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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
四、王都西地区にて目撃された不審者について
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本能と勇気


 今夜の月は二十八、新月である。夜空を見上げれば、夕方に王都を赤紫に染めた厚い雲が一面に張り、星明りすらない。

 寮から王都中心にある王城前中央広場へ進む騎士達は、次々に鞘走りを防ぐボタンを外して臨戦態勢をとっていた。

 中央広場には、ギュウォード騎士団長と近衛隊が臨時の連絡所を設けて指示を行っている。指示を受けた部隊が各方角へ散っていく。


 俺達調査隊が向かうのは王都の北西だ。隧道通りが存在する地区である。


「ヘクス、キアフットと一緒に北側から隧道通りへ向かってくれ。俺達は南から行く」

「了解」


 隧道通りには十数か所の隧道がある。俺が“隧道の影”を見たのは南側から二つ目。まだあの場所に奴がいるなら、俺達が先に遭遇するはずだ。もし奴と戦うことになっても、時間を稼げばヘクスとキアフットが挟撃してくれる。


 西の大通りには点々と篝火が炊かれ、道を明るく照らしていた。これなら早足でいけるな。温泉場の前を通り過ぎ、大通りの途中から北へ向かう路地に入っていく。

 しばらく進むと隧道通りに辿りついた。昨日見た案内板をランタンで照らす。


「サーラ先輩は神秘の痕跡を探してください。ユーカは足元を照らしてくれ」


 俺は鏡張りのランタンに火を移し前方を照らす。一方向しか照らせないが、昨日とは比べ物にならないほど明るい。周囲の民家に挟まれた隧道の入口が、俺達を飲み込もうとしているかのように見えた。

 シルヴァールを脇に構えるが、まだ反応はない。


「行こう」


 一つ目の隧道の中へ進む。距離の短い隧道だ。


「昨日と違う点はないな」

「はい」


 一つ目の隧道を出た所でサーラ先輩が口を開く。


「神秘の痕跡があるとするなら、ここから二つ目の隧道までの間だね。少し調べようか」

「サーラさん、これは?」


 ユーカが声を上げたのは道の右側、民家の隙間の先だ。四段の短い階段を降りた場所に広がる、家一件分ほどの土地である。隧道通りと平行に伸びる、水堀のふちにあたるその場所には雑草が生え、黒い焦げ跡が残されていた。


「職人が馬の毛を燃やしたというのはここだな」

「リート、この辺りの地面に何かないか探してみて」


 背の低い雑草をかき分けると、白と茶色のまだら模様をした何かが落ちている。サーラ先輩を呼ぶと、こちらへ来てうなだれた。


「……そういうことか」

「何ですかこれ」

「ヘビの骨だよ。ちょうど二匹分あるね。そして、その横で毛が燃やされた」

「何か意味があるんですか?」

「簡易的な呪術儀式だね。この場所へ来る階段は隧道通りと丁字路になっているから、儀式によって一帯が魔法陣となっているはずだよ」

「何者かが仕掛けた、ということは――」


 話を聞いていたユーカが反論する。


「毛が燃やされたのは偶然だったはずです。骨だって、たまたま落ちていただけなのかもしれません」

「うん、不完全な形だね。きちんと儀式を行うなら呪術紋章の上で行うんだ。だけどここに紋章はない。……でも隧道がある。おそらく隧道が魔法陣の一部となって、何処か別の場所へ中途半端に繋がったんだ」


 シルヴァールを持った右手が、突然二つ目の隧道へ向けて引っ張られた。


「先輩、槍が反応しています」


 急いで階段を上り、二つ目の隧道を覗くと向こう側の出口がぼんやりと見える。隧道の中に光を遮るものはなく、隧道の影はいなかった。


「コーニはここから“向こう側”へ迷い込んだのかもしれないね」

「俺が行って“向こう側”を見てきます」

「リートさん、私も――」

「ダメだ。ユーカはサーラ先輩を守っていてくれ」


 背中から麻縄を取り出し、ランタンの棒に結んだ。縄の先をユーカに手渡す。

 サーラ先輩が手を伸ばし、シルヴァールを握る俺の手へ重ねる。


「この境界はとても不安定だから、変化があれば戻れなくなるよ」

「平気です。変化が起きても先輩が何とかしてくれるんでしょう?」

「あまり私に期待しないでほしいね」


 二次遭難は御免だが、万が一、コーニが“向こう側”にいるなら行かなくてはならない。大丈夫だ。仮に、変化が起きて境界が閉じたとしても、また開く可能性だってある。どのくらい先のことになるかわからないが。


「先輩、境界に変化があったら縄を引いてください。すぐに戻ります」

「わかった。……気を付けるんだよ。自分が居る場所を見失ってはいけないよ」


 しっかりと頷いてから、一人、隧道の中へと歩き出した。シルヴァールが隧道の奥へと俺を誘う。全身の毛が逆立つような、不気味な感覚が身体の表面を走る。

 鉄の匂いが徐々に強くなり、やがて血の匂いだと気付いた。

 人としての本能が、戻れ、と脚を止めようとしてくる。

 騎士としての勇気が、進め、と背中を押してくる。

 不快な気分ではあるが、不思議と落ち着いている。一歩ずつ踏み出すごとに、シルヴァールを握る手に力が入り、逆に、身体に残る無駄な力は抜けていった。


 この感覚は知っている。

 訓練で試合をしている最中、時折こういうことがあった。心は空となり、研ぎ澄まされた感覚だけで自然に身体が動く、武器と身体が一体化したような感覚。

 一級品の退魔の槍っていうのは事実みたいだな。頼むぞシルヴァール。


 隧道の外へ抜けると、見慣れない街並みに赤い夕焼け空が広がっていた。



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