第二十六話「総てを止めし石化の双眸」・2
「……躊躇ってたってしょうがない、いくぞ」
少し不安だが、敵は残り後少し。対してこちらは十人いる。数ではこちらが勝っているのだ。力量差に相当な開きでもない限りは大丈夫、のはずだ。
そう思って彼らは意を決して決戦の間となるであろう最上階の主の間に続く大広間へと突入した。
「あれだ……」
慌夜が指をさす。その声と指し示す方向をつられて見れば、そこには先程通った扉よりも幾分も大きな扉が鎮座していた。扉との距離はそれなりにあるはずなのに、まるですぐ目の前にあるのではないかと錯覚してしまいそうになるほど巨大な扉。しかし、この屋敷に住む主は巨人などではないと聞き及んでいる。それでは、その主に仕える冥霊族――ディートヘイゴス一家の大黒柱とやらのために設けたのだろうか?
そんな考えを巡らせながら周囲の様子を窺う。天井からは絢爛豪華な装飾を施されたシャンデリアが吊り下げられている。残念ながら埃を被っていて使用されている様子はないが。薄暗闇に包まれたこの不気味な空間に、さらに寒気がして数人が身震いしていると、声が聞こえてきた。
【……よく来たわね、伝説の戦士の子供達……】
妖しく響き渡る声音が、広間に響き渡る。どこからともなく聞こえてきたその女性の声に、十人が急ぎ居場所を目で追っていると、ようやく見つけた。
あの巨大な扉のすぐ目の前だ。
遠目でよく分からないが、ショートヘアの髪の毛が蠢いているように見える。おまけに、こんなにも暗い場所で何故だかサングラスをかけているようだった。
【よくもまぁ、散々暴れ回ってくれたわね……おまけに、アタシのカワイイカワイイ"子供達"を全員殺してくれちゃってぇ……ただで済むと思っているのかしら……】
敵は明らかに怒りを露にしている。声を荒げるではなく、あくまで語気に怒気を含んだ声色で話している。この薄ら寒さは、どうやら敵の放つ霊力によるものらしい。
「こっちだって多くの人を亡くしたんだ、当然の報いだろ」
【当然の報い……ですって? ふんっ、それはこちらの台詞だわ……アナタ達伝説の戦士のせいで、アタシ達の主様は殺されたの……だからこれは報復なのよ。アナタ達の家族やその身内に思い知らせてあげた……先に始めたのはそっちじゃないっ!】
慌夜の言葉に、とうとう女性は荒々しく叫び声をあげた。
すると、彼らの背後の扉が勢いよく閉まった。それと同時、一瞬にして女性が神聖の十戦士のすぐ目の前に現れた。
突然の扉の動きに目をやっていた戦士達が慌てて敵の気配に向き直っていると、直後、そのサングラスを外した女性が瞑目していた眼を見開く。その双眸は血のように真っ赤で、蛇のように鋭い眼光をしていた。
と、まさにその眼光に目を奪われていると、女性が妖しく口の端を吊り上げて嗤った。
刹那――その双眸から赤い光線が放たれた。
「危ないッ!」
慌夜の言葉に、各々左右に跳んですんでの所でその光線を躱す。しかし、それにより彼らが躱した先にあった扉に敵の光線が命中した。
するとどうだろう、瞬く間に木製の扉は石化していき、まるで石造りの扉であったかのようにその外見を一変させてしまった。
だが、それだけではなかった。
「う、嘘っ!? ど、どーしよこー君! あ、開かないよっ!?」
「何ッ!?」
【アッハハハハハハハ! そりゃあそうよ! アタシの光線を受けたんですもの……もう二度とその扉は動きやしないわ! 例え、怪力の大男が束になってかかっても……ね】
慌てふためく茜の声に、愉快そうに女性が高笑いを上げる。
【アタシはディートヘイゴス一家の母――エール=ネーク=ディートヘイゴス……蛇女なの】
「ゴーゴン……それでは、先ほどの光線は石化光線……という事ですか」
ゴーゴンという言葉を聞いて、土筆が思い当たる可能性を口にする。
【ご名答……その通りよ。アタシの瞳から放たれる光線を浴びた対象物は、動物であろうと静物であろうとその役目を失い、石のように固まってしまうの。この力でそこの扉は役目を失ったって訳。石化した事でその硬度も相当な物になっている。そう易々と破壊する事も出来やしないわ!】
「だったら、あたしの炎の力で溶かしちゃえば!」
「わたしもぉ、水の力で穿てるよぉ~」
「扉を破壊するくらい、ここにいる誰だって可能だわ!」
茜、七海、渚の三人が次々にエールに言い返す。が、エールは口元に笑みを浮かべ続けて言った。
【……えぇ、そうでしょうねぇ? でもねぇ、それをアタシが許すとでも思っているのかしら?】
「だろうな……」
【アナタ達は袋の鼠よ……観念なさい、このアタシ自ら……アナタ達を全員始末してあげるっ!】
ぞくりと怖気が走る。まさに蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。
と、百合が声をあげた。
「動きを止めるくらいなら、私にも出来るよ。いざという時のために、私の毒に耐性を持たせるワクチンも用意してあるから、みんなにこれを飲んでもらえば」
【あぁ、残念だけれど、毒ならアタシには効かないわよ?】
「なんだって!?」
エールがほくそ笑んで毒が無効だと告げた瞬間、衝撃を受けた百合は素っ頓狂な声をあげた。まさか、敵側も毒に耐性を持っているとは想定していなかったのである。
「……驚いたね、まさか君も毒属性を持っているのかい?」
【毒属性ですって? ふん、そんなんじゃない……アタシは純粋にこの肉体を得て毒に耐性のある体になったってだけよ。アナタ達恵まれた有属性者達と一緒にしないで頂戴!】
「やれやれ、どうやら奴さん……相当鶏冠にきてるみたいだよ。あれじゃあ取り付く島もないだろうね」
肩を竦め、首を振った百合が慌夜に伝える。
「その口ぶり……お前も生前は無属性者だったのか?」
【……えぇ、そうよ。当時のアタシは、あまりにも……無力だったわ】
そう言って、エールは天を仰ぎ見て語り出した。
――▽▲▽――
小七カ国が建国されて間もなくの時代。キキルニスタクト王国領に住むエールは、子宝にも恵まれて大家族の母として平和な生活を営んでいた。
しかし、その平和も長くは続かなかった。
ある時、一番下の末っ子の男の子が、難病を患ってしまった。それが、全ての始まりだった。
エールは必死に看病に勤しんだ。夫は毎日毎日休む間もなく働きに出ているため、子供達の世話は専ら彼女の役割であった。
寝る間も惜しんで愛する我が子を世話した。まだ産まれて一年経つかどうかという時期。そんな折の難病。大家族というのもあって経済的に決して裕福な方ではなかったエールの家族にとって、医者にかかるのは厳しかった。それでも、どうにかお金を工面してようやく一人の医師に診てもらう事が出来た。
だが、その結果伝えられたのが今回の難病だった。
ショックだった。人生まだまだこれからという時に、既に人生が終わりに向かっていると告げられたようなものだ。まだ幼く物心のついていない当人には理解出来ないのが、唯一の救いであろうか。それでも、エール達親は勿論、上の兄弟達には否が応でも理解出来る。
エールはひとしきり看病を終え、ふと一息ついて周囲を見やった。傍には、病気に苦しむ弟を心配して見守るようにして寝息を立てている子供達がいた。思いやりのある優しい子達だ。そんな子供達のためにも、どうにかしてこの子を助け出さなければ。
そう意気込んでいたのだが、疲労には適わない。
エールは気づけば軽い眩暈に見舞われ、そのままベッドに突っ伏して半ば気絶同然にして眠りに就いてしまった。
そして、それが愛する子供達の一人である末っ子の最期の姿だった。
《……ぁ、あぁ……そんな、うそ、……嘘よっ!》
受け入れられなかった。変わり果てた我が子の息を引き取った姿を目の当たりにして、大いに取り乱したエールは、癇癪を起こしたように声を荒げた。
《落ち着け、もう手遅れだ!》
《いや、いやよっ! そんな……どうして、どうしてこんな……》
顔面蒼白に彩られた表情を浮かべ、エールは膝から崩れ落ちた。夫に優しく肩を抱きすくめられる。そのおかげで、幾分か精神的には落ち着きを取り戻したものの、ショックは大きかった。
そして、彼女を待ち受ける悲劇は続く。
翌日。やけに静かな朝を迎えたエールは、嫌な予感がして慌てて子供部屋に駆けた。そして、忘れもしないあの光景を想起する事態が広がっていた。
《なんで……なんでなのよ》
自分が何をしたのか、まさか呪われているのではないだろうか? そう勘繰ってしまうほどに、再び愛する我が子に難病の症状が出ていた。それも、今度は同時に二人に。
患っていたのは、三才になったばかりの三女と今度二才になる五男だった。
ここでエールは思った。どうして、幼い子供達ばかりがこの病に蝕まれるのかと。まだ抗体をあまり持たぬが故の病気なのか。そうであれば、抗体ワクチンを接種すれば解決するのか。しかし、ここでも経済力がエールを苦しめた。
《……アタシが、どうにかしなきゃ》
エールは死に物狂いでこの難病について調べた。独学で薬学を勉強し、医学の知識もかじった。
翌日。五男と三女は亡くなった。
エールは一日中泣きじゃくった。どうして自分達だけがこんな想いをしなければならないのだと、運命を呪った。だが、ここで止まってはいられない。
というのも、今度は三人の子が難病にかかってしまったのだ。エールは愛する我が子に申し訳なく思いつつも、彼らの柔肌に針を立てた。
採血し、血中濃度や赤血球、白血球様々な成分を分析し、そしてとんでもない事実を突き止めた。なんと、この病魔は幼い子供から順に命を奪っていく特殊な病だったのだ。それも、厄介な事に他人に感染する影響力があるらしい。確かに思い返してみれば、始まりは末っ子の六男から。それから順に五男と三女。次女に三男、四男と来ている。
この調査結果は確かな物だろうと裏付けられた。しかし、問題はここからである。この病原菌は病に侵された人物の栄養を体内からじわじわと貪っていき成長するという。そうして成長していき、宿主の体に収まりきらなくなった時、一気に周囲に爆散するように空気中に散り出るようなのだ。そして、空気中に飛び出す勢いを生み出すエネルギーとして、残り少ない僅かな病人の生命力を根こそぎ使い果たすらしい。
なんとも末恐ろしく悍ましい病だった。症状はひたすらに高熱に見舞われ、体力をじわじわと奪われていくだけというものだが、見た目以上にその内側ではそのような病気の侵攻が行われているのだ。
エールは、今まで亡くなった子達もそのような症状に見舞われていたのかと考えただけで、多大なショックを受けた。もっと早くこの研究結果に辿り着けていれば、そう考えてしまう。
だが、まだまだ不明点が多く、治療法も見つかっていない病だ、それも致し方ない。
夫は、そう言って優しくエールを勇気づけて応援してくれた。
《ほら、庭に咲いている万年花だ。君の好きな花だろう? 新しく活けておくよ》
《え、ええ……ありがとう。別に好きという訳ではなくて、数年前にたまたま近くの森に咲いているのを見かけて、庭に植え直しただけよ》
《でも、そのおかげか随分とたくさん咲いているじゃないか》
近くの小窓から庭に視線をやった夫が、月明りに照らされた花々を見て言う。
《……そうね。アタシも、まさかあれほどの数になるとは思っていなかったけれど……》
《気候とか、何か成長促進させる環境下にあるのかもしれないね》
《花の話なんか今はいいわ。それよりも、今は病気になった原因を調査しないと……》
再びデスクに向き直り、両手を突いて調査結果と資料に視線を落とすエール。
《そうだね――ックシュン!》
と、突如夫が大きなくしゃみをした。それを目にして、エールは怪訝そうな顔つきで口を開いた。
《あら、風邪? 気を付けて頂戴? 免疫力が下がっている状態だと、他の病気をもらいやすいんだから》
《あぁ、最近花粉症なのかどうにも鼻がムズムズしてね……それじゃあ、お休み。君もあまり無理しすぎず、休むんだよ?》
《ええ、分かっているわ。後で子供達の看病をしてから寝るから……》
夫が部屋を後にした所で、エールはふと活け換えられた花を見やった。
《……花粉か》
エールはとある可能性を感じ、顎に手をやって思案した。




