最も長い日の記憶喪失
霊術師、伝染型神秘の特徴、条件。まだ手持ちの札が足りない。
今回の件、一気に押さえ込んで解決まで持っていくことは難しいかもしれない。少しずつ前へ進むしかないか。
俺が腕を組んで考えながらサーラ先輩の書斎へ向かっていると、ユーカも腕を組み、うんうんと唸っている。妙に和む姿だな。
「噂話が自然発生ではないとしたら、誰かが流したんですよね?」
「そうだな。霊術師が怪しい、と今俺達は推測している」
「過去の戦争で使われた神秘はとても危険なものでした」
「ああ。一方の軍は半数が死傷、一方は全滅した」
「王都で発生した神秘は、なんというか、温いと思いませんか?」
温い? ああ、手緩いということか。
そうだ手緩い。ただ話が広がっているという現状があるだけで誰も傷ついていないし、被害報告は皆無だ。だからこそ噂を流した目的がわからない。
顔を上げると書斎の扉を塞ぐように立つ、でかい男がいた。あの後姿はニラックさんか。
「ニラックさん、お疲れ様です」
「おう、リートにユーカ。サーラに用事か?」
「ええ、ニラックさんもですか?」
「おう、ちっと気になることがあってな」
三人で扉を開けると、サーラ先輩がローブを脱いでいるところであった。線の細いロングスカートにノースリーブの裾を出した姿である。ああ、こっちもでかいな。でかい。
「珍しい組み合わせだね」
「サーラよ、これ見てくれや。東の街道で行き倒れていた男の部屋にあったものなんだけどよ、全然読めないんだ」
ニラックさんが取り出した手紙には文字らしき羅列が見える。読めないが、どこかで見たことがあるな。紙の端に血痕が付着している。
「この文字は魔精語だね。書きかけの手紙のようだ……んん? お? お?」
「おう、どうだサーラ」
「これを書いた男の身元は判ってるんだよね?」
「おう。東区の端に住む五十過ぎの霊術師だ。今時珍しいよな。親類や友人はいなかったみたいだが、近所の人間が知っていた」
「死因は?」
「頭部の外傷だ。だけどよ、あれは殴られた跡じゃないな。部屋には血の跡があったし棚の物が落ちていたが、荒らされた形跡がない。自室で転んだか物をぶつけたかしたんだろう。たぶん頭を怪我して前後不覚になった後、街道まで自分の足で歩いていったんだ。昨夜、寝巻きで通りを歩いている姿を近所の人間に目撃されている」
「サーラ先輩!」
「はいはい、じゃあ今から読むよ」
この十五年、私はあらゆる技術を研究し続け、ついに霊術の真理へ到達した。
私はこれから霊術師の力を証明する。霊術で王都を改革するのだ。
準備は既に終えている。意識の改革は今、まさに進行中だ。
全てが終われば、王都住民の意識から王室に関する記憶は消え去る。
終わるのは夏至の夜だ。日没の瞬間、王室の連中は全てを失うだろう。
忌々しきレスターナ王家に霊術師の力を知らしめるのだ。
霊術復権の日は近い。
「ユーカ、これはあれだな」
「あれですね、リートさん」
「どうしたらいい?」
「どうしましょう?」
くそっ、本命を仕掛けてやがった。
この霊術師が幽霊の噂を流した張本人であることは疑いようがない。
夏至は今から十二日後だ。夏至を選んだということは日光が記憶を失うきっかけになる。時限は書いてある通り、夏至の夜、夏至日の日没で間違いないだろう。
まだ十二日あるから幽霊の噂は王都全体へ広がる。終息は期待できないし、しない方がいい。
食い止める条件は判明している。“誰かの身体に触れる”ということだ。エグバジルさんはこの条件を「無効になるような穴を作るヘマ」だと言っていたから、霊術師はこの条件に気付かないまま死んだ可能性が高い。つまり、これも有効なはず。
だが、記憶を失った後では遅い。ユーカとアンルカさんも俺に触れていながら情報源を思い出せていない。つまり、記憶を失う前に誰かの身体に触れる必要がある。
まだダメだ。冷静に見極めろ。
アンルカさんはともかく、ユーカが記憶を失う前に誰にも触れなかったということはありえない。確か、毎朝同室の人間に髪を編んでもらっている、と言っていたから話を聞いた日も触れているはずだし、そもそも非番の日以外は毎朝俺に触れている。
つまり記憶を失う以前に触れるのが早すぎてもダメだ。無効になる条件は時間か? ……エグバジルさんの言葉をよく思い出せ。そうだ。
『相手に触れた、という記憶が邪魔して催眠にかからねえ』
誰かに触れたという記憶があればいい。夏至の日没に、誰かに触れたことを忘れていたら催眠が発動して王室の記憶を失う。“触れた”という事実なのか、それとも“触れた感触”なのかはわからないが、とにかく覚えていればいい。
対処法を整理しよう。
「夏至の日没時に、王都住民の全員が誰かに触れていれば、神秘は発動しない」
「おう、何の話だリート?」
そんなことが可能なのか? 仮に王都の半数が誰かに触れていたとしても半数は王室の存在を忘れる。そうなったら王都は大混乱だ。最悪、内戦もありうる。
「サーラ先輩、夏至の日に王都住民全員を王城に閉じ込められないですか?」
「無理だよ! できるわけないだろう?」
おう、と言いながらニラックさんがヒゲを撫でた。
「そんなことしなくても皆集まるだろうに」




