レスターナの騎士
サーラ先輩が再び棚に手を突っ込むと、羊皮紙の巻物を取り出した。巻物を開くと紫色の染料で描かれた魔法陣がある。
「ユーカちゃんの装備にも魔法をかけておこうか」
「そんなことができるんですか?」
「倉庫の中ならできるよ。日付や時刻が限定されるから、いつでも、ってわけにはいかないけどね。何でもいいから、親しい人に貰った物を身に着けているかな?」
「剣の鍔は父から頂いたものです。髪飾り……じゃなかった、ネックレスの飾りはリートさんから頂きました」
突然ユーカが無造作に胸元を開けたものだから、顔を背けるのが遅れてしまった。
今日は温泉に入って髪が濡れたから首に下げていたのか。そういえば時折、雪の結晶を象った飾りが、騎士徽章の横にあったり部隊章の下に付けられていることがあった。工夫していつも身に着けてくれているんだな。
あ、なんか照れくさい。
先輩はユーカから剣と飾りを受け取り、魔法陣の上へ置くと、何やら呪文のようなものを唱えている。おお、一瞬光った。
「邪気払いの魔法だよ。害を為す怪異から身を守るんだ。長く身に着けないと効果が薄いからね」
「先輩、俺の物にも魔法をかけてください」
「身に着けている貰い物はあるのかい? 自分で入手した物には効果が無いよ」
……一つも無いな。物に執着しない性格が仇になるとは。
その後、三人で夕食を終えてから事務所へ顔を出した。詰所には調査隊九名全員が揃っている。今日は全員出張がなかったんだな。
「リート、ユーカ、ただいま戻りました」
「サーラも一緒か。どうだった?」
俺とユーカが、ランジャック隊長へ一通りあらましを報告する。なるべく客観的な事実だけを述べた。といっても、見たものをそのまま話すだけでも恐ろしい話だ。
「隧道の影ねえ……」
頬に手を当て、そう言ったのは補佐のアンルカさんだ。どうやら全員思い当たる存在は無さそうだな。
調査隊の小さな巨人、ウィネットさんが毛布の上で胡坐をかき、口を開く。
「みんなで名前考えようよ。そいつの名前」
何故そうなるのか。助言を期待していたのだが、その気はないらしい。
優男のキアフットが自信満々に手を挙げる。
「隧道シャドウ、なんてどうだ」
馬鹿力のヘクスが「ださいっすね」と呟く。
ベテランのニラックさんが「隧道の影でいいじゃねえか」と言うと、隊長とアンルカさんが頷いた。
ウィネットさんが再び口を開く。
「スイドーン、なんてどう?」
夕方の鐘が聴こえてきた。そろそろ寮へ戻ろう。
役に立たない先輩方を詰所へ残し、寮一階の自室へ入ると、窓の外は赤紫色に染まっている。
歩くたび、ぎしぎしと鳴る板張りの床に寝台が二つ、箪笥が二つ、棚が一つのこじんまりとした我が城だが、俺の居場所は入口から入って右側だけだ。左側はキアフットの空間である。寝に帰るだけの場所だから、物は少ない。
王城に仕える人間が“我が城”とか言ってはいけないな。ええと、我が……我が借家?
装備と荷物を寝台の脇に置き、服をあらかた脱ぐと睡魔が襲ってきた。寝台に身体を投げ出し、うつぶせになり枕に頭を預けると瞼が重くなる。まだ装備の手入れをしていないが、まあ、一日くらい、手抜きをしてもいいだろう。冷たいシーツが、気持ち、良い、な。
……ト!
……うだ! リート!
「リート! 起きろ!」
「んあ?」
誰かの呼び声に気が付き、頭を起こすと、ランタンの明かりに照らされるキアフットがいた。キアフットは鎧を身に付け、腰に剣を差している。部屋は暗く、窓の外は深い夜の色だ。
「すぐに準備しろ。寮の前に集合」
「了解」
無造作に捨て置いた服と装備を素早く身に着け、荷物の入った背嚢と槍を担ぐ。
二人で自室を出ると、他の連中も装備を整え、寮の入口へ向かっている。普段の訓練のおかげか、暗闇に包まれた廊下であっても、他の人間にぶつかることはない。これは抜き打ち訓練か?
寮入口から外の通りへ出れば、寮母と管理人を除く騎士団寮のほぼ全員が整列していた。篝火も炊かれている。
ええと、指揮は守衛隊長か。横にいるランジャック隊長と何かを相談しているようだ。北区に住むランジャック隊長がここにいる、ということは訓練じゃない?
「全員気を付け! 休め! 本日の夕刻、衛兵隊五班所属の衛兵、コーニが王都内で行方不明となった。今から王都の全捜索を開始する。これは訓練ではない! 以降、直属の長に指示を仰げ。日の出と共に王城前中央広場へ集合せよ。……衛兵騎士団の、俺達の仲間を助けろ! 以上だ」
調査隊の面々がランジャック隊長の元へ集合する。隊長は今まで休んでいたのか、普段はオールバックにしている前髪を下ろしていた。隊長が髪をかき上げながら指示を出す。
「我々調査隊は王城から北西の方角へ捜索を行う。必ず二人一組で行動しろ。不審な物、人、何かを発見次第、随時、中央広場の俺かアンルカへ連絡するように」
「私からも一言いいかな」
サーラ先輩がいつものローブ姿で手を挙げる。やはりこちらも、普段なら編まれていた髪は全て解かれ、軽く湿っている。
「今日の報告でみんなも知っている通り、隧道通りで神秘の調査を行っています。隧道通り付近へ向かう際には気を付けてください。以上です」
「日の出が見えたら中央広場へ戻れ。よし、万象調査隊、衛兵コーニの捜索を開始せよ」
隊長の号令が終わると同時に、走り出そうとしたユーカの手首を咄嗟に掴む。こちらへ振り向いたユーカの眼は潤み、赤く充血しているように見えた。
「リートさん」
「隊長の指示が聴こえなかったか? 二人一組だ」
「……申し訳ありません。気が動転していました」
ユーカの足元を見るとブーツの編み紐が解けている。いかんな、本当に動揺している。ユーカにシルヴァールを預け、しゃがみこんで紐を結んでやっていると背後から声が掛かった。
「私もユーカちゃんに付いていくよ」
「サーラさん」
「リート、昼間の荷物は持ってきているね?」
「はい」
「隧道通りへ向かおう。もしもコーニ行方不明の原因が神秘なら、私達が一番の適任だからね」
三人で歩き出すと、ユーカが消え入りそうな声で話し出す。
「コーニさんはいつも日が暮れると、すぐに寮へ戻っていました。なのに……今日は全然戻ってこなくて、寮のみなさんに聞いても、見てないって」
「心配なのは分かるが、悪い方へ考えるな。何か事情があって動けないだけ、ということもある。それに彼女は衛兵だ。鎧だって身に着けているし武器も持っている。大丈夫だ」
どんなに慰めの言葉をかけても、おそらくユーカの心には届かないだろう。仲間の危機に対し、心を平静に保つには経験が必要だ。まだユーカにはその経験が足りない。今の俺自身でさえ、心を平静に保てているのかわからない。
「でも! コーニさんに、何かあったんじゃないかって思ったら……」
一拍置き、冷静に、諭すようにゆっくりと言葉を搾り出す。
「ユーカ、俺達はレスターナの騎士だ。彼女の身に何かあったのならば、俺達が救うんだ」
「……はい」
コーニの行方不明が判明したのはおそらく交代時だろう。衛兵隊による巡回の交代は朝、昼、夕の三回。鐘楼の鐘の音に合わせて行われる。俺達が温泉隣の公園で話したのは昼の鐘の後。それから夕方の鐘が鳴るまでの間に、何か不測の事態が起きた、ということになる。
コーニは「私の方でも隧道通りを見ておくね」と言っていた。巡回で通る道はある程度決められているから、もし、巡回の道を外れて隧道通りを見に行くなら巡回の最後だ。つまり夕方、不審者が目撃された時刻である。
不幸中の幸いだったのは、俺が戦うための装備を既に整えている、ということだ。仮に、奴が襲ってきたとしても負ける気がしない。
“隧道の影”が犯人なら、刺し違えてでもコーニを助けてやる。




