第十話:沙耶の紹介と魔法
「沙耶、俺の父さんと母さんだ。自己紹介して」
「お父さま、お母さま、沙耶と申します。私はマスターである波留さまよって創造されたホムンクルス、疑似生命体です。向こうの世界では、マスターのサポートを務めさせていただいておりました。今後もマスターのサポートをしてまいりますのでよろしくお願いします」
父も母も大きく目を見開いてしばらく固まっていた。が、父が困惑したような顔で聞いてきた。
「疑似、生命体? 人造人間のようなものか?」
「その認識で間違いありません」
沙耶の言葉に母が言った。
「どこからどう見ても人間にしか見えないわ。不自然さが全くないもの……というか、とても可愛いお嬢さんね。母さん、波留君が異世界から恋人を連れてきたと思って嬉しかったのに」
「そうだったら良かったんだけどね。向こうでは帰ってくることに必死だったから恋人を作る余裕なんてなかったよ」
「そうだったの、苦労したのね」
それから沙耶は母の調理を手伝い、遅い夕食になったわけだが、その席で波留は市役所での一幕を両親に相談した。
「言ってくれれば良かったのに。波留君の保険証も年金手帳も、ちゃんと支払いは続けていたからこの家にあるわよ。マイナンバーの通知書もちゃんと取ってあるわ」
5年も失踪していたわけだから、波留は本人確認書類はなに一つ残っていないと思い込んでいた。完全な確認不足であり、市役所に相談に行ったのは無駄足だったということになる。
「それに、年金も健康保険の代金も波留君の口座で自動引き落とししてあるからカードも使えるはずだし」
「げっ!」
「どうしたの?」
「いや、日本に帰るための帰還魔法の確認実験をしたとき、キャッシュカードを触媒にしちゃったんだよね。だからキャッシュカード持ってないんだよ。異世界に迷い込んだときの持ち物はスマホと財布だけだったんだ。スマホは帰還魔法の本番で触媒に使っちゃったから今は持ってないし、持って帰れたのは財布とすこしの現金だけだよ」
「じゃぁ再発行してもらうしかないわね。それも年金手帳と保険証があれば可能よ。あ、紙の保険証は廃止になっちゃったけど、資格確認書を貰ってあるから大丈夫ね」
そんな会話の後、夕食が終わってから波留は両親に霊視メガネについて相談することにした。彼は収納から女性用と男性用の霊視メガネを取り出す。
「これがこの前話した幽霊が視えるメガネだよ。霊視メガネって商品名にしようと思うんだ。それでね、ちょっと協力して欲しいんだけど、いまからこのメガネを父さんと母さんに掛けてもらって、俺と一緒に外出してもらえる?」
「もう作ったのか」
そう言って父が恐る恐る霊視メガネを手に取って掛けた。
「おお、これは凄い。波留から凄いオーラみたいなのが出てるぞ。美代ちゃんも掛けてみろ」
父に促されて母がメガネをかけた。
「あらほんと。神々しいというより、ちょっと畏怖を感じるわね。恒彦君も出てるけど、薄っすらで弱弱しいわ」
母が波留を見たあと、父を見てそう言った。
「美代ちゃんからも薄っすらと出てる。波留、この靄はなんだ?」
「異世界の言い方だとその靄は魔力だね。日本ふうに言うと霊力ってところかな」
波留の言葉を聞いて父の瞳がぱぁっと輝いた。
「それじゃなにか? 父さんも魔法が使えるようになるのか?」
その言葉を聞いて母の瞳も輝いた。まぁ誰しも魔法に憧れはあるんだなと内心波留は思ったが、魔法を発動することはそんなに簡単なことではない。
「うーん、ちょっと言いにくいんだけど、そのくらいの魔力だと魔法を使うのは不可能だよ」
父と母の眉が下がっていく。
「でも、ものすごく努力すれば魔力は強くなっていくから、頑張り次第かな」
父と母の顔に期待の色が浮かんできた。
「ものすごくって、どれくらいだ? これは重要なことだぞ」
「そうそう、波留君。とっても大切なことよ」
「うーんどうだろう。たとえば毎日一時間、そのメガネを掛けずに他人の魔力の靄を見ようと努力し続ければ、ものすごく運が良ければ見えるようになるかもしれない。魔法はセンスも重要だからね」
父も母もまだ希望を持っているのかなと波留は思った。
「それはどれくらいの期間やれば良い?」
「最低でも2年かな」
「2年毎日か?」
「そうなるね。で、見えるようになって最低2年間毎日一時間、今度は自分の魔力を動かそうと訓練して、もし動かせるようになったら、そのころにはかなり魔力が増えてるから、あとは知識さえあれば1年くらい修行して魔法が使えるようになるよ」
合計で5年の修行期間。これは異世界の師匠から波留が教わった魔法が使えるようになるまでの一般的なやり方だった。ただし、これはセンスがあってかつ一定量の魔力をすでに持っている場合の話で、かつ異世界の魔素濃度があって成り立つことだった。
補助具を使えば異世界の環境を再現できると波留は考えている。もし父か母が本気で修行をやると言い出したら、補助具を作って手助けするつもりだ。その補助具が無ければ、ほとんどの一般人は魔法を使えるようにはならないだろうと波留は考えている。初めから魔力が高いごく一部の人はその限りではないが。
「でも、お前はすぐに使えるようになったんだろ? 魔法」
「うん、すごく良い師匠に巡り会えたからね。それでも1年ちょっとかかったよ」
「波留、お前なら教えることができるんじゃないか?」
父がものすごく期待が籠ったような目で見てくる。母も興味津々と言った感じだ。
「うん、できるけど、その前に強制的に魔力を強くしなくちゃいけないから大変だよ」
「なにが大変なんだ?」
「具体的に言うと、殺してくれって本気でお願いしたくなるような痛みが体全体に断続的に襲ってきて、その痛みの波に1時間くらい耐え続けられればなんとかなるかな。相当な覚悟と精神力がなかったら下手すると廃人になるよ」
「お前はそれに耐えたのか?」
「もちろんだよ。何としても帰りたかったから、やるしかなかったんだ。失敗したらどうせ帰れないから死んでもいいって覚悟してやった。それに、耐えてる最中は何回も気を失いそうになったよ」
「気を失っちゃダメなのか? 休みを置きながらちょっとずつじゃダメなのか?」
「うん、気を失ったら失敗だよ。一気にやらないと体が勝手に元の状態に戻しちゃうからね」
「そうか……」
父は残念そうな顔をしていたが、なにかを考えているようにも見えた。父を見て微笑んでいる母の気持ちは波留には読めなかった。




