第二十七話「岩山の如く聳え立つ大黒柱」・2
「うふふ~、渚ちゃんやる気だねぇ~」
「う、うっさいわね!」
満面の笑みを浮かべた七海が両手を合わせて茶化してくるため、渚は羞恥で顔を赤くしてそっぽを向いた。
「にひっ、善は急げだ。私達は、全力で空西君のサポートに回ろうじゃないか」
「ああ、頼むぜ翼!」
「わ、分かった! 出来る限り急いで天界に繋いでみる!」
百合と慌夜に後を押され、翼は不安な気持ちを払拭して大きく首を縦に振った。
【……何をするつもりかは知らぬが、無駄な事……主らはこの儂に倒される。この筋書きは変わりはせぬぞ!】
「ハッ! そんな筋書き、ビリビリに破り捨ててやるぜ!」
そう言って慌夜がいの一番に飛び出した。大剣を背負い、勢いよく跳び上がって担ぎ上げていた大剣を振り上げる。
「くらえええええ!」
裂帛の気合を籠め、重力に乗せて一気に大剣を振り下ろす。その刀身に纏わせた闇のオーラは、衝撃波となってジャルトゥワの上半身に命中した。
【ぬぅんッ! ……この程度、屁でもないわ!】
「くそ、これくらいじゃ……少ししか霊力を奪えない!」
と、悔し気に歯噛みする慌夜を後目に、今度は茜が動いた。鉈を振り回し、回転斬りをお見舞いするが、その刀身から放たれた火炎はいとも容易くジャルトゥワに握り潰された。
【愚かな……蒼炎纏いしこの儂に、同じ炎が通じると思うてか! 全く、なんと生ぬるい炎である事よ……主に味わわせてくれよう……真の業火とは、こういう事だッ!!】
ゴゴゴと口をゆっくりと開くジャルトゥワ。その口内が青白く光り輝いたかと思うと、周囲の青白い炎が一層火の手を強め、大きく揺らめいた。
直後、蒼い火炎放射が茜に向かって飛んできた。
「あ……」
呆気に取られ、思わず足が竦んで身動きが取れなくなってしまう茜。
「あ、茜ええええええ!」
思わず名を呼ぶ慌夜だが、手を伸ばせど間に合わない。
と、その時、茜の前に人影が現れた。
「え!?」
茜が驚いたのも束の間――
一瞬にしてあの火炎放射は大量の水の渦によって飲み込まれ、鎮火された。それどころか、火炎放射とは逆回転しているその水の渦は、さらに回転数を上げて、ジャルトゥワに向かって飛んでいった。
【な、に――】
ジャルトゥワの顔面に直撃した水の渦。しかし、命中して尚その回転は勢いを衰えず、彼の顔面を覆う大岩を抉り取るようにして削り取っていった。
再び頭部を失ったジャルトゥワの肉体は、ズズンと地響きと轟音を立てて、尻餅を突くようにして後方へと転倒。背中を壁に叩きつけるようにして動きを止めた。
これで、二度目の頭部破壊だ。
と、相手が完全に動きを止めたのを確認した所で、呆気にとられていた茜や慌夜達が、この水の渦攻撃を行った人物に向き直る。
「ふぅ、間一髪だったねぇ~」
「あ、ありがと……七海ちゃん」
「ううん~、間に合って良かったよ~」
完全に意表を突かれて戸惑いを隠せない茜がそうお礼を口にすると、七海は相変わらずの笑みを浮かべ、両手をひらひら振って余裕そうに茜に返した。
――霧霊霜七海……俺と同じ四帝族の一つで……霧霊霜一族出身の少女。俺と同じで、伝説の戦士の親を持ち、その一族の持つ力を内に秘めた人物。ここまで強いとはな……俺は間に合わなかった。彼女がいなければ、茜を助けられなかった……。
慌夜は、同じ境遇に立つ七海と己を内心で比較し、敗北感を味わっていた。大事な幼馴染を護れなかった悔しさで、怒りが沸々と湧き上がる。己の無力さに、苛立ちが隠せない。
と、そんな彼が顔を俯かせて瞑目していると、ふと目の前に気配を感じて目を開けた。
「大丈夫~?」
「うわぁ!?」
こちらを下から覗き込むようにして眺めていたのは、件の七海だった。
「ふふ、考えてたって始まらないよ~? もっと肩の力抜かなきゃ~」
「ったく、あんたは力抜き過ぎ……」
「えぇ~? でも、この方が楽なんだけどなぁ~」
呆れた渚に言われ、七海は不服そうに言い返す。
――励まされた? ……いや、なんにせよ、あいつの言う通りだな。少し力み過ぎていたのかもしれない。
慌夜は怒りを鎮め、大きく深呼吸を繰り返した。
「おい、和んでる場合じゃねぇだろ、手の空いたやつはこいつを押さえつけるの手伝え!」
と、琥竜が影属性の力を使い、ジャルトゥワの足元に出来た影から伸びた漆黒の影で、彼の巨大な肉体を拘束する。
「あ、ああ!」
その声に、急ぎ慌夜達はジャルトゥワの拘束に取り掛かる。
一方で、翼は額に脂汗を滲ませつつ、天界への交信を続けていた。
しかし、電波状況などが関係しているのか、初挑戦のためか、どうにも苦戦していた。
「……っく、ダメだ。全然繋がらない。やっぱり、この屋敷の上で渦巻いてる曇天が邪魔してるのかな……」
「そうか、天界はこの雲の上……分厚い雲が壁になってるのか……」
翼の言葉に、近くに駆け寄ってきた慌夜が顎に手をやり考え込む。
何か次の策はないものかと妙案を考えるが、ジャルトゥワがいつ目を醒ますか分からないこの状況下で、焦りが強く出てしまっていたのだろう。すぐにはいいアイデアを閃きそうになかった。
と、その時、ザザッとノイズ混じりの音がどこからともなく聞こえてきた。
「あ、慌夜お兄さん、繋がったよ!」
「ホントか!?」
まさか、本当に天界と通信を繋げる事が出来るとは思ってなかった慌夜は、思わず驚きの声をあげた。
すると、翼の繋げたやや黄金色に光り輝く円形の波紋が震え、第三者の声が聞こえてきた。
〈もしもし? あのどちら様ですか? この回線は、同じ天使族の者しか繋がらないはずなんですが〉
恐らく天使と思しき相手からの訝し気な質問。
「あ、すみません。あ、あのパパは?」
翼はそれに慌てて謝罪し、質問を返した。その問いに、相手の女性は素っ頓狂な声をあげた。
〈へ? パパ? あの、間違い電話でしたら――〉
〈どうかしましたか?〉
と、そこに、新たな女性の訊ねる声が聞こえてくる。その声に、通信越しの相手が、姿勢を正すような勢いで声を張り上げた。
〈あ、て、天使長! お、お疲れ様です!〉
〈お疲れ様です。それで、何かあったのですか?〉
天使長と呼ばれた人物が、挨拶を返して再度質問する。すると、この通信の相手をしていた女性が、経緯を説明してくれた。
〈は、はい……どうやら間違い電話のようでして、パパと……〉
〈え……あの、もしかして翼くんですか?〉
と、会話内容を聞いて思い当たる節があったのか、相手が戸惑いつつもこちらに確認するように呼び掛けてきた。
「そ、その声……ベルさん!?」
名前を呼ばれ、その声にようやく聞き覚えがあったのか、翼が驚いたように反応を示す。
〈あ~よかった、やはり翼くんでしたか。しかし、どうして天使部の番号を知っているのですか?〉
「え、て、天使部?」
聞き馴染みのない言葉を聞いて、目を丸くする翼。周囲に視線を向けるが、無論彼以外の戦士も聞いた事はなく、首を傾げたり肩を竦めたり、首を左右に振るのみ。
と、ベルが天使部に関して説明をくれた。
〈はい、ここは天使九階級天使部署ですから。ここの番号を教えたつもりはないのですが……〉
「ご、ごめんなさい、ぼく無我夢中で繋がってほしいって祈ってただけで……」
〈なるほど、祈りが形となってこの部署と奇跡的に繋げてしまったようですね。それで、どうかしたのですか?〉
考え得る繋がった理由を説明したベルが、思い出したように翼に用件を尋ねる。
そこで翼もようやく本題に入れると、急ぎ用件を伝えた。
「あ、そうなんだ! ぼく、パパの力が借りたくて!」
〈は、はぁ……ど、どういう事でしょう?〉
翼は、大急ぎで事は一刻を争う旨を伝えた。それを聞き、ベルは血相を変えた様子で、声をかけてきた。
〈す、少し待っていて下さい! 至急内線番号九番で繋いで下さいっ!〉
〈は、はい!〉
と、通話音が、保留音に切り替わる。
「す、凄いな……翼って、天使と知り合いだったのか?」
天使といえど、相手は神族。つまりは雲の上の相手なのだ。そんな相手と平然と会話をしていた翼の様子を見て、慌夜は感嘆の声を漏らした。
「ああ、うん……ちょっと色々あって、この組織を結成する前日の夜に会ったんだ」
「そうだったのか」
「しかし、凄い技術ですね……よもや、この遥か上空……天空にいる神族の一角――天使族と交信を果たせるとは」
初めて目にする超技術に、舌を巻く光。
翼の傍で一部始終を見聞きしていた神聖の十戦士達は、各々驚きの反応を示していた。
すると、保留音が切れて、声が聞こえてきた。
〈もしもし! 翼くん、聞こえますか?〉
「あ、聞こえるよ! それで、パパは?」
〈……すみません、今現在鷲狼さんは手が離せない状況らしく……そちらには駆け付けられないとの事でした〉
申し訳なさそうに声の調子を落としたベルが、言いづらそうに翼にそう伝える。
「そ、そっか……」
僅かな希望だったのだが、どうやら天使族の力は借りられそうにないようで、翼は大きなため息を吐いた。
〈申し訳ありません、お力になれず……〉
翼のため息が聞こえていたのだろう。ベルがもう一度謝罪してくれる。
「う、ううん! いいんだ……」
流石に神族の天使にそこまで頭を下げさせる訳にはいかないと、やや慌てて翼が首を振る。
そんな翼に対し、ベルが続けた。
〈本当は私が向かってもいいのですが、なにぶん私も今手持ちの仕事が捌き切れていない状況で――〉
〈ベル、ベルはおるか!〉
と、ベルが最後まで喋り切るより前に、またもや新たな人物の声が通信越しに聞こえてきた。
その声に、跳び上がったようなベルの悲鳴が響き渡る。
〈ひぃっ!? だ、大天使長!?〉
〈なんじゃ、そのような所に居ったのか……ベル、例の仕事はどうなっとるんじゃ?〉
彼女の悲鳴を聞いて、居場所を突き止めた大天使長と思しき天使族の声が近づいてくる。声は幼そうだが、口調は古風。おまけに、その仕事の進捗を確認するような口ぶりから察するに、この声の主はベルの直属の上司に当たる人物のようだ。
〈も、申し訳ありません大天使長! そ、その、これから取り掛かる所でして……〉
余程大天使長と呼ばれる人物が怖いのか、ベルの声は酷く震えていた。姿は見えないが、恐らく今のベルの表情は相当青冷めている事だろう。
しかし、そこまで性急な用事でもないのか、大天使長は別段怒り出す様子はなく、それよりもベルの呼び方の方を指摘し始めた。
〈大天使長などと畏まった呼び方は寄せ。いつも通り、ミリストエルと呼ばぬか……ん? ベルよ、そなた誰と話しておるのじゃ?〉
大天使長――改め、ミリストエルと名乗る大天使が、ようやく何者かと通信を行っていたのだと知り、ベルに訊ねる。
〈あ、こ、これはですね――〉
〈ほほぅ、珍しい。いつぶりの事じゃろうな、下界の者と語らっておったのか……あ、あ~、聞こえておるかのぅ、人間よ〉
と、ベルが説明する前に、何か理解したのか、感嘆の声をあげてミリストエルがこちらに話しかけてくる。
〈ど、どうも……〉
ベルにつられてしまったか、思わず翼までもが畏まった口調になる。
ミリストエルは続ける。
〈しかし、まだ下界に天界と連絡を繋げる者がおったとはのぅ……先の教会襲撃のせいで、教会関係者の多くを喪ったと聞いておったが……〉
〈ちょ、ちょっとミリストエル様! 彼は例の……〉
と、会話相手がその関係者だと知らないミリストエルに、慌ててベルが小声になって翼の説明を行う。
すると、それを聞いたミリストエルは、慌てた様子で声を張り上げた。
〈何!? あやつが鷲狼と翡翠殿の!? 馬鹿者、それを早く言わぬか! して、何故……〉
全ての事情は知らないミリストエルに、嘆息混じりにベルはこれまでの経緯をやや口早に説明していった。




