第九話:顔合わせ
波留は沙耶と共に昼食を挟んで作業を進めていった。
唐突だが、沙耶は疑似生命体だが人工筋肉を維持するために食事が必要である。しかもかなり味にうるさい。これは地球に帰還する2~3年前ごろに、彼女に味の感覚を付与したときから始まった彼女の個性だ。
波留は帰還することを最優先にするあまり、料理は超適当に作っていた。けれどもあるとき、沙耶が食べ物の味に興味を示したことから味覚を後付けした経緯があった。
味覚を獲得した沙耶は、あまり美味しくないというか、味に無頓着というか、単純すぎる味付けだったり、あるいは味付けされていなかったりした食事を波留が調理して食べていることを知り、主人のために自ら調理をするようになった。
そんな経緯があって、沙耶自身も味に好き嫌いがでてきて、味にこだわるようになっていったのである。
それはおいておくとして、波留は購入していた伊達メガネのうち、未加工の残り148個を午前中のうちに霊視メガネへと改造し、昼食を終えたあとは次に売り出すネタ考えることにした。
――霊視メガネで幽霊の存在を世間が認知したら社会はどうなる。
波留にはいろいろなことが連想できた。
――ほとんどの人は怖く思うか、関わりたくないと思うよな。そうすると必要になってくるのはアレか。
結界、日本にあるもので言えばお札、お守り、護符、海外ならロザリオ、ナザールボンジュウ、ハムサなどなど。これらのアイテムに霊、すなわちゴーストを拒む結界機能を付与すればよい。
霊を祓いたいなら、仏僧や神職あるいは神父やエクソシストのお経や祝詞、祈りをトリガーにして発動する聖魔法を彼、彼女らが頼るアイテムに付与すればよい。
霊視メガネが普及すれば、結界アイテムや魔祓いアイテムの効果が視認できるから、絶対に売れるはずだ。
――これもサンプル価格でばらまくか。あと必要なのは……。
そう考えた波留は物を売るにも口座を開設するにしろ、様々な手続きに必要になってくる、いわゆる本人確認書類が必要だと思い至った。
「沙耶、ちょっと市役所まで外出してくる。夕方までには戻るから」
「かしこまりました」
実家を出た波留は市役所に直行し、窓口に相談することにした。
「すみません、マイナンバーカードの申請をしたいのですが、記憶喪失で5年ほど失踪していまして。あ、今は記憶が戻っています。それで、本人確認書類がなにひとつ無いのですが、どうすればいいですか?」
「本人であることが確認できなければ今すぐ申請することは難しいです。失踪されていたそうですが、ご家族とかご親戚とか本人であることを保証できる方はおられますか?」
「はい、今は実家に両親とともに住んでいます」
「でしたらどちらかにご同行してもらえばマイナンバーカードの発行手続きは可能です」
「わかりました。マイナンバーカードは申請してからどれくらいで貰えますか?」
「通常1か月ほどかかります」
「分かりました。後日また伺います。ありがとうございました」
――やっぱり日本はちゃんとしてるというか、手続きが面倒いな。でも一か月か……。
異世界では金の力で市民権でも永住権でも即座になんとでもなった。1か月の待ち期間。その期間はネットフリマもできない。
――しょうがない。父さんか母さんに頼むしかないな。
そうするしか思いつかなかった波留は、文房具店に寄って墨とすずり、和紙と筆を買って実家に戻った。
「早かったですね」
「準備が足りなくて手続きできなかったからな」
「それはマスターらしくないです」
「気がはやって焦っていたのかもな」
今さら取り繕っても仕方がないと思った波留は、焦っても仕方がないから買ってきた和紙と墨で結界用の護符を作ることにした。それは異世界でも使っていた結界アイテムと基本的な効果は同じである。けれども、魔素が薄いこの日本では弱い結界しか張れないだろう。
――でも、魔素が薄い分幽霊の存在感も薄いからな。特別な工夫は要らんだろう。
そう考えた結果、波留は異世界と同じ方法で結界アイテム、護符を作ることにした。和紙を短冊状に鋏で切り、魔力を込めながらすずりで墨を擦る。異世界では特殊なインクに魔力を込めていたが、やってることは同じだ。
墨が擦りあがって魔力を含んだ墨汁になった。この墨汁を使って短冊状の和紙に悪霊退散と文字を書いていく。極端な話、文字は何でもよい。異世界では向こうの文字で、ただ結界と書いていた。この程度の付与魔法なら魔法陣にする必要すらない。
文字を書き終わった後に、結界の効果を文字に付与し、定着させる。これで完成だ。あとは放置しておいても、文字が周囲の魔素を吸って貯え、魔力に変換して結界魔法が維持される。
文字に含ませた魔力は時間と共に減衰していき、結界の効果は3年ほどで消え失せる。
波留が集中して護符を作っていると、100枚ほど完成したところで父か母が帰ってきたようだ。時刻は20時前。作業に集中していたせいか、夕食のことをすっかり彼は忘れていた。
母には帰りが遅くなることが多いから、夕食は冷蔵庫にある食材を使って自分で用意するように言われていた。
「沙耶、作業の手を止めてくれるか? 家族に紹介する」
「かしこまりました」
二人が1階に降りていくと、どうやら二人そろって帰宅したようで、ちょうど両親ともダイニングに入ってきたところだった。
「父さん母さん、お帰り。早かったね、二人一緒だとは思わなかったよ」
「まあ」
「彼女……か?」
母は口に手を添えて顔を綻ばせ、父は驚き戸惑っているようだった。




