第二十五話「紛い物の器を手に入れし怪物」・4
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【――気づけば、オラ、何度も肉体改造、施された……肉体、精神、休まる事ない……気づけば、オラの肉体、限界迎えてた】
そう話すフォロトゴスは、どこか悲し気な表情を浮かべているように見えた。彼は、両親からどこか歪な過剰な愛情を受け過ぎた結果、壊れてしまったらしい。
全ては愛する我が子を救うためとはいえ、いくらなんでもやり方が間違っていたように思える。だが、であれば実際のところどうすれば、救えたのだろう。その正しい答えは、教える事は出来ないように思える。
だとすれば、この手段も一つの正解なのだろうか。何が正しくて何が間違っているのかなど、人それぞれの価値観で決まる。それをただの一人の赤の他人が決めてよいものなのだろうか。
茜は、口をぎゅっと噤んですっかり黙りこくってしまった。
フォロトゴスは続ける。
【……だけど、オラ、母ちゃん、恨んでない……元はと言えば、オラが弱く産まれた、いけない……母ちゃん、オラのため、必死に尽くしてくれた……感謝、してる】
「……でも、あなたが今一緒にいるのって、本当の母親なの?」
【確かに、今の母ちゃん……オラの本当の母ちゃん、違う……だから、ここ――ディートヘイゴス一家、仮初でも、今の母ちゃん、尽くしたい……だから、母ちゃんの邪魔するお前ら、絶対に許さないッ!】
「そういう、事……何だか少しは事情分かったかも。けど、それでもあたし達はあなた達に負けるわけにはいかない! 死んでいった大切な人達のためにもっ!」
【当然……ここで手加減、許されないッ!】
茜の言葉に呼応するように、フォロトゴスが重い拳を反対の手の平に打ち付けて気合を高める。
その一方で、二人から少し距離が離れた位置にいた霙は、激しく咳き込んでいた。口元を押さえ、ふとその手元に視線を落とすと、手の平にはべっとりと真っ赤な血が付着していた。
痛みに苦悶の表情を浮かべ、周囲を見渡す。
――うぐ、あ、あんなところに……。
傍に突き刺さった大太刀に気づき、どうにか四つん這いでそちらへにじり寄り、それを杖代わりにしてようやく霙はその場に立ち上がった。
片膝に突いていた手を放し左手で大太刀の柄を掴むと、逆手に大太刀を引き抜いた。
「よっと……」
氷の鞘が思いの外瓦礫に深く突き刺さっていたためだろうか、案外片手だけでもどうにか引き抜く事が出来た。
それを手首を回して素早く順手に持ち直し、深く腰を落として刀身の峰を肩に担ぐ霙。
そんな彼女を中心にして、灼熱の一体が一気に冷え切り、再び大広間に白銀の世界が構築された。
その景色の一変に、ようやくフォロトゴス達も霙が目を醒ましたのだと気づいたらしい。ほぼ同時に霙の方に振り向いてきた。
【霙……とか言ったか、お前も大概、頑丈……】
「霙ちゃん! よかった、生きてたんだね!?」
「ごほっごほっ、ひどいなぁ~あかねる……うちがそう易々と死ぬわけないっしょ」
「うん、そうだよね!」
と、大事な仲間の一人が生きていたのだと分かり、茜は内心安堵してやる気の炎を燃え上がらせ、注意散漫になっている目の前の敵めがけ、鋭い斬撃を何発も繰り出した。
すぐさまそれに気づいたフォロトゴスも応戦にかかるが、これでは離れている霙に対処する事が出来ない。それが茜の狙いでもあった。
そして、その彼女の狙いの意図を読み取った霙が、果敢に動く。
足元に氷の足場を作り、その場を滑走して即座にフォロトゴスの背後を取ると、大太刀の領域内に侵入したと同時、地面を足で蹴って上空へと跳び上がった。
「そこだああああああ!」
裂帛の気合に乗せて、大きく振り上げた大太刀を重力に乗せて、叩きつけるように振り下ろした。
【うぐぁああああああァ!?】
鋭い斬撃を背中の中心に喰らい、大きく体を仰け反らせたフォロトゴスは、よろめいて傍にいた茜を振り払った。
「きゃっ!?」
「あかねるっ!」
吹っ飛ばされた茜を助けようと、フォロトゴスへの追撃を止め、すぐさま茜の下へと駆け付けた霙は、飛ばされてきた彼女をしっかりと受け止めた。背中を強打した際に右腕を負傷してしまい片手しか使えない状態の霙。おまけにその左手も得物を携えている今はまともに使えず、身体全体で受け止めざるを得なかった。どうにか受け止めた際の衝撃は両足の踏ん張りで吸収しきれたが、今のでなかなかの負荷をかけてしまった。あまりそう何度も受け止めるのは難しそうだ。
と、受け止めてもらえた事に気づいた茜が、咄嗟に後ろにいる霙の方へ振りかえる。
「あ、ありがとう、霙ちゃん……そ、それより大丈夫なの!?」
全身を強かに壁に打ち付けていたのを知っている茜は、どうにもそれが気がかりでならなかった。そんな彼女を心配させまいとしてだろう、霙は空元気に振る舞って見せた。
「あーうん、もちもち、オールオッケーだし」
明らかに痩せ我慢しているのが見て取れた。寒がりで滅多に汗をかかない彼女が、額に僅かながらに脂汗を滲ませているのが何よりの証拠といえよう。
だが、彼女なりのこちらへの気遣いだろう事は流石の茜にも分かっていたため、強くは言えなかった。だからこそ、自分に出来得る限りの事はしようと考えた。
「あ、あんまり無茶しないでね? あたしも、協力するから」
「あんがとね、あかねる……。今の一撃は結構な深手を負わせたと思うけど、あいつ結構頑丈だかんね……」
「そうだね」
そう言って二人は、大広間奥で僅かによろめくフォロトゴスを見据えた。そんな彼女達の視線に気づいてか、フォロトゴスがドスの利いた声音を響かせる。
【お、お前ら……今のは、効いた。が、それもここまでだッ!!】
頭に突き刺さったネジをさらに何度も何度も回転させるフォロトゴス。どうやら、敵のあの瞬発力や攻撃力、防御力はあのネジを回す事によって高められているようだ。
両手を何度も地面に強かに叩きつけたフォロトゴスは、鬼のような形相で目を光らせ、まるで獰猛な獣のように真っすぐ一直線に二人目掛けて猪突猛進してきた。
「あかねる後ろにっ!」
今の状態では躱す事も難しそうだと踏んだ霙は、茜を自分の後ろへと隠れさせ、大太刀を思い切り深々と床に突き挿した。直後、氷の地面が少しずつ盛り上がりながらフォロトゴスに向かって突き進んでいった。敵へ近づいていくにつれ、どんどんその盛り上がりの高さが増していく氷柱の山。
「この防御壁でどうにか……」
少しでも勢いが殺せればと僅かながらの希望を乗せる霙。しかし、願い虚しくフォロトゴスは速度も威力も落とす事無く氷柱の山を跳ね退けながら突き進んできた。
そして、そのまま最後の氷柱の山を突破した。眼前に迫りくるフォロトゴスの巨体に、目を見開いて戦慄する霙と茜の二人。
霙は大太刀の柄をさらに強く握り、突き挿したままの大太刀でフォロトゴスの巨躯を受けた。
直後、凄まじい衝撃が全身に伝わり、一気に後ろに押しやられる。か細い片腕だけで敵の巨体を押し留めるには限界があり、すぐに限界が訪れ、防御を崩された直後、フォロトゴスの下からの突き上げるような頭突きを受けて霙と茜は二人まとめて弧を描いて空中から床に叩きつけられた。茜が後ろにいたため、守らなければならない対象である茜を霙が下敷きにしてしまう形となる。
だが、謝罪なんてする間もなく、そこにフォロトゴスの鋭い拳の一撃が腹部に炸裂した。
「ぐはぁっ!?」「うぐぁっ!?」
霙と茜は目を見開いて吐血した。激しく咳き込み、たまらず込み上げてきたものを吐き出す。
だが、そこで敵の猛攻は終わらない。苦しむ二人にほくそ笑むと、さらに連続パンチを叩き込んできたのだ。
幾度も繰り返される攻撃に、二人の体はどんどん床にめり込んでいき、そしてついに床のあちこちに亀裂が広がり出す。
このままでは床が抜けてしまうだろう。だが、構わずフォロトゴスはその場に跳び上がり、両手を組んで一気に拳を振り下ろした。
二人の体が大きくくの字に曲がると同時、耐えきれなくなった床が崩れ去り、茜、霙、フォロトゴスの三人は一階の大広間まで墜落した。
フォロトゴスの凄まじい攻撃に、成すがままで防御もまともに出来なかった二人は、重力に引っ張られてそのまま大きく体を一階の床に叩きつけられた。
「ごほっ、げほっ!」
茜は凄まじい激痛に顔を歪ませ、あまりの苦しさに幾度も咳き込んで吐血した。恐らく内臓の幾つかは損傷しているかもしれない。だが、問題は霙だった。自分はまだ霙の下敷きになっていたため、フォロトゴスの攻撃が直撃した訳ではない。だが、霙は違う。彼の猛攻をその華奢な体躯で一身に受けていたのだ。衣服はボロボロで、腹部周囲の素肌が露出していた。見た所、内出血しているのか腹部のあちこちに青痣が出来てしまっている。肋骨も損傷しているのか、激痛に呻いていた。よく見ると、確かに折れた肋骨が皮膚を貫通して飛び出してきていた。相当な痛みだろう。だが、治癒能力のない茜には、彼女に労りの声をかけてあげることしか出来ない。
この状態では、まともに戦う事は難しいだろう。
と、その時、少し離れた所で衝撃音が轟いた。見ればそれは、瓦礫に埋もれていたフォロトゴスが、瓦礫を跳ね飛ばして体を起こしている姿だった。
【お前らもなかなか頑丈……あれだけの攻撃を受け、まだ息ある?】
生きている事に驚きを隠せない様子のフォロトゴスが、目を丸くして頭をかく。
と、激痛に呻いていた霙が、一際大きく痛みに喘いで口を開いた。
「……あぁっぐ!? あ、あかねる……にげ、て……! こ、ここは……うちが……あっぁああ!」
どうにかその場に立ち上がろうとするが、その直後に尋常ではない激痛が霙の全身を駆け巡り、堪らず霙は崩折れた。
そんな彼女に、茜が慌てて駆け寄る。
「う、動いちゃだめ! そんな体で戦えるわけないよ! じっとしてて、あたしが……やる!」
「っ!? あ、あかねるだって……はぁ、はぁ、怪我してるじゃん……」
確かに自分程ではないにせよ、茜も十分に傷ついている。そんな状態で、まともにフォロトゴスと渡り合えるとは到底思えなかった。
しかし、霙の止める声も聞かず、茜は笑みを浮かべて見せた。
「霙ちゃんのおかげで、多少は大丈夫! それに、あたしだってあいつには恨みがあるの。だから、あたしにも戦わせて」
恨み……それは言わずもがな、伯父である妖燕の事だろう。先刻はああ言っていたものの、やはり恨みの念があったのだろう。
だからこそ、それ以上霙には彼女を止める大義名分が思いつかなかった。
「……わかった、無茶だけはナシだかんね?」
「うん……!」
霙の言葉に大きく深く頷いた茜は、武器を構えた。
その姿を見て、フォロトゴスが笑む。
【今度、お前、相手か……どちらでも構わない。どちらにせよ、二人とも殺す、確定】
フォロトゴスは腕を大きく回し軽くストレッチをすると、一気に茜の眼前に迫った。そして後ろに引いていた拳を繰り出した。
空を切るような速度で茜に向かって繰り出された攻撃。それをどうにか屈んで躱した茜は、フォロトゴスの脇を抜けて、過ぎ去り際に鉈を振るった。鋭い一撃がフォロトゴスの脇腹に入るが、やはり痛みを与えるどころか、まず効いているかも微妙だ。
【こんなかすり傷で、オラに勝てるとでも?】
元々戦闘力がそんなに高い方ではない茜は、もっと強力な技がないか試行錯誤していた。だが、結局その力を得る前にこの状況に陥ってしまった。霙に戦わせてと言った手前、ここで泣き言を言ってはいられない。
と、鉈を構えて足を踏み込んだ直後、足元に滴っていた自身の血に視線を落とした。
――そうか、アンジェラの時みたいに……液状魔法を使えば。ううん、でもこれは奥の手。きっと相手はあたしのこの力までは知らないだろうから。
茜は自身の血塗れの姿を見て、一つの作戦を思いついた。だが、これはリスキーな手段でもあるため、最後の一手として取っておくことにした。
その間にもフォロトゴスは拳を叩きつけたり、時折周囲に散らばっている瓦礫をぶん投げたりして攻撃してきた。先ほどまでは拳のみの攻撃だったため、距離を詰められなければ攻撃を受ける事はなかったのだが、投擲攻撃手段を取られてはそうも言っていられなくなった。
【ふんぬッ!】
「しま――きゃぅ!?」
と、回避に専念してしばらく。
とうとう飛んできた瓦礫の一つに直撃してしまい、茜は瓦礫の下敷きになって身動きが取れなくなった。
どうにか抜け出せないかと身じろぐが、どんどん瓦礫の重量が茜の体を圧し潰してきて、指先一つ動かせなくなる。
すると、フォロトゴスが瓦礫をどかしてきた。一瞬助けてくれたのかと思ってしまうが、敵がそんな事してくれるはずはない。そして、案の定それは茜の勘違いだった。
「くっ……」
【捕まえた、小娘……観念しろ!】
フォロトゴスは隙だらけの茜の体を掴み取った。まるで人形遊びするかのようなサイズ差。だが、力加減を知らないフォロトゴスは、掴んでいた茜の体を強く握りしめ過ぎた。
ただでさえ損傷していた内臓がさらに傷つけられ、ヒビが入っていた肋骨が数本折れた音が木霊した。
「ひぎぃっ!? ぐぁああああああああ!? いだっ、いだあいぃぃいいい!? う゛っ、ごぼぁっ! げほ、ごほっ、がはっ!」
堪らず茜は悲鳴をあげ、込み上げてきた血を大量に吐き出した。その血飛沫がすぐ目の前にいたフォロトゴスの顔や体に降りかかる。
だが、さして気に留める様子もなく、フォロトゴスはさらに握っている手に力を籠めていく。このままでは握り潰されてしまうと命の危機を感じた茜は、出し惜しみしている余裕もなくなり、慌てて奥の手を講じる事にした。
急ぎ、可能な限り肺いっぱいに酸素を取り込んだ茜は、フォロトゴスの顔に向かって息を吹きかけた。
「ふぅぅううっ!」
突然顔に息を吹きかけるなど、目の前の小娘は何をしているのだと一瞬訝しんだフォロトゴスだったが、すぐにそれが何故か判明した。
【なんの、つも――ッ!?】
突如、フォロトゴスの顔面を含めた首回りが、発火した。
【ぐおぁおぁああああああ!? な、何だこれはァッ!?】
油を浴びた訳でもなければ火を噴かれた訳でもないのに、突然自分の顔が発火した事に、フォロトゴスは何が何だか訳が分からず慌てふためいた。反射的に両手で顔を覆おうとして茜の体を掴んでいた手を放す。
茜は地面に尻餅を突きつつも、急ぎその場から距離を取った。
一方で、フォロトゴスは必死に顔を撫でるように火を振り払い続けていた。しかし顔中に茜の血液が付着している限り、その炎が鎮火する事はない。視界を奪い、隙だらけの今が攻撃のチャンスだが、自分では相手を倒し切れるまでの力がない事を自覚していた茜は、どうしようか悩んだ。
その時、背後から大声をあげる霙の姿があった。
「あかねる! こっち! 急いで!」
「あ、うん!」
大急ぎで霙の下へ駆けつけてみると、彼女は、怪我している箇所を氷漬けにして応急処置を済ませているところだった。なかなかに急ごしらえで粗雑な対応ではあるが、素人目から見れば十分にも思えた。
「あかねる……申し訳ないお願いになるんだけど、ここに凍氷の大太刀を持ってきてくれない?」
「えぇっ!? で、でもあれって選ばれた人間しか手に出来ないんじゃ……」
そう、凍氷の大太刀といえば、選ばれた人間にしか扱えない特別な代物。おまけに氷雪系属性持ちでなければ、触る事すら難しいとされる得物なのだ。それを、よりにもよって氷雪系属性ですらない炎熱系属性の少女に頼むなど、正気の沙汰ではなかった。
しかし、落ち着いた様子で霙は口元に笑みを浮かべて続けた。
「納刀状態ならね……だけど、抜刀状態の今なら……辛うじて炎熱系属性のあかねるになら……あるいは」
「そ、そうなの?」
いまいちその辺りのシステムがよく分かっていない茜は、頭上に疑問符を浮かべる。
「ただ……僅かながらに凍傷を負う危険性があって――」
「わかったっ!」
「うん、よかった――って、ええ!? ちょちょ、ちょいタンマ! あかねる、人の話聞いてた? 凍傷負うかもなんだよ? それなのに、そんな安請け合いしていいん?」
まさか悩む事なく二つ返事されるとは思ってもみなかった霙は、完全に意表を突かれて拍子抜け状態だった。てっきり断られる、そう思っていたのだ。
と、茜が胸元に拳を添え、今の心情を吐露した。
「だって、今のあたしには、これくらいしか……出来ないから! あたしは、あたしに出来る事を、精いっぱいやる……! そのためなら、凍傷くらい……へっちゃらだよ! 待ってて! 急いで取ってくるから!」
そう言い切った茜は、視線を周囲に配り、床に放置されている大太刀を見つけた。
「あった!」
まだフォロトゴスは苦しみもがいている。今の間に大太刀を運ばなければ。
茜は、躊躇なく大太刀の持ち手を掴んだ。氷で出来たそれは、相当な冷たさで、一気に茜の体温を奪っていった。
「いっづ!?」
凄まじい冷たさに、低温火傷してしまいそうなほど。だが、我慢して持っていかねば、霙が待っているのだ。痛みなど、気にはしていられない。
茜は身体の動く限り、体力のある限り、必死に無我夢中で霙の下へと急いだ。
そうして、茜は無事に霙の下へ大太刀を送り届ける事に成功した。やはり、凍傷を僅かながらに負いはしたが、大事までには発展しなかったのは不幸中の幸いだろう。
「ほんと、あんがとね……あかねる。このお礼は、必ずするから」
「くす、そこまで気にしなくてもいいのに」
「ダメダメ、それじゃうちの気が済まないんだって」
「……じゃあ、楽しみに待ってるよ」
「おk……ほいじゃ、決着着けるとしますか……怪物退治のね!」
そう言って霙は、スイートヨーグルト味の棒付きキャンディーを新しく咥え、抜刀した大太刀を負傷した方の手に握らせると、柄ごと自身の腕を氷漬けにして仮ギプスで固定した。そしてどうにか両手で使える状態にして下段の構えで息を整えた。
その一方で、フォロトゴスもようやく顔面火達磨状態から脱していた。顔面を壁や地面に擦りつけ、無理矢理茜の血液を拭い取ったらしい。あまりに強引なやり方ではあるが、その影響も相当なもので、火傷と皮膚へのダメージで彼の顔面は酷く焼け爛れていた。顔面から大量に血を流し、一見まだ茜の返り血で汚れているのではと思ってしまう。
【おのれ……小娘共。小賢しい……これで、終い……だぁああああああああああああッ!】
「それは、こっちも同じ……みたいな? いくらあんたでも、この二振りで終わりだよっ!」
地響きを伴った突進攻撃でこちらに突っ込んでくるフォロトゴス。しかし、もう躱さない。完全に、霙は迎え撃つ覚悟だった。凍てつくような鋭い眼光。研ぎ澄まされた呼吸は、完全に意識を集中させていた。そして、初動はゆっくり、しかし、斜めに振り上げ終わるは刹那――。
茜が瞬きをした次の瞬間には、素早い縦斬りの二撃目が繰り出された後だった。
【がッ――ば……か、な……ありエ――イ……ィ】
斜めに上半身と下半身がズレ落ち、一拍の後、今度は中心から割けるようにして肉が左右に倒れた。
肉塊が地面に落下する生々しい音が木霊し、そこからは静寂が周囲を支配した。
「……ゃ、やったああああああ! やったよ、霙ちゃあああん!」
と、その静寂を早々に打ち破ったのは、茜だった。彼女は怪我を負っているにもかかわらず、喜びのあまりその場で大きく跳び上がり、傍にいた霙に抱き着いた。まさかそんな事されるとは露ほども思っていなかった霙は、完全に不意打ちをくらって彼女を受け止め切れず、そのまま押し倒されて地面に尻餅をついた。
直後、凄まじい激痛が全身を駆け巡った。
「あだだだだだだだ、ちょまっ!? 勘弁してよあかねる!? 今もうアドレナリンで痛覚どうにかなる時間過ぎてんだってえええええ!」
「あ、ご、ごめん……あははは」
霙の悲痛な叫び声と申し訳なさそうに苦笑する茜の声が大広間に響き渡る。
こうして、茜と霙の二人は、見事ディートヘイゴス一家の一人――フォロトゴスを倒したのだった……。
というわけで、今回で茜&霙VSフォロトゴスとの戦いは決着です。最初は霙だけで終わらせる予定でしたが、相反する二つの属性を持つ二人の絡みを入れたかったので、こうなりました。まぁ、二人とも仇敵が同じ相手だったのもありますが。今回の戦いで霙の持つ武器の力の一端をお披露目です。まだ霙も茜もここから成長していくので、Ⅴの後半でもうちょっと強くなる予定です。
次回予告。ディートヘイゴス一家も残すところ父親と母親を残すのみ。この二人は伝説の戦士狩りに直接手は下していないため、どんな力を用いて戦うかも未知数ということで、どんな戦いが繰り広げられるのか。更新予定は、八月の連休中に出来ればいいなぁと思います……。




