五、増える石と引力軽減機
王都南西の外れ、樹木がまばらに立つ林の中に一軒の古い家屋がある。近くの畑で作業をしている農夫は家屋の存在を知っていたが、誰が住んでいるかまでは知らなかった。ある日、農夫が麦刈りをしていると家屋の方から大きな音が聴こえる。気になって家屋の窓から覗くと、そこでおかしなものを見た。家屋の中に大きな石が浮いているというのだ。どう見ても戸口や窓を通る大きさの石ではない。不可解で気持ち悪いので騎士団で調べてほしい。
「隊長、石って、……石ですか?」
「そこら中に転がってるあの石だ」
遺物か、それとも魔法の発動か。
「模型ではないんですか?」
「不明だ。ただ、住人が少々問題のある人物でな。念のため調査を行う」
ランジャック隊長から任務内容を聞いて、とうとう調査隊も苦情処理をするようになったのかと、思わずため息をついてしまった。
「その調査、まず他の部隊に任せた方がいいんじゃないんですか」
「もっともな意見だが、そういうわけにもいかない」
「何か理由があるんですか?」
「そこの住人は天才科学者と呼ばれている。科学者の行動が神秘と関係しているかどうか、判断する人間が必要だ」
天才科学者という言葉の魅力につられ、つい「行ってきます」と言って事務所を出たが、はやまった気がする。隊長の話を聞く限り、現場の家には原因を作ったであろう住人がいる。それも天才科学者だ。ハズレの可能性が高い。
たまたま遺物を発見して使用したという可能性も考えられるが……、ああ、その為に判断が必要ということか。
「ユーカ、なるべくゆっくりいこう。途中で昼食をとっても構わないぞ」
「あまり乗り気じゃないみたいですね、リートさん」
「まあ……、適当に話を聞きにいくだけだからな」
天才科学者から話を聞けるのは面白そうだが、特に問題があるとは思えない。天才という人種は往々にしておかしく見えるものである。実際におかしいかどうかは別として、俺のような凡人に理解できない人種であるから天才と呼ばれるのだ。
例えば、大枚をはたいて石の模型を作り、天井から模型を吊るす趣味があったとしても不思議ではない。
「何かお土産を用意していきましょう」
「調査費用には限界というものがある」
「じゃあお菓子にしますね。今日は揚げパンかな」
ユーカが食べたいだけだろう、という言葉をすんでの所で飲み込ながら、辻馬車を降りる。着いたのは王都南西地区にある、食堂が並ぶ通りだ。
本格的に夏を迎えた王都では、水掘から汲んだ水をそこかしこで撒く人々の姿が見られる。道に水を撒いて埃が立つのを防ぐのだ。何故埃を嫌うかといえば、それは夏になると食事を提供する露店が増えるためである。
過去、暑い時期の食あたりを防ぐという理由で、食材の持ち帰りが法律で制限されていた時代があった。売れ残りの食材を回収する制度ができたり、食材の保存技術が進んで法律は撤廃されたが、夏場、新鮮な食材を外食する習慣だけが残った。暑い日はお店で食べよう、という職人組合の宣伝も盛んに行われている。
「残った食材を回収するんですか?」
「ああ。一部は保存食に加工して保管する。それ以外は細かく砕いてから乾燥させて、家畜や養魚の飼料にするんだそうだ」
「王都にいる家畜は私達より良い物を食べてそうですね」
そう考えると何かむかつくな。人間様に飼われている分際でうまい物を食っているとは。
いやいや、その家畜の命を俺達が頂いているのだ。感謝はすれども怒ることはあるまい。それに奴らは肉を食えないからな。
南西地区の端まで来ると店舗や民家は少なくなっていき、代わりに畑、納屋、厩舎が増えてきた。この辺りから石畳は途切れて土の道へと変化する。道沿いには芝生が整備され、牛や羊がのんびりと草を食む姿が見られる。
「家畜がいるのにあまり臭くないです」
「そういやそうだな……。近くに王室所有の薬草園があるから、そのせいじゃないか」
薬草園では世界中から集められたハーブを栽培している。薬価格の高騰を防ぐため、国家事業として管理しているのだ。
「現場はこの先にある麦畑の向こうだな。西の林の中だ」
「ここまで来ると人が少ないですね」
「街道からも外れている場所だしな」
南の空に広がる入道雲を横目に、収穫済みの畑の中を突っ切って進む。畑を抜けて用水路を大股で越えると、細い林道が木々の間へと続いている。
「リートさんはこの先に住む方をご存知なんですか?」
「知らないから調べてきた。名前はフレドー、六十過ぎの男性。蝋の生産で生計を立てている。税の滞納はなし。科学者を自称しているらしいが――」
突如、どん、という腹に響く音が一帯に鳴り響き、驚いた鳥達が一斉に飛び立っていく。
ユーカは手で耳を塞ぎながら肩をすくめ、怖々と辺りを見渡している。
「……何の音でしょう?」
「わからんが、任務内容にあった“大きな音”ってのは、これで間違いないだろう」
行きたくなくなってきた。話が通じる相手であればいいのだが。
林道を進むと、すぐに家屋が見えた。丸太組み二階建ての大きな家だ。窓も見えるが、家屋の中に石らしきものは見当たらない。左隣にはやや幅の細い納屋がある。前庭は開けており切り株がいくつか残っている、のはいいが……あれはなんだ。
家の前にはおよそ腰の高さまで岩石が山なりに積まれており、岩石からもうもうと塵煙が立っていた。
「お二人さん、何か御用ですかな?」
声を掛けられ顔を向けると、積まれた岩石の隣に一人の男。
四角い顔、中年らしい腹の出た体型に白髪混じりの不精ヒゲ。頭に手拭いを巻き、腕まくりをして、汚れた藍色のエプロンを付けている。
「衛兵騎士団の者です。フレドーさんでしょうか?」
「そうです。私がかの有名な、王都に名立たる科学者フレドー、略して、私がかの有名な、王都に名立たる科学者フレドーです」
略できてねえ! 意味が重複してる!
“有名”と“名立たる”で意味が重複してる!




