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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
三、王都侵食
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夏至の接触

 暑い。

 雲一つ無い空に浮かぶ直上の太陽が、容赦なく俺を熱している。幸い、微風が吹いていて足先も水に浸かっているから不快ということはないが、もう少し薄着をしてくるべきだった。なんなら横にいるあいつみたいに、下着以外は全部脱いでしまおうか。裸の騎士団と言われそうだな。


「リートさん、お水どうぞ」

「ありがとうユーカ。……お、じいちゃん!」


 北の鐘守の爺さんが息子と作業をしながら、こちらに手を振った。

 現在、俺達は王城からやや東にある人工川の浚渫作業中だ。男達は土砂やごみを取り除き、女達は大橋に生えた苔と雑草を刈っていく。水草や下に生えている苔を刈ってはダメだ。魚の餌や住処になるからな。

 王都住民全員が協力して作業をするので、終わるのもあっという間である。


 行き倒れの霊術師が発見されたあの日、俺達調査隊は一つの計画を立てた。

 四年に一度の人工川の浚渫と夏至祭りは同日に行われる。通常であれば正午まで浚渫作業を行い、正午から日没まで夏至祭りが開催されるのだが、陛下と相談して祭りの開催期間を伸ばしてもらった。今年の祭りは夕方から夜半まで行われる。

 そしてもう一つの頼み事も陛下に聞いてもらった。御触れを出してもらったのだ。内容はこうである。


『夏至祭りの日、日没時は作業を中止し、隣人と手を繋ぎ太陽の恵みへ感謝を捧げるように。慈愛神アトリアナからのお告げである』


 少し強引な気もするが、これ以上の良い案を思いつくには時間が足りなかった。まあ、住民全員がほとんど芋洗い状態で作業をしているから、おそらく大丈夫だろう。アトリの名前を勝手に使ってしまったけど許してくれよな。


「衛兵騎士団! 総員整列!」


 川岸に立つギュウォード騎士団長から号令がかかった。

 他の都市から派遣された衛兵隊が王都内外の警備を担当しているため、今日に限っては文字通りの総員整列だ。

 騎士団全員が駆け足で集まると、広い河川敷の一角がぎゅうぎゅう詰めになった。川の方にもかなりの人数がはみ出している。こんなにいたんだな、騎士団。


「今年も無事、浚渫作業を終えることができた。これも諸君の働きが良かったからだ。何故、働きが良かったのか? 訓練だ! 全ては日々の訓練の賜物である! 我々衛兵騎士団は引き続き夏至祭りの警備を行う! 訓練の成果を見せろ! 国王陛下の御触れを忘れるな! 酒は禁止だ! 解散!」


 ええええ、という声がどこからともなく上がった。阿呆だこいつら。


「まだ確実とは言えないけど、なんとかなりそうだね」

「サーラ先輩、お疲れ様です」


 今日は更に薄着だな。色んな意味で大丈夫だろうか。視線とか、視線とか。


「情報の精査もした、実験もした、医術師達にも病人や怪我人に触れてくるように言った、これでほとんどの人間は記憶を失わないはずだよ。終わった後も住民の調査をする予定だしね。時間に余裕があったのは幸運だね」

「……霊術師はこうなることを予想できていたはずですよね?」

「どうだろう。“身体に触れる”という条件を知っていたのか、それとも知らなかったのか」


 もし知っていたなら、わざわざ穴を残した理由がわからない。霊術師も王都の住民だから、夏至に王都全員集合の浚渫作業があることは承知の上だったはずだ。

 もし知らなかったら、今回の神秘……術の開発や実験をしている最中、ずっと孤独だったということになる。誰にも触れなかったし触れられなかった。


「霊術師は本当に霊術の真理を理解したんでしょうか」

「神秘の片鱗に触れたのは確かだけど、真理には到達できていないだろうね。霊術っていうのは、人間の意識を研究するために始まった真っ当な学問なんだ」


 ユーカが捲くっていた服の袖を戻しながら口を開く。


「霊術の真理を理解することは、人間の真理を理解することと同義なんですね」

「そうだね。我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。もしそんなことが解ったら、霊術を貶めた王室への復讐なんてどうでもよくなってるんじゃないかな」


 記憶の消去によって王都の意識改革を狙った霊術師は、頭に怪我をして記憶と意識があやふやになり、自分が何をしているのか理解できないまま、死んでいった。皮肉なものだ。復讐の結果すら見届けることができなかったんだな。


「リート! ヘイ! ヘイリート!」


 アトリが来たな。見なくてもわかるぞ。

 いつかのように俺の方へ走ってきたアトリを受け止める。少し力が強くなったが、まだまだだな。現役の騎士はそんなにやわじゃないのだ。


「日が暮れる頃になったらここで待っておれ。わしが二人と手を繋いでやるぞ」

「ああ、わかった」

「じゃっ、じゃあ私とアトリは団長の所へ行ってくるね。二人ともちゃんと仕事するんだよ!」


 先輩がやたらと慌てて去っていった。一体どうしたのかと眉をひそめると、エグバジル夫妻が俺達の横を通り過ぎていく。サーラ先輩にも苦手なものがあったのか。


「よう、二人とも」

「兄貴」

「ロンズさん、こんにちは」


 以前、教会で見たときよりも少し頬がふっくらしているな。なんだか全体的に丸くなった印象を受ける。前回会ってからまだそんなに時間が経っていないはずだが。


「最近、菓子ばかり食っててな。いつもカテノアが持ってくるんだ」

「ああ、なるほど」

「二人によろしく、と言っていたぞ」


 ロンズが指差した遠くにカテノアとヴェッツ夫妻が見えた。俺とユーカが手を振ると、こちらに気付いて手を振り返してきた。元気そうだ。


「最近も神秘に巻き込まれたんだろ。今度、話を聞かせてくれ」

「ああ、そのうち教会へ行くよ」


 土手の上に目を向けると、出店の建設ラッシュがすでに始まっていた。大橋の上では屋台を組み上げている横で酒盛りも始まり、作業を終えた職人達がお互いの腕を絡ませて乾杯の音頭を叫んでいる。

 夜半まで祭りが続くと聞きつけた花火職人も、着々と準備を進めているようだ。よく花火の予算まで捻じ込めたな。国王陛下様々だ。





「なんだこれ」


 手を繋ぐのはいい。だが何故、調査隊全員とアトリが俺に寄りかかっているのか。


「いや、なんとなく流れで」


 始めに、土手に座っていた俺にアトリが突っ込んできた。それを真似したアンルカさんとユーカに誘われるように、ウィネットさんとサーラ先輩まで突っ込んできたと思ったら、ヘクスとキアフットまで来た。そして、それを見ていたランジャック隊長とニラックさんが俺と背中合わせにそっと座った。


「ウィネットさんとニラックさんはご家族の所へ行った方がいいんじゃないですか」

「大丈夫だって。仕事って言っておいたから」

「おう、邪魔だっつって娘に追い出されちまった」


 本当にそれでいいのか調査隊。隊長、助けてください。


「全員手を繋げ。一応、太陽に感謝を捧げる祭りだからな」


 全員が姿勢を変えずに手を繋いだものだから、人間が絡み合った謎の物体と化してしまった。俺の右手を握っているのは誰だ。


 辺りを見ると住民達が次々と手を繋ぎ、長大な列を幾本も作っていた。全員が王城の先にある連峰と、やや北よりに沈み続ける太陽を見つめている。先ほどまで大口を開けて騒いでいた酔っ払い達も心静かに感謝を捧げているようだ。


 ……やはり霊術師はこうなることを予想していたのではないか。

 催眠の発動に夏至を選ぶのは理解できる。日光や月光を制御の鍵に利用する神秘は今までにもあった。気候や天体の動き、自然物に連動する神秘は比較的ありふれたものだ。

 だが、何故今年の夏至なのか。十五年も待ったのだから来年でもよかったはずだ。人工川の浚渫は四年に一度。浚渫がない年の夏至祭りなら、ここまで人々が触れ合うことはない。


 俺が霊術師の立場ならどう思っただろう。

 孤独の中で打ちひしがれていたなら……、触れ合いを失くすほど自分の心が荒んでいたなら、王都が滅ぶことを望んだのかもしれない。だが同時に、残り火の熱のように燻り続ける希望を信じようとしたのではないか。

 迷っていたのか、それとも賭けだったのか。霊術師の真意を知ることは、もうできない。


「よし、調査隊整列。今から影響がないか調べ……は不要か。全員、大橋へ向けて臣下の礼をとれ」

「そのまま静粛に! 国王陛下のお言葉である!」


 川沿いに設置された篝に火が灯されると、大橋に建てられた櫓の上に、王冠を被り、マントを翻しながらアードロン陛下が立った。住民達の跪く姿が波紋のように広がっていく。


「皆のおかげで滞りなく作業を終えることができた! 太陽とアトリアナ神、そしてグラスランドに生きる全ての人々に感謝を! これより夏至祭りを開催する!」



三、王都侵食、了

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