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第二十七話「岩山の如く聳え立つ大黒柱」・3




 そうして、ずっと喋り続けたベルがやや喉の渇きを覚えた頃、ようやくミリストエルへの説明が終わった。


〈――成程のぅ、相分かった。ベルよ、今すぐ下界に降りよ。これは大天使命令じゃ!〉


 唐突な上司命令。突然出張を命じられたような状況に陥ったベルは、慌てふためいて驚きの声をあげた。


〈ええええええ!? いやいや、あ、あの私まだお仕事が……〉


 と、皆まで言わせるものかと、ミリストエルがベルの口元に手を添えて制する。

 それから、最初に翼と会話をしていた天使の女性に声をかける。


〈そち……天使長ヴィリアエルは急用故、早引きじゃという事にしておけ……良いな?〉


〈あ、はい! 畏まりました!〉


 上司の上司にそのような事を言われてしまっては、従うしかない。天使の女性は、素直に了承した。


〈と、いう訳じゃ……行ってこい、ベル!〉


 これで準備は整った。そう確信したミリストエルは、当人の意思表示の確認など無視し、未だ困惑して狼狽えているベルに向かって飛び蹴りを食らわせた。


〈へ……きゃああああああああああ!?〉


 ベルは、大天使ミリストエルによって蹴り飛ばされ、突如出現した天界と人間界を繋ぐゲートを潜り抜け、どこかへと飛ばされてしまった。


「べ、ベルさん? 一体、何がどうなって……」


 突如ベルの悲鳴が聞こえてきて、何が起こったのかと翼は困惑した。

 すると、ミリストエルの声が聞こえてきた。


〈待っておれ、空西翼よ……今そなた達の所に、優秀な天使を一人派遣したからのぅ。これで、どうにかなるはずじゃ)


「ど、どういう事?」


 いまいち状況が飲み込めない翼に、ミリストエルが口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。


〈なぁに、妾が用意した速達便じゃ……直に届く……〉


 そう言い残して、天界との通信は途絶した。最後のミリストエルの言葉はどういう事なのだろうか? どうにも理解出来ない。

 と、翼達が頭を捻っていると、とうとうジャルトゥワが活動を再開した。


【……まさか水属性の攻撃で、この儂が遅れを取るとはな……やってくれるわ。だが、調子づくでないぞ? 儂は不死身……決して死にはせぬ。例え幾度身を崩されようとも、何度でも蘇る……ガハハハハハハハ!】


 厄介な相手だ。七海の力で頭を吹き飛ばしたというのに、もう回復している。これでは何度やっても同じ事の繰り返しだ。やはり聖水の力を借りるしか手はない。

 だが、ここにくるまでに神聖の十戦士に与えられた聖水は各自一つずつ。既に、消費しきってしまっていた十人には、不死身の敵を倒す術が残されていなかった。

 だからこそ、追加で聖水を生み出す事の出来る聖霊力を携えた種族に頼むしかなかった。

 と、ジャルトゥワのしゃがれた高笑いが轟いていたその時、どこからともなく女性の悲鳴が聞こえてきた。


【――ど、どどどどどいてくださ~い!】


 どこから声がするのか、皆目見当もつかない神聖の十戦士達は、不意に天井を見上げた。すると、天井の一部が渦を巻いて眩い光を放つ穴が現れた。

 そして次の瞬間、そこから金髪碧眼の綺麗な女性が、純白の翼を携えて現れたかと思うと、くるくると螺旋状に軌道を描いて真っ逆さまに地面に激突した。

 もわもわと立ち上る土煙に、咳き込む翼達。

 あれほど高笑いをあげていたジャルトゥワも、一体全体何が起こっているのか理解出来ず、思わず黙り込んでしまっていた。


【いったたた……どいてくださいと言ったのは確かに私ですけど……まさか、本当に誰も受け止めてすらくれないなんて……あぁ、なんと軽薄なのでしょう。慧様や翡翠さん、天照さんが聞いたら何と言うでしょう……】


 と、その聞き覚えのある声と口にした名前、そして何より数日前に目にした忘れられない第一印象。その人物が再び目の前に姿を現して、翼は慌てて謝罪の言葉を口にした。


「ご、ごめんなさい、ベルさん……。その、いきなりの事でびっくりしちゃって……」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる翼を見て、小さく咳き込んでいたベルは、優しく微笑んで口を開いた。


【……気にしないでください、こう見えても私、結構体は丈夫ですので。それで、話されていた例の冥霊族というのは?】


 さっそく本題に移ろうとそう訊ねるベルに、大きく頷いた翼が敵を睨みつけながら素早く指を指す。


「あいつだよ……!」


 そう言って指を指されたジャルトゥワは、目元をひくつかせながらもこちらの出方を窺ったままだ。

 すると、その巨大な敵を目の当たりにして、ベルはその場にゆっくりと立ち上がった。


【なるほど、お会いするのは初めてですが、名前だけは存じておりますよ……冥霊族――スヴェルカル=ディートヘイゴスが率いるとされる契約妖怪――ディートヘイゴス一家。様々な種類の霊魂族を自分の意のままに操るとされる呪術者にして、冥獣使い……。まさか、こんな所でその契約妖怪の一体と相見えるとは……】


 とベルの言葉を耳にして、ジャルトゥワが目を見開く。


【これはこれは……驚いた。混血の天使の話をしておれば、よもや純血の天使がお出ましとは……それも、天使共を束ねる天使長自らがご登場とは……御足労痛み入る……】


 まさか敵に頭を下げられるとは思わず、つられてベルも軽く頭を下げた。


【いえ、これも御使いですから……それに、私としてもあなたには個人的な恨みがありましたので……】


 そう言って口元に笑みを浮かべつつも、強く敵を睨みつけるベル。その視線を一点に浴びて、ジャルトゥワが鼻で笑う。


【ほほぅ、天使に恨まれる憶えはないのだがな……】


【でしょうね、あなたにとっては伝説の戦士の一人程度にしか、考えていなかったでしょうから……その関係者にまで考えが及ばなかったのでしょう】


 はぐらかすように言うジャルトゥワに対して、ベルが説明する。それを聞き、納得したようにジャルトゥワが頷いた。


【……成程、あの写真とやらでしか顔を見ておらなんだが、確かに居ったのぅ……翼を生やした天使と、修道女(シスター)が……】


 虚空を見上げ、まるで顎髭のように青白い炎を灯したジャルトゥワが、それを撫で梳きながら呟く。


【彼女達だけではありません! 慧様を……あの御方を奪ったあなた達だけは……!】


 ジャルトゥワが口にしなかった代わりにその存在を主張するように、ベルが今は亡き彼の名を口にする。その表情は激しい怒りに彩られ、普段の落ち着き払った冷静な彼女らしくなかった。

 そんな彼女の表情を見て、翼も口ごもってしまう。


【慧……赤星慧か。成程、主ら……星の子とも繋がりがあったか】


【くっ……セイラ様が知れば、今頃あなた方は骨一つ残らず存在ごと抹消されていたでしょうね……】


 大して気に留めた様子もないジャルトゥワの反応が気に食わなかったベルは、歯噛みして思わずセイラの名を口にする。しかし、その名を耳にしても尚、ジャルトゥワが怯む様子はなかった。それどころか鼻を鳴らして忌々し気に口を開いた。


【ふんッ、怖や怖や……天使とは到底思えぬ言動よ……だがな、あの熾天使の女子(おなご)が出しゃばろうと、儂の固き意思は変わらぬぞ。儂は伝説の戦士を一人残らず始末し、あの御方を蘇らせてもらうのだ!】


【あの御方を蘇らせる? 一体何の話ですか? いくら不死身の冥霊族と言えど、そう簡単に魂のやりとりは出来ないはずです!】


 どうにも聞き流せなかった敵の一言。あの御方とは一体誰の事なのか。だが、心のどこかでは勘づいている。ここはどこなのか、一体誰の屋敷であったか。それを考えれば、自ずと答えは明白だった。しかし、こちらがその名を口にする前に、ジャルトゥワが先に口を割った。


【主らは知らずとも良い事ではあるが……あの男が言っていたのだ、邪魔な伝説の戦士を始末すれば、あの御方……我らが主――雅曇皇圓景楼殿を蘇らせてくれるとな!】


「あの男って、誰の事だ?」


 と、今度は慌夜が気になる言葉を耳にして訊ねる。

 だが、流石に神族と人族では種族の差が大きすぎたのか、ジャルトゥワが声を荒げて憤慨した。


【図に乗るなよ、小童……主如きに教えると思うてか!】


 そう言って怒りの青白い炎が慌夜の眼前に迫る。思わず脊髄反射で防御姿勢を取るが、それだけでは確実に助からない。


【危ないっ!】


 間一髪、ベルがその純白の羽を広げて猛スピードで慌夜の身体を抱きすくめるようにして救けだした。


【……ふぅ、焦る気持ちも分かりますが、今は相手を刺激しすぎない方が得策かと】


「す、すみません!」


 ベルにそう諭されて、慌夜は焦ったように顔を赤くして謝罪した。だが、彼が顔を赤くしていたのは、他にも理由がある。それは、先程抱きすくめられた際に、彼女の豊満な胸が慌夜の体に激しく密着してきたからだ。

 それを茜も勘づいたのだろう。ジトリと射竦めるような冷たい眼差しで慌夜を見てくるものだから、慌夜は必死にその視線から逃れるように顔を逸らし続けた。


【とりあえず、ここは私に任せて皆さんは少しでも力の回復に専念してください】


 そう口にするベルの言葉に、土筆や光が引き続き魔力や体力の回復にかかる。だが、回復が終わったとしてもそこからが問題だった。

 と、その点に関して、十人を代表して翼がベルに話を持ち掛けた。


「ベルさん、あいつは不死身なんだ。それで、聖水が必要なんだけど、ぼく達もう手持ちがなくて……」


【……】


 その言葉に、思わずベルは硬直したようにその場に固まって黙りこくってしまった。その不可思議なリアクションに、光や琥竜が怪訝そうに首を傾げていると、翼が続けた。


「だ、だからその……出来れば、ベルさんに聖水を作ってほしいんだけど……」


【な、なななっ!? わ、私が、せ、聖水を!? こ、こんなところで作れるわけないじゃないですか!】


 あまりに突然だった。しばらく黙ったまま翼の話を聞いていたベルは、翼の口にした聖水を作ってほしいという言葉に、異様なまでの過剰反応を示して慌てふためいた。


「え、そ、そうなの? てっきりどこでも作れるとばかり……」


 ベルの言葉に、翼もまた驚きに目を丸くして頬をかく。


【ど、どこでも!? そ、そんな恥ずかしい真似出来ませんよ! 人目も憚るんですから、ちゃ、ちゃんとした場所でないと……】


「そ、そうだったんだ、ご、ごめん……実は、ぼく達聖水の作り方っていまいちよく分かってなくて……」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるベルの反応に、翼は申し訳なさそうに謝罪した。

 しかし、翼の事情を聴き、ようやくベルは何故そのような事を平然と言えるのか理解して乾いた笑い声をあげた。


【へ? そ、そうなんですか? あ、あぁ……あ、あはは。で、でしたら知らないままの方がいいかと思います】


「え、どうして?」


【と、とにかく! 聖水に関しては私がどうにかしますから、今は下がっていてください! 用意が出来るまで、私があちらの相手をしますから】


 完全にはぐらかされてしまった気もするが、ひとまず今は大人しくベルの言う事を聞いておいたほうがよさそうだと、神聖の十戦士達は光と土筆の回復の力の厄介になる事になった。


【ほう、主が聖水を用意するのかと思うたが……よもや、儂自身の相手になると申すか……ガハハ、儂に勝てると思うておるのか?】


 予期せぬ来訪者がそのまま新たな敵勢力になるとは思っていなかったジャルトゥワは、やはり強気な態度を崩す事無く、ベルに問うた。


【私だって聖霊力を扱えるんです……彼らよりは多少なりともあなたの相手が務まると思いますが?】


 ジャルトゥワに負けじとベルも口元に笑みを浮かべ、強気な姿勢に打って出る。その反応があまりにつまらないと感じたジャルトゥワは、暫しの間の後、ゆっくりと口を開けた。


【……よかろう、であれば精々この儂を愉しませてみせぃ……】


【いいでしょう……天使九階級が一人――天使ヴィリアエル=フィリル! 参りますっ!】


 手元に顕現させた金槌を振り回し、ベルは一気にそれを地面に振り下ろした。地面が盛り上がり、衝撃波を伴って岩が地面から突き上がっていく。しかし、それはほんの少しジャルトゥワの身体にぶつかるのみで終わってしまった。

 その攻撃とも受け取りにくい行動に、ジャルトゥワは思わずほくそ笑む。


【どうした? その程度か? その程度の攻撃……奴らと大差ないではないか】


【はぁ、はぁ……やはりゴーレムともなると、頑丈ですね……でしたら!】


 ベルとしてはそれなりに力を籠めた一撃ではあったのだが、悲しくも相手にはちっとも効いていないと判明し、軽くショックを受けてしまう。

 だが、ここで諦めるベルではない。上空へと跳び上がり、翼による飛翔速度を利用して、ハンマー投げのように金槌を勢いよく振り回し、回転しながらジャルトゥワの顔面に激突させた。


【……ッ!?】


 頭部をぶん殴られ、激しく脳を揺さぶられたジャルトゥワは、少しばかり体をよろめかせた。


【……グッフフ、少しはやりおる。だが、所詮は小突かれた程度の痛み……それではいつまで経っても儂には勝てぬぞ!】


 天使九階級の一人というからにはそれなりに厄介な相手かと、やや身構えていたが、ジャルトゥワの考えに反し、ベルは然程脅威と思える程の手強さではなかった。

 だが、ベルは口元に笑みを浮かべて含み笑いをすると、何やら意味深な発言を繰り出した。


【……ふっ、いえ十分です】


【何?】


 気になる言葉を口にしたベルに対し、怪訝そうに顔をしかめるジャルトゥワ。

 と、その時、天井からまたしてもあの眩い光を放つ穴が出現した。しかも、それと同時、どこからか鐘の音が響いてきた。

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