第七話:霊視メガネとジャンクPCパーツ修理
波留が実家に帰りついたときにはすでに日が暮れていた。玄関のドアを開けた瞬間、なんとも食欲がそそる香りが漂ってくる。
――今日はカレーか。
カレーは波留の大好物である。異世界での20年間、彼は帰還することに全精力を注いでいたから、食に関しては現地の料理しか食べてこなかった。それもあって、否が応でも期待が膨らんでゆく。
「今日はお父さん少し遅くなるって。先に食べちゃいましょう」
夕食は母と二人でいただくことになった。
「これこれこの味、やっぱり母さんのカレーは美味いよ」
「たーんとお食べ」
波留はおかわりして3杯のカレーを満喫した。
「ごちそうさまでした。そういえば、顔の小ジワが無くなってるね。だいぶん若く見えるよ」
「そうなのよ! 会社で大変だったんだから。どんな化粧品使ってるのって問い詰められて」
母は困り顔をしているようだったが、その頬はだらしなく緩んでいた。
そんなことがあって2階の自室に戻った波留は、買ってきた伊達メガネのうち2つを収納から取り出し、レンズの表面に魔法を付与していく。霊力が放つ波動を使ってレンズ部分から光子を発生させるだけの単純な付与魔法だから、その作業は数十秒で終わった。
――こんなもんでいいかな。父さんと母さんを外に連れ出して検証してもらおう。次はPCの組み立てかな。
壊れた、あるいは壊れかけたジャンクPCパーツを組み立てて何になるのか? もちろん波留は壊れたままのPCパーツをそのまま組み立てようとは考えていない。
まずはマザーボード。コイツの故障個所はハッキリしている。いわゆるピン折れジャンク。CPUの端子部分が接触する微小な金属ピンが折れ曲がっているジャンクだ。
――うーむ、けっこうヒドイな。
ピンの折れ曲がりは1か所だけではなかった。なにかにぶつけたのだろうか、見るかぎり2~30本のピンがぐちゃぐちゃに折れ曲がっている。幸いなことに、折れ飛んでいるピンはなかった。
波留はソケット内部のピンに軽く魔力を流し、正常なピンの形状を参考にしながらピンを1本1本修正していった。時間にして2分弱。彼にとっては簡単な作業だ。
――とりあえずはこれで良しと。つぎは……。
次に波留が取り出したのはCPUだ。症状は起動しないと説明書きにあった。CPUが壊れて起動しない場合はそのほとんどが内部配線のショートである。
――コンデンサの欠けも無いようだしな。
普通なら内部ショートしたCPUなど修理できない。けれども魔法が使えれば別だ。波留はCPUを左手のひらの上に置き、右手で撫でるように内部を拡大しながら透視していった。彼の脳内視界に写るのは、超精密に造りこまれたナノメートルサイズのトランジスタと配線だった。
波留は超拡大されたCPUコア内部を捜査するように検査していく。
――見つけた。
数ミクロンレベルの範囲にある配線とトランジスタが焼損癒着している。見つけてしまえば後は簡単で、魔力を超精密に操作して金属原子や半導体原子、絶縁体分子を動かし、正常な区画を参考に元の形状に修正していく。この作業は異世界で大賢者と称えられた波留だからこそできることで、というかおそらく彼にしかできない芸当だろう。
――ふぅ、こんなものかな。いや、もうちょっと修正したほうがいいか。
正常と思われる配線部分にも、かなり厚みや幅に偏りがあったり、恐らく過電圧かなにかで細くなっているところがあった。波留はそんな箇所すべてを修正していったのである。
時間にしておよそ30分。作業中の波留は、それはもう楽しそうというか、充実しているというか、好きなことに集中している。そんな顔をしていた。
もともと波留はものづくりが大好きだった。だから大学は理系を選択したし、異世界でもマジックアイテムづくりに費やした時間の方が、戦闘や修行の時間よりもはるかに多かった。
――よし、これで大丈夫だろう。
それから波留はメモリ、グラフィックボード、ストレージ、CPUクーラー、直流電源、ディスプレイ1台の順に検査、修理、調整、洗浄を施し、最後にPCケースをリペアしてパーツを組み込んでいった。時刻はすでに午前0時を過ぎ、午前2時に至ろうとしている。
――ミスが無ければこれで動くはず。
普通は壊れていない新品パーツでも動くか動かないかは五分五分だ。パーツの差し込みが甘かったり、端子部分が汚れていたり、相性が悪いパーツが有ったり。それが自作PCのだいご味ではあるが、その辺に関して波留は抜かりがない。ちゃんと調べてパーツを買っているし、魔法による洗浄もバッチリだし、端子の接触もちゃんと魔法で確認してある。
それは置いておくとして、波留は最後の配線を済ませ、PCをAC電源に繋いで多少はドキドキしながら起動スイッチを押す。すると1分強の体感時間で無事にディスプレイにUEFI画面が表示された。
――なんとか一発で上手くいった。あとはUEFIを最新のバージョンに更新しとこうか。
波留はノートPCを起動し、買ってきたUSBにマザーボードの最新UEFIソフトをダウンロードしてインストールすると、今度は同じUSBにWin11の最新バージョンをダウンロードして焼き込み、修理したPCにOSをインストールした。
――お、ライセンス通ったよ、ラッキー。
ライセンスが通らなかったらLinuxをインストールすればいいだけなので、その作業をしなくて済むことが波留にとってはラッキーだったのである。
Win11とLinuxを比べると、使い勝手の部分でどうしてもWin11に分があるからそれもラッキーなのだが、その差は新たなインストール作業をするかしないか程度でしかなかった。
ともあれ、今日の作業はこれでおしまいだ。波留は遅いシャワーを軽く浴びて眠りにつくのだった。




