第二十六話「総てを止めし石化の双眸」・1
今回は五部構成です。
不気味な程怪しく佇む鉛色の空。重く鈍い雰囲気を醸し出すその分厚い雲は、蜷局を巻いてゆっくりと渦巻いている。そんな曇天の足元に、同じく不気味に鎮座する一軒の屋敷――雅曇皇圓邸。その最上階の間に、一人の少年が緊張感に表情を強張らせて目の前の扉を睨みつけていた。
嵐慌夜。急ごしらえで出来上がった組織――神聖の十戦士のリーダーを務める少年の名だ。ただ、このリーダーという立ち位置も、いつの間にか流れに身を任せていたところ勝手にそうなっていただけなので、実際問題誰がこの組織の真のリーダーなのかはよく分かっていない。
と、ややボロボロになったロムレス学園の制服を身に着ける彼の下に、足音を立てて何者かが近づいてきた。
「やれやれ、まさか私があなたよりも遅れて到着する事になるとは……」
「……ふん、俺が先に進んでたんだから、先に来るのは当然だろ?」
「ふんっ、どうでしょうね。あなたも例に漏れずディートヘイゴスの誰かと戦っていたのでしょう? であれば、その戦闘が長引けばその間に先を越せると思っていたんですがね……目論見が外れてしまいましたよ」
やってくるや否や、どちらが一番なのか優劣を決めたがる眼鏡をかけた少年。
明見光――この暗がりの邸宅内でも明るく感じる程の金髪を持つ、この少年の名前だ。
「そういう光は、ちゃんと始末してきたんだろうな?」
慌夜の質問だ。やや仏頂面でそう訊ねると、光は自信たっぷりに口元に笑みを浮かべ、瞑目して威張るように口を開いた。
「当然でしょう? 奴は、雷落さんを惨殺した不届き者です……それ相応の処理をしてあげなければ、私の気が済みませんからね」
上擦った声で光はそう語る。
「そうか……」
「どうしたのです? まさか、あなたは殺り損ねたとか言いませんよね?」
「当たり前だろ……そうじゃなくて、本当にあいつらは真の悪だったのかなって……」
「はぁ?」
いまいち慌夜の言いたい事が分からない光は、露骨に不機嫌そうな顔で疑問の声を上げた。
敵は自分達の家族や身内、その他多くの関係者に手を上げたのだ。殺されて当然の相手……光はそう考えていただけに、慌夜が何を血迷った事を口走っているのか理解出来なかった。
そこへ、新たに第三者が姿を現す。
「嵐慌夜の言う通りだ……ヤツらはそれぞれ生前に何かしらを抱えた元人間だった……生前に抱えきれなくなった負の感情が溢れ出し、今やただの凄惨な怪物になり果てちまってるが、それだけヤツらが生きてきた当時のこの世界は、荒れてたのさ」
「そうだね……あのオリバーとかいうゾンビはよく分からなかったけど、ディートヘイゴス一家っていうのも仮初の家族の集合体……案外、一枚岩って訳でもないかもしれないよ」
ネックウォーマーで鼻先辺りまで口元を覆い隠したポニーテール姿の男と、ウルフカットの少年がそれぞれの意見を口にする。
影虎琥竜と空西翼。それが彼らの名前だ。
「影虎先輩、それに翼も……二人は一緒だったのか」
「あぁ……中庭から邸宅内に戻った際に合流してな。それからはひとまず行動を共にしている」
「そうなんだ、オリバーとジョンを倒した後、渚ちゃんが血相を変えて飛び出していっちゃって……途中まではぼく一人で行動してたんだ」
「オレは単独行動でも良かったんだが、オマエの指示があったからな……念のためだ」
ちらと慌夜の方に一瞥くれた琥竜が、そう呟く。
「それは助かる……その様子だと、影虎先輩も無事に敵を倒せたみたいだな」
「抜かりはない。まぁ、霧霊霜七海に手助けを受けたのは不本意だが……」
口を動かしていた事でネックウォーマーが少しずり下がってきたため、それを親指と人差し指で元の位置に戻す。
すると、そんな琥竜の発した最後の一言が聞き捨てならないとばかりに、さらに新たな一声が聞こえてきた。
「なによ、七海に助けられておいてその言いぐさ! 素直にありがとうの一言も言えないワケ?」
どうにも納得がいかないと、不貞腐れた様子のツインテール姿の少女――旋斬渚が、腰に両拳を当てて琥竜を睨みつける。
自分の代わりに何故か怒ってくれている渚を、アホ毛を生やしたグラマラスな体型をした件の少女――霧霊霜七海が苦笑しながら両手を用いて制する。
「……ま、まぁまぁ渚ちゃん。わたしも無理矢理割って入ったところもあるし~、それに無事に倒せたんだからいいじゃない~」
思わず眠くなってしまいそうなローテンポのゆったりとした口調で、七海が渚を宥めるように声をかけると、渚は少し不服そうにはしつつも、当人がそれなら致し方なしと呆れたように溜息を漏らした。
「はぁ、あなたがそれで良いならいいけど……」
と、少々空気が重々しくなってしまったそこへ、さらに仲間がやってきた。
「あれ、みんなもう先に来てたんだね――って、ど、どうしたの? なんか、不穏だけど」
既に多くの仲間が集結しつつあるその場にやってこれた事に嬉しさを噛み締めかけて、その場の空気感を肌で察し、一気に表情が陰る。
銀色の冠に炎を灯した少女――炎耀燐茜は、ダッフルコートを着用して、フードを目深に被った少女――氷威霙に肩を貸してあげていた。
そんな霙は、茜同様その場の空気を感じ取って、呆れたように声をあげた。
「……喧嘩でもしたん? そんな無駄に体力と時間を浪費するコトやめな~?」
「うっさいわね、喧嘩なんてしてないわよ……ちょっと文句の一つでも言ってやりたくなっただけ」
と、霙に痛い所を突かれたのか、彼女の言葉に露骨に反応を示した渚が、腕組をしてそっぽを向いた。
「ありゃりゃ、余計に拗ねちゃった……ま、なんにせよ改めてこーして集まれただけでも良きってコトで♪」
「そ、そうだよ、霙ちゃんの言う通り! 後はこの先にいる敵だけなんでしょ?」
霙と茜が互いにこの場の空気感を換えようと話題を別の事に切り替える。
その言葉に、慌夜が口を開く。
「ああ、恐らくそうだろう……残りのメンバーが揃って準備が整い次第、突入するつもりだ」
と、その慌夜の言葉に呼応するように、残りのメンバーである二人がやってきた。
「やぁやぁ諸君、待たせたね……どうやら私達が最後のようだねぇ」
「お待たせしてすみません、百合さんの回復をしてて遅れてしまいました」
瓶底眼鏡をかけた白衣姿の少女――猛毒雲百合と、青々とした草原のような眺めているだけで癒されそうな緑髪を靡かせるオーバーサイズのローブコートを羽織った少女――草壁土筆の二人が、それぞれ軽く挨拶をして他の仲間の下へ歩み寄る。
「いや大丈夫だ。むしろみんなの回復ありがとな、草壁先輩」
「いえ、回復魔法が使えるのは草植系属性か、光属性だけですから」
相変わらず乏しい表情で、その口元にやや笑みを浮かべ、静かに土筆が首を振る。
「そういう点で言えば、光も回復は使えるんだよな?」
土筆の言葉を聞いて、ふとそんな疑問が浮かぶ慌夜。
「ん? ええ、無論ですとも。ただ、草属性と光属性では回復の方向性が少々異なるのですがね」
その言葉に反応した光が、当然と言わんばかりに自慢げに片方の腕を背中に回して置き、もう片方の手で眼鏡をクイッと持ち上げる。
「そうなのか?」
「はぁー、相変わらず勉強不足のようですね、嵐慌夜くん?」
ちょっとした質問だったのだが、例によって問答無用でこちらを煽ってくる光に、少々怒りのゲージを上昇させつつ、どうにか自身を宥めて表情をひきつらせながら口を開いた。
「悪かったな、"勉強不足"で……それじゃあ、是非ともお聞かせ願えますかね、光くん?」
向こうの煽りにややこちらも煽り返すような喋り方で、慌夜が少し青筋を浮き立たせながら光に訊ねる。
「えぇ、いいでしょう。草属性や森属性の癒しの力は自然治癒の力なのです。謂わば新陳代謝の向上によって、肉体の持つ傷を修復しようとする働きを素早く促しているという形でしょうか。一方で、光属性は聖なる力……人工治癒の力というべきでしょうか。いやむしろ超常現象? 神の御業といっても過言ではないでしょう」
「いやいや、流石にそれは言いすぎじゃないのか?」
「そうでしょうか? 草植系属性の回復には限界があります。肉体の欠損や骨折などは流石に回復させられません。出来たとしても、体力回復と軽い傷口の回復くらいでしょう。一方で、光属性は肉体の欠損や骨折も治せます。失った魔力の補填も可能です。不可能な事といえば、体力回復くらいでしょうか。あくまで光属性の持つ聖なる力による回復ですからね。自然治癒を促す草植系属性の持つ新陳代謝の向上でなければ、体力は回復しないようです」
「同じ回復でもそんなに違ったのか」
「明見君の言う通りです。ですから、あくまで私の出来るのは応急処置程度なんです。ここに来るまでに数人治癒させて頂きましたが、重症のメンバーに関しては明見君の力が必要になります」
「ふむ、そうなるとは思っていましたよ。ですからここへ来るまでに、私も出来得る限り魔力を残しておいたのです。敵は強大です。きっとあなた方の多くは傷ついて戻ってくる……そう考えていましたから」
「そうだったのか……光、すまないが……回復頼めるか?」
「ふんっ、言われずともそのつもりですよ。私とて、一人でこの先の敵を倒せるとは思いませんからね。少しでも仲間勢力が多い方がいい……安心してください、一人残らず私が全快にしてみせましょう」
光はきらりと眼鏡を眩く光り輝かせると、身体の内側から盛大に光属性の魔力を放出し始めた。相当練り込まれた濃密な魔力なのだろう。普段は目に見えない魔力が視認出来る程、光は魔力を溢れ出していた。まるでオーラを身に纏っているようだった。
「さぁ皆さん、私の周囲に円陣を組むようにして座ってもらえますか?」
そう口にする光の言葉に、怪我を負った仲間達は、互いに目配せをしあうと、ゆったりとした足取りで光の周囲に集まり、足元へ腰を下ろした。
怪我を負った痛みで上手く座れないメンバーは、比較的軽傷だった慌夜や翼達が手伝ってあげた。
そうして準備が整うと、光が集中して瞑目していた片方の目を開けて、周囲を一瞥した。
「では始めますよ」
と、光がより一層力を籠めると、一気に周囲に円形に魔法陣が展開された。魔法陣はゆっくりと回転しながら、眩い光を放ち続けている。その光に足元から照らされていると、不思議な事にあれほど鈍く続いていた痛みが徐々に和らいでいくのを肌で感じた。
「す、すっご……痛みが消えてくんだけど」
「疲れも取れていくみたいだ……」
霙と慌夜がそれぞれ抱いた感想を口にする。
「当然でしょう、この回生の力は、あらゆる細胞を活性化させるのです。その影響力は、死滅した細胞を蘇らせる程。氷威さんの場合は肋骨を骨折していたようですから、そちらの骨が回復していっているのです」
「すげぇ仕組みだな……」
光の説明を聞き、素直に感嘆の声を漏らす慌夜。
光は続ける。
「疲れに関しては、体力ではなく魔力が回復している事で一時的にそう感じているのでしょう。魔力回復でも、疲労感は軽減されるようですからね」
「なるほどな」
それからしばらくして、光による回復が終了した。深手を負っていたメンバーはすっかり戦闘前の状態に戻り、一人で歩けなかったメンバーも自由に動き回る事が出来るようになった。
「ひかるん、あんがとね! これで、うちもまた思う存分戦えるよ!」
口元に笑みを浮かべた霙が、いつものように棒付きキャンディーを口に咥え、光にお礼を言う。
ただ、その際に彼女が口にした呼称を耳にして、光当人は素っ頓狂な声をあげた。
「ひ、ひかるん!? お礼は有難いですが、その変なあだ名で呼ぶのは勘弁してほしいですね」
どうにも生真面目な性格をしている光は、霙のようなタイプの女性が苦手なようで、目を逸らして頬をかいた。
と、今度は同じ回復系の力を持つ土筆が、うっすらと微笑みを浮かべて光に軽く頭を下げた。
「私も、ありがとうございます……皆を治療してたので、すっかり魔力が枯渇しかかってて」
「いえ、むしろあなたのおかげで、私は皆さんを回復させる事が出来たのです。私には、魔力を回復させて肉体を元に戻す事は出来ても、修復する事は出来ませんからね」
「そうですね……だからこそ、草属性と光属性は互いに必要不可欠な存在なのかもしれません。植物にも、光合成のために光は必要不可欠な存在ですから」
胸元に手を添え、その上にさらにもう片方の手を重ねて、土筆は静かに目を閉じた。
そんな彼女の姿を目にして、何か思う所があったのか、暫しの間があって光が口を開いた。
「草壁さん……ええ、その通りですね。お礼はもういいですから、皆さんの体力回復をお願い出来ますか? その分失った魔力は、私が再充填しましょう」
「はい、分かりました……お願いします」
そうしてこくり首肯した土筆による草属性の力により、この場に居る神聖の十戦士の体力は、完全回復を果たした。
「よし、力も戻ったし、いよいよこの戦いも終盤だ。皆、準備は出来てるか?」
「う、うん、あたしはいつでも大丈夫だよ!」
「ええ、万事準備出来ていますとも」
「はい、サポートは任せてください」
「うん! 天使の力も目醒めたし、今ならもっと活躍出来るよ!」
「ふんっ、当然の事……聞かないでくれるかしら。アタシは誰よりも強くなるんだから!」
「ふふっ、わたしも頑張るからね~」
「もち! どっからでもかかってきなってカンジ♪」
「にひっ、全員で戦うなんて実に面白そうじゃないか。こんな状況でもなければ、戦闘よりも皆の戦闘データを取っていた所だよ」
「是非もない……オレはいつでも準備万端だ、暴れてやろうじゃねぇか、嵐慌夜」
慌夜の確認の声に、他の九人が各々応じて返事をする。
「よしッ、いくぞおおおお!」
『うぉおおおおおおお!』
慌夜達神聖の十戦士達は、慌夜の突き上げる拳と掛け声に呼応するように、勝鬨の声を上げた。
と、その時、まるでその声に反応したかのように、これから向かおうとしていた扉が轟音を立てて開いた。
その突然の事に思わず意表を突かれる一同だったが、別段扉から何者かが出てくる気配はない。これではまるで、自分達の侵入に気づいた敵側が、招いているようである。
十人は互いに視線を交わし合い、再び目の前の扉に向き直った。




