第十一話:霊視メガネと幽霊
夕食の後しばらく寛いでから、波留は両親と共に家を出た。辺りはすでに暗くなっている。沙耶は留守番というか調べものというか学習の続きだ。家を出てしばらく歩き、先導していた波留が足を止めた。住宅街を縫うように流れる小川に掛かった橋の手前だ。
「父さん母さん、ほら、あそこを見て」
波留が指さした先は、橋の欄干の端だった。両親にはすでに霊視メガネをかけてもらっている。
「なっ! あ、あれは幽霊か? 小さな男の子のようだが、かなり薄いぞ」
「確かに男の子ね、どうしたのかしら?」
父は絶句し、母は不安そうな顔で男の子の霊を見ている。
「あそこに留まっている理由は分からいけど、幽霊で間違いないよ。着物というかボロを着てるし、ずいぶん古い霊だね。成仏しなかったってことは、なにか強烈な思い残しがあるんだろうね」
波留には成仏と言う仏教用語が正しいかどうか分からない。けれども、現世とでも言えばいいのだろうか、生きた人が住む世に死んだ人が全て霊となって残れば、そこら中に霊があふれているはずだ。
しかしそうはなっていない。彼の感覚では、数百メートルとか数キロ道を歩いて一体の霊を見るか見ないかだった。成仏と言う言葉を選んだのは、今の日本ではそれが最もあたり障りがないからだった。
「なんとかならないの? 可哀そう」
寂しそうにそう言った母。波留はその思いに応えることにした。
「じゃぁ、行くべきところに送れるかやってみるよ」
波留が天国と言わなかったのは、それが実在するかどうか分からないからだ。無責任なことは口にしたくなかった。彼は男の子の霊の前まで歩くと、しゃがんで目線を合わせた。
「こんなところに居ちゃダメだよ。ここは君がいるべきところじゃない」
『…………』
男の子の霊は波留の目を見て何かを訴えているが、力が弱すぎるのか言葉になっていない。波留は男の子の頭に優しく手を置いて思念を読み取ってみた。
波留の脳裏に浮かんだ情景、それは橋の上を母親らしき女性に手を引かれて嬉しそうに話しかけている男の子の姿だった。
「お母さんとところに行きたいんだね」
男の子が頷いた。女性の服装は何か所も当て布がしてある。小袖というのだろうか、波留には詳しいことは分からないが、江戸時代後期から大正時代あたりに生きていた女性だということは推測できた。
そうなると今現在は当然生きていないだろう。
「じゃぁ送ってあげるからね」
波留はそう言って男の子に聖属性の魔力を流すことにした。聖属性の魔力は悪霊というかレイスというか邪悪な霊的存在、またはアンデッドにとっては猛毒というか弱点でしかないが、そうではない善良な霊的存在にとっては天への道しるべになると異世界では言われていた。
波留が男の子を聖属性の魔力で包み込むと、男の子はキラキラと淡く光り、上を見上げた。そして天に登るように消えていくのだった。
「救われたのかな?」
母が父に問いかけた。
「そうなんじゃないかな。笑顔を見せてくれたし」
そんなことがあったのち、波留たちは駅前まで歩いた。その途中で霊を見かけることはなかったが、駅前まで行けば帰宅中の会社員とかをかなりの人数見ることになるだろうから、見せたいものが視れるだろうと波留は期待している。
波留たちが駅前にたどり着くと、階段からは家路へと急ぐ会社員らしき人たちがちょうど降りてきたところだった。
「ほら、あのうつむき加減で歩いてる灰色のスーツ着た人を見て」
波留が小声で指摘した人物は、トボトボと歩くちょっと頭が寂しくなった中年の男性だった。かなり疲れているように見える。そしてその肩には、明らかに質の悪そうな何かが取り憑いている。
「なんかヤバそうだな、あれ」
「ええ、気味が悪いというか、いかにも邪悪そうな感じがするわ」
「正解だよ。あれが悪霊、ちょっと可哀そうだから祓ってくるね。父さんと母さんはここで見てて」
波留は両親から離れて階段に向かって歩いていった。そして取り憑かれた男性の横を通り過ぎる瞬間、自然に歩きながら人差し指を軽く曲げて聖属性の小さな魔力球を悪霊に放った。
すると悪霊はもがき苦しみ、あっという間に霧散してしまったのである。そして少しの間を置いて男性が立ち止まった。彼は辺りをキョロキョロと見渡し、顔を上げて歩きだした。その顔からは疲れが取れているようにも見えた。
しばらくして波留が両親の元に戻ると。
「凄いな波留。さすが俺の息子だ」
「ええ、ええ、とてもすごかったわ」
両親ともに満足してくれたようだ。
「しかし、あんなのが本当に実在するとは思いもしなかったよ」
「これで信じてくれたよね?」
父と母は顔を見合わせ、笑顔になる。
「いや、はじめから信じてたぞ。お前は嘘を言うような質じゃないからな」
「お父さんの言うとおりよ」
「ありがとう。さっそくネットフリマで売り出してみるよ」
「売れるといいな」
父のその言葉は、初めて相談したときとは違って期待感がにじみ出ているように波留には感じたのだった。
「じゃぁ帰ろうか」
「そうだな」
こうして両親の良好な反応を確認した波留は、霊視メガネが売れるだろうと確信するのだった。
――ここまで素直に受け入れてくれるなら、他のアイテムもきっと大丈夫だよな。
他のアイテムとは、もちろん波留が売っていこうと考えているアイテムや技術、あるいは機械類である。
日本のというか世界の認識が、幽霊と霊視メガネいう存在を介して少しだけファンタジーなものに変わるかもしれない。
もしそうなれば、そのファンタジーな要素が受け入れられ、波留が売っていこうと思っているものは、きっと爆売れするはずだ。
そんなことを考えている波留の口の端は、本人が気付かぬうちに吊り上がっていた。




