?」
「できます」
そう言ってフレドーが岩石の一部をどけると、下から金属の円盤のようなものが現れた。円周の一部から推測すると、寝台を幅広くした程度の大きさだ。
フレドーは岩石の一つを持ち上げ、口を開く。
「この石は、ある薬剤をかけると時間経過によって密度が低くなる、という特性がありまして、ええ、私が開発したんですけどね。収縮と膨張を繰り返しながら密度が低下して、軽い空気や塵を取り入れながら自己増殖をする、名付けて増殖石と言います。私が考えた昇華融合理論を利用しています」
言っている意味はよくわからなかったが、要するに薬をかけて時間が経つと巨大化する、ということか?
「そしてこの地面に置いた円盤は、地面が発する“物を引っ張る力”を軽減する装置です。“引力軽減機”と言います。適当な大きさまで育てた石をこいつで空へ打ち上げれば、空の上で石が増殖していずれ月になります。ああ、これも私が作りました」
我々が空へ落ちないのは地面が物を引っ張っているからだ、という学説がある。人間が知覚する“上下”とは、その力の方向を示しているのだそうだ。実証はされていないが有力な学説の一つである。その引っ張る力を軽減するわけだ。
まあ、それはいい。
フレドーの話の中に、色々と問題があることは理解できた。
「月が二つになっても、新月の日は同時に暗くなりますよね?」
「大丈夫です。位置をずらすので同時に新月にはなりません」
「大潮の日は大変なことになりませんか?」
「なりません。大潮とは天体が水を引っ張るから起こるのです。密度が低いということは“物を引っ張る力”が弱いということ。影響は皆無です」
「打ち上げても、落ちるのではないですか?」
「落ちません。だって月は落ちてこないじゃないですか」
「増殖が続いて巨大になりすぎるのでは? 自重で壊れたりしませんか?」
「私の計算上、百万倍の大きさになると増殖が止まります。密度が低くなるので重さはほとんど増えません。石に柔軟性を持たせるのは苦労しました」
狂人の戯言としか思えないが、……いや、神秘を利用すれば可能かもしれない。しかし、神秘を人の力で自作できるものなのか?
人間の手によって作られた現代の遺物は、ほとんどが偶然の産物だ。意図的に神秘を作る方法はすでに失われ、古代の知識となっている。科学の力で神秘と同様の現象を起こす、ということなら理解できなくもないが。
……全て自作だというなら、放っておいても問題ないか。
「ユーカ、土産を」
「はい」
フレドーに土産の菓子を手渡す。今日はもう帰ろう。けっして逃げるわけではない。
「またお邪魔しますので、今度はゆっくり話を聞かせてください」
「ええ、いつでもいらっしゃってください。何なら今からでも構いませんよ。ああ、ちょうどいい。今からお茶を淹れようかと思っていまして。水を汲んできてくだされば私が茶葉とカップを買いに行きますので、その間にお二人はポットと薪を買って焜炉に火を――」
「結構です」
引きとめようとするフレドーを振り切り、ユーカと二人で林の外まで退散した。思わず腰を大きく左右に振って早歩きになってしまったが、致し方ないことである。




