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ドラフト9巡目の二刀流 ~入団したら順位は関係ない~  作者: 愛太郎


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3/6

第3話 割れる評価

~前回までのあらすじ~

ドラフト9巡目で横浜海嶺マリナーズから支配下指名を受けた相沢直人。

入団後はまず野手として評価され、新人入団会見や入寮を経て、いよいよプロ野球選手として本格的に始動する。

投手への思いも捨てていない相沢は、新人合同自主トレへ臨む。

数日後、横浜海嶺マリナーズの新人合同自主トレが始まった。


高校、大学、社会人と経歴の異なる新人が、全部で15人。その中でも、169センチの相沢はやはり小柄だった。


体格だけを比べれば、大学や社会人を経て入団した選手との差は分かりやすい。筋力を測る種目でも、身体の大きな選手が並ぶ中で相沢の数字が突出することはなかった。


ただ、小さいからといって、身体能力が劣っているわけではない。


それが最も分かりやすく表れたのが30メートル走だった。


合図とともに飛び出した相沢は、数歩で一気に加速する。そのまま勢いを落とさずゴールを駆け抜けると、記録を確認したスタッフが測定機器へ視線を落とした。


測定はその後も続いたが、最後まで相沢の記録を上回る選手はいなかった。


持久力を測る種目でも上位に入り、跳躍系の測定でも体格から想像されるほど見劣りしない。筋力そのものより、身体を動かす能力の方に特徴があることは、いくつかの測定を終えた頃にはスタッフにも伝わっていた。


遠投では、普段の守備と同じように右手でボールを握った。


ステップを踏み、身体全体を使って投げ込む。


ボールは高い軌道を描いて伸び、落下地点を確認していたスタッフが数字を書き込んだ。新人全体の中でも十分に上位へ入る距離だった。


そこで記録用紙を見ていたスタッフの一人が、相沢へ顔を向けた。


「相沢は確か左利きだったな、一応投げておくか?」


「はい、投げます」


相沢は迷うことなくグラブを外し、今度は左手でボールを持った。


守備では右で投げることが当たり前になっている。ただ、純粋に遠くへ投げるだけなら左の方が自然だった。


同じようにステップを踏んで腕を振る。


右で投げた時よりも、ボールはさらに先まで伸びていった。


「確かに左の方が伸びてるな。やっぱり左の方が投げやすいのか?」


「投げやすいのは左ですね。外野だったら左投げの方がいいかもしれないです」


「基本的に内野を想定してるが、一応頭に入れておこう」


スタッフは右投げの記録の横に、左投げの数字も書き加えた。


それ以上その場で話が広がることはなく、測定は次へ進んだ。ただ、右でも十分に強く投げられ、左ではさらに距離が伸びるという結果は記録に残った。


身体測定が一段落すると、練習の中身は次第に野球そのものへ移っていった。


内野守備では、二軍守備走塁コーチの佐伯英樹がノックバットを握った。


相沢は高校時代の本職である遊撃だけでなく、他の内野にも順番に入っていく。


「よし相沢、次はサードに入れ」


声をかけられ、遊撃から三塁へ移る。


打者との距離も送球の角度も遊撃とは違う。相沢にとって、やることは単純だった。


来たボールを捕って、アウトを取れるところへ投げる。


三塁線への強い打球には素早く反応し、前へ転がされた打球にも迷わず詰める。場所が変わっても動きに大きな乱れはなく、三塁でも無難にノックをこなしていった。


続いて二塁へ入ると、今度は相沢の動ける範囲が目につくようになった。


一、二塁間へ振られても最初の一歩が速い。二遊間へ抜けそうな打球にも追いつき、捕球してから送球へ移る動きにも余計な間がない。


佐伯は何度か左右へ打球を散らしたあと、相沢を遊撃へ戻した。


そこで、その守備範囲に肩の強さまで加わった。


佐伯が三遊間の深い位置へ打球を飛ばす。


相沢は横へ走りながら追いつき、逆シングルで捕った。身体が一塁とは反対側へ流れたまま右腕を振る。


低く伸びた送球は、一塁手がほとんどミットを動かすことなく収まった。


次の打球は、そのさらに外だった。


一歩目から横へ走った相沢は、最後に身体を投げ出した。伸ばしたグラブの先で打球を捕ると、その勢いのまま上体を起こし、片膝をついた状態から右腕を振り抜く。


放たれた送球は途中で地面に触れることなく、そのまま一塁手の胸元まで届いた。


「……あの体勢からノーバンで届くのか」


佐伯が思わず声を漏らした。


相沢は立ち上がると、グラブについた土を軽く払う。


特別なことをしたつもりはなかった。追いつける打球だったから追い、捕った場所から一塁まで投げただけだ。


ノックはその後も続いたが、二塁でも遊撃でも、左右へ広く動けることは変わらない。特に遊撃では、深い位置からでも送球の強さが落ちないことが目立っていた。


少し離れたところでは、二軍監督の水野修司も練習を見ていた。


後半では外野ノックにも参加した。


内野ほど慣れているわけではなく、打球への入り方にはまだ粗さがあったが、落下点を大きく外すことはなく、追い方にも変な癖はない。捕球から送球までの動きもスムーズで、足と肩を含めれば、外野にも十分な適性がありそうだった。


守備練習を終えると、今度は打撃練習に移った。


相沢は木製バットを手に打席へ入る。高校最後の大会を終えてからは、プロ入りを見据えて素振りや打撃練習でも木製を使ってきた。そのため、金属バットとの違いに戸惑う様子はなく、普段通りのスイングで打球を飛ばしていく。


飛距離を求めて力むこともなく、芯で捉えるたびに乾いた打球音を響かせる。後ろで見ていた小松も、フォームについて細かく口を挟むことはなかった。


「木製バットにはもう慣れたか? 思ったより対応できてそうだな」


「はい、甲子園終わってからずっと使ってたので」


小松はそれ以上フォームをいじることなく、その後もしばらく相沢の打撃を見ていた。


合同自主トレが進むにつれ、入団前に球団が持っていた相沢への評価と、実際に目の前で動かした印象には少しずつ差が生まれていた。


小柄ながら、足と守備、ミート力を評価されて9巡目で指名された高卒内野手。


入団前の相沢に対する見方は、概ねそんなものだった。


そして実際に動きを見てみれば、その評価は想定通り――いや、それ以上だった。


新人の中でも目立つ走力があり、二塁と遊撃では広い守備範囲を見せた。特に遊撃では深い位置からでも強い送球ができ、三塁でも大きく崩れない。外野までこなせるとなれば、入団前に想定されていた以上に起用の幅は広い。


練習後、水野は佐伯から受け取った記録に目を通してから、相沢を呼んだ。


「相沢」


「はい」


「キャンプでは内野を中心に守ってもらう。基本的には二遊間だが、サードも少し守らせるつもりだ」


「分かりました。ありがとうございます」


複数のポジションを任されることに、相沢が戸惑う様子はない。水野はその返事を聞くと、もう一度手元の記録へ目を落とした。


「想像以上に使えそうだな」


水野はそう言うと、口元にわずかな笑みを浮かべた。


何巡目で指名されたかは、もう関係ない。球団に入った以上、ここから先は実際に見せたもので評価される。


そして今のところ、その評価は悪くなさそうだった。


* * *


新人合同自主トレが進む中で、相沢は野手としての練習とは別に、投球も確認されることになる。


甲子園でも登板し、左腕から最速145キロを記録している。野手として指名されたとはいえ、それだけの実績がある以上、一度も見ずに終わらせる理由もない。


ある日の合同自主トレ。内野ノックの最中、相沢のもとへスタッフからブルペンへ来るよう指示が入った。


相沢は佐伯に声をかけてノックを抜けると、ブルペンへ向かう。


そこには二軍投手コーチの片桐達也だけでなく、新人投手の様子を見に来ていた一軍投手コーチの川村隆志の姿もあった。


「急に呼び出して悪いが、今から投げてくれないか?」


片桐に言われ、相沢は頷く。


「分かりました」


入団してからも、相沢は自主練では投球練習を続けていた。これまで通りの投げ込みに加え、プロの投手のフォームや変化球についても映像を見ながら研究していた。


用意されたグラブに手を通すと、相沢は捕手とのキャッチボールを始めた。距離を少しずつ広げながら何球か投げると、ほどなくブルペンのマウンドへ上がる。


捕手が座り、まずは真っすぐから投げ込んでいく。


相沢が左腕を振り抜くと、ボールは捕手の構えたところへ収まった。続けて外角、内角と要求されても、狙ったところへきちっと投げ分けていく。


その直球も、プロの世界では特別速いわけではないが、制球は安定しており、フォームが大きく乱れることもなかった。


「変化球も一通り見せてくれ」


片桐に言われ、相沢は頷いた。


まずはスライダー。直球と同じように腕を振ると、ボールは捕手の手前で大きく横へ曲がった。


続いてカーブ、チェンジアップ。


どれも高校生が覚えたばかりの変化球という感じではなかった。曲げるだけではなく、狙ったところへしっかり投げられる。


何球か見たところで、片桐が川村の方へ顔を向けた。


「まとまってますね。高校生としてなら、かなり完成度は高いと思います。特にコントロールがいいですね」


「ああ。ただ、これといった決め手がないな」


制球がよく、複数の変化球を扱え、フォームにも大きな欠点はない。高校野球で結果を残した理由は十分に分かる。


左で145キロを投げ、制球もいい。ただ、現時点では野手としての評価を覆して育成方針を変えるほどの決め手には欠けていた。


川村は何球か黙って見たあと、手にしていたストップウォッチを構える。


「相沢、今度はセットで投げてくれ」


「分かりました」


相沢はすぐに足を揃えた。捕手のサインを見ると、右脚を小さく上げ、ほとんど間を置かずに投げ込む。


それでもボールは乱れず、外角低めのミットを鳴らした。


川村がストップウォッチへ目を落とした。


「速いし、制球も安定しているな。相当努力したんだな」


「はい。こういう細かいところまで詰めないと、速水には勝てないと思ってたので」


速水は球速だけでなく、球威や変化球も含めて投手として頭一つ抜けていた。だから相沢は、自分が勝てる部分を少しでも増やそうと、クイックや牽制、制球だけでなく、フォームの癖を減らすことまで一つずつ詰めてきた。


川村はストップウォッチを下ろすと、今度は一塁方向を指した。


「牽制も見せてくれ」


相沢は一塁に走者がいる想定で構える。右脚を上げると、投球と見分けのつきにくい動きからそのまま一塁へ踏み出し、素早くボールを送った。


今度は少し間を変え、同じように脚を上げてから再び一塁へ送る。


動きの速さだけではない。投球へ入る時と牽制する時で、動作にも分かりやすい違いが出ていなかった。


片桐が感心したように頷く。


「ボークすれすれだけど、これは走りづらいでしょうね」


「ああ。あのクイックといい、かなり器用な投手だ」


川村は相沢の投球を改めて見た。


クイックが速く、牽制も上手い。リリースが身体の前まで残るため球持ちもよく、直球でも変化球でも腕の振りに大きな違いがない。投球動作そのものにも余計な癖が少なかった。


一つ一つは派手な武器ではない。だが、こうした細かな技術を高校生の時点でこれだけ自然にこなしている選手は多くない。


川村はしばらく黙って相沢のフォームを追っていた。特に目につくのは、どんな動きをさせても大きく形を崩さないところだった。


やがて川村が、何かを試すように自分の腕を少し下げる。


「相沢。少し腕を下げて投げてくれ」


相沢が川村を見る。


「腕を下げるんですか?」


「ああ、サイドスローと言えばわかるか? 今より腕を下げて、横から投げる感じだ」


「分かりました。やってみます」


相沢はマウンドに立ち直ると、一度だけ左腕を軽く振って感覚を確かめた。


これまでより腕の位置を少し下げ、そのまま捕手へ投げ込む。


最初のボールはやや外へ外れたが、2球目はストライクゾーンへ入り、3球、4球と続けるうちにばらつきも小さくなっていった。


川村が腕を組む。


「もう少し下げられるか?」


「やってみます」


今度は明らかに横に近い位置まで腕を下げた。


初球は引っかかって低めへ外れた。


相沢は捕手から返されたボールを受け取ると、一度左腕を振ってからもう一度構える。2球目は外角へ決まり、3球目もほぼ同じ高さに収まった。


「感触はどうだ?」


川村に聞かれ、相沢は左腕を軽く回して感触を確かめた。


「慣れたら、思ったより投げやすいかもしれないです」


その返事を聞いた川村は、少し考えてから次の球種を指定した。


「じゃあ、そのままスライダー投げてみろ」


相沢は頷き、そのままフォームを整えると、横に近い位置から腕を振る。


放たれたボールは左打席側から入っていき、そこから大きく横に曲がって捕手のミットに収まった。


その様子を見ていた川村の表情が変わった。


「もう1球、スライダーを投げてみてくれ」


2球目も横へ大きく曲がった。オーバースローで投げていたスライダーより、横方向の動きがはっきりしている。


続けて真っすぐも投げさせる。


完璧に狙ったところへ投げられているわけではない。初めてのサイドスローであることを考えれば、十分すぎるほどの制球だった。


川村はその後も球種やコースを変えながら何球か投げさせた。ブルペンで本格的に投げ込めることもあってか、相沢もどこか楽しそうに次々と要求された球を投げていく。


抜ける球もあれば、意識が薄れた時に腕の位置が高く戻ることもあるが、相沢は投げるたびに修正し、同じ位置から腕を出せる回数を増やしていった。


片桐が川村の隣で腕を組む。


「これは思ったより使えそうですね」


「ああ、思わぬ収穫があったな」


川村は短く答え、そのままマウンドへ視線を向けた。


小柄な左腕が横に近い位置から投げ込むだけでも打者から見える角度は変わり、そこへ横に動くスライダーが加われば、今までの投球にはなかった特徴になる。


何より川村が気になったのは、相沢自身が腕の位置を変えても大きく崩れなかったことだった。クイックや牽制、球種の投げ分けもそうだが、要求された動きを理解すると、自分の身体をそれに合わせるのが早い。


まだ形になったとは言えない。腕の位置も一定ではなく、実際に打者を立たせれば見え方も変わる。


現段階でも、試す価値があることだけは分かった。


「よし、今日はここまで」


川村の声で、相沢は投球を止めた。


片桐が左肩と肘の状態を確認する。


「体に違和感とかはないか?」


「はい、特にないです」


「そうか、何かあったらすぐ言えよ」


相沢は返事をすると、ブルペンを離れていった。


その姿が見えなくなってから、片桐が川村へ視線を向ける。


「投手育成を打診しますか?」


「ああ、あれなら下手に野手で使うより戦力になりそうだ」


川村は即答した。


たまたま今日投げられただけかもしれない。腕の位置を変えたことで負担が増える可能性もあるし、実際に打者を立たせればどうなるかも分からない。


確認しなければならないことは、まだいくつもあった。


最初にブルペンへ来た時とは、相沢を見る目が変わっている。


川村は相沢が投げていたマウンドへ目を向けた。


「水野には俺が掛け合おう。片桐は相沢のメニューを用意しておいてくれ」


片桐はそんな川村の様子を見て、少しおかしそうに笑った。


「川村さん、なんか嬉しそうですね」


そう言われた川村は、否定することなく頷いた。


「ああ」


少し間を置いてから、先ほどの投球を思い返すように続ける。


「器用で制球も良くて癖がない。サイドに転向したら面白い投手になるぞ」


野手として指名された9巡目の新人。


だが今の川村には、相沢を野手として育てるより、投手として育ててみたいという思いの方が強くなっていた。


* * *


その日の練習後、川村は二軍監督室を訪れていた。


水野は机に広げていた新人選手の資料から顔を上げる。


「どうかしましたか?」


「少し新人のことで話がある」


川村が向かいの椅子へ腰を下ろすと、水野も手元の資料を閉じた。


「一軍で使えそうな新人でもいましたか?」


「そういうわけではないが、相沢のことで相談がある」


「相沢ですか? 川村さんには関係ないでしょう?」


水野が不思議そうに聞き返す。相沢は野手として指名され、合同自主トレでも内野を中心に見ていた選手だ。投手コーチの川村から名前が出るとは思っていなかった。


「今日、ブルペンで投げさせたが、俺はあいつを投手で使いたい」


水野の表情が変わった。


「困りますねぇ。相沢が投手をやってたのは知ってますけど、野手として採ったわけですから」


「それは知っているが、あいつは下手に野手で育てるより投手をやらせた方がいい」


水野は少し眉をひそめた。


「下手に育てるつもりはありませんよ。スカウトの見立て以上に使えそうでしたからね」


「試しにサイドで投げさせたら、かなり筋がいい。あれなら思ってたより早く一軍で使えるはずだ」


川村はブルペンで見た相沢の投球について、水野へ説明していった。


元々、制球や変化球の完成度は高校生として高く、クイックや牽制にも目立った穴がない。そこまでは事前に聞いていた評価から大きく外れるものではなく、川村自身、それだけなら野手として入団した選手をわざわざ投手へ回す必要はないと考えていた。


しかし、腕の位置を下げさせてから印象が変わった。


初めて試したサイドスローにもかかわらず、大きく制球を乱さず、投げるたびに少しずつ修正していく。特にスライダーは横方向の動きが強くなり、これまでの投球にはなかった特徴も生まれていた。


「確かに前の評価なら野手でいいと思うが、サイドを完成させたら化けるぞ」


川村がそこまで言っても、水野の考えは変わらなかった。


水野がこの数日で見てきた相沢も、入団前に想像していた選手とは少し違っていた。


走力は新人の中でも目立ち、二塁でも遊撃でも広い範囲を守れる。深い位置からでも強い送球ができ、三塁や外野でも大きく崩れなかった。打撃でも、高校最後の大会後から使ってきた木製バットに戸惑っている様子はない。


「それでも野手の方がいいですね。足は速いし、守備なんかは一軍に混じってもかなり上手い方だと思いますよ。木製バットへの対応も問題なさそうです」


「守備ができても打てなきゃ厳しいだろ」


「打てるかどうかを判断するのは早すぎると思いますよ。内野にまともな若手は出てきてないですし、特にセカンドは空いてますからね」


マリナーズの内野には一軍で実績を残してきた選手もいるが、その多くは30歳前後に差しかかっている。その一方で、次の世代を任せられる若手は育ちきっておらず、特に二塁は前年も最後までレギュラーを固定できなかった。


水野からすれば、そこへ相沢を当てはめるのは自然な考えだった。


川村も球団の内野事情を知らないわけではない。ただ、優先順位については考えが違う。


「内野の事情も分かるが、投手の方が優先すべきだ」


マリナーズが長年抱えている最大の弱点は投手陣だった。先発にも十分な枚数が揃っているとは言い難いが、中でも深刻なのが中継ぎで、年間を通して安定して任せられる投手が少ない。


「今の中継ぎ事情なら早いうちから一軍で経験を積ませられる。相沢にとってもこっちの方がいいはずだ」


「それは内野でも同じことが言えると思いますが」


水野も譲らなかった。


二塁が空いている以上、野手として結果を残せば相沢にも一軍へ上がる機会はある。どちらを選んでも競争があることに変わりはなく、投手だから一軍への近道になると決まったわけではない。


「そもそも、たったの一日見ただけで投手転向は気が早すぎますよ。もう少しまともなデータを持ってきてから打診してほしいですね」


「転向するなら早いほうがいい。それに育成方針が固まらないうちの方が通りやすいと思ってな」


川村にも考えはあった。


野手として本格的な育成が始まってから投手へ転向させるより、まだ入団直後で方針が固まっていない今の方が動かしやすい。せっかく可能性を見つけた以上、早い段階で話を持ち出しておきたかった。


水野はしばらく黙って考えた。


水野としても、一軍投手コーチである川村の意見を無視するつもりはなかった。投手としてそこまで評価しているのなら、少なくとも試す機会くらいは与えてもいい。


それに、二軍で相沢をどう起用し、誰を一軍へ推薦するかを決めるのは自分だ。野手として結果を残せば、その時はその結果を持って判断すればいい。


「仕方ないですね、しばらくは投手もやらせていいですよ」


「投手も?」


「当然野手も練習させますよ。しばらくは投手の可能性を捨てないというだけで可能性を見出せなかったら辞めさせますから」


春季キャンプでも野手としての練習は続けさせ、その一方で投手としてのメニューも組む。実戦形式の練習が始まれば、今より判断材料も増える。


川村はしばらく考えてから頷いた。


「……分かった。投手の方は片桐にも見させる。負荷はこっちで調整する」


「お願いします。そこまで長くは見ませんからね」


こうして相沢は、春季キャンプでも野手として練習を続けながら、投手としての適性も改めて見られることになった。


野手として評価され、野手として9巡目で指名されたはずの相沢だったが、最初の合同自主トレを終えた時点で、その育成方針はまだ野手一本には定まっていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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