第六十三話:霊力核融合発電の視察
時を戻して2029年4月の下旬、波留は30名余りの者たちと対峙していた。場所は機密保持やセキュリティ強化のための高さ5mほどの分厚い外壁に囲まれた、生成AI用データセンターや動画記録用のデータセンターと霊力核融合発電設備がある敷地内の大会議室である。
大会議室には波留と沙耶、田中電力の新任社長、技術部長、営業部長、そして白川が参加している。対するは日本の主だった電力会社の社長や役員、経済産業大臣、経済産業省の幹部、資源エネルギー庁の長官と幹部、そして外務大臣と外務省の幹部だった。
彼、彼女らは午前中に霊力核融合発電所の視察と技術的説明を受け、昼食休憩をとったのち、こうして波留たちと向き合っている。そうそうたる顔ぶれ――チラッとでも見たことがある顔は経済産業大臣と外務大臣くらいだが――というか、日本のエネルギー財政を担っている面々だ。
「お集まりいただきありがとうございます。弊社が開発した核融合発電設備についてはご理解いただけたかと存じますが、日本の、いや、世界のエネルギー事情を好転させることができる技術だと自負しております。そこで皆様方には様々なご意見やご意向があるかと思いますので、忌憚なく仰っていただけると弊社の方向性を定める意味でも助かります」
そんな波留の言葉に対し、最初に口火を切ったのは経済産業大臣だった。
「田中会長が仰るとおり、世界が抱えるエネルギー問題を短期間で解決しうる画期的な技術を開発なされたこと、まずはおめでとうと言わせてもらいます。同時に賛辞も送りたい。よくやってくれました。このような技術が日本で生まれたことは誠に誇らしいことです」
経済産業大臣は、ここまで言ったところで拍手で祝福してくれた。続くように集まった面々からも拍手が送られる。
「ありがとうございます」
淡々とごく簡潔な謝辞を述べた波留に対し、経済産業大臣が口を開く。
「さて、このまま稼働試験を続行して問題が出なければという前提ではありますが、発電設備の供給についてはどうお考えで?」
「現時点での話ですが、弊社の力だけでは100万Kw級の発電設備ですと年に5基が精いっぱいというところでしょう」
「そうですか……」
経済産業大臣だけではなく、ほとんどの参加者の顔が残念そうなものに変わった。
「そこを言っても仕方ありますまい」
そんななか、発言したのは資源エネルギー庁の長官だった。彼は続ける。
「現時点でということですが、人員の増強は考えておいでですか?」
「勿論そのつもりですが、増やしたところで技術の継承には時間がかかりますからね。徐々に増やしていっても年10基が関の山ではないでしょうか」
「いや、それだけでも大変ありがたい。CO2排出問題にも顕著な効果が期待できそうですし、外国からの圧力も緩和されるでしょうし」
そう言って納得した様子の資源エネルギー庁長官に、外務大臣が待ったをかけた。
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないでしょう。非常に強力な外交カードを作ってくれたことには感謝しかありませんがね。あの発表があって以来、世界各国からの問い合わせと会談申し込みが殺到している状況なんですよ。田中会長、この核融合発電という外交カードをさらに補強する意味でもなんとかなりませんか」
「……そうですね、その点に関しては弊社も考えていないわけではありません」
実を言うと、国外からの問い合わせは田中グループにも毎日のようにバンバン入っている。そんなこともあって量産対策はすでに波留の頭にあった。
けれども、それを初っ端から簡単に出してしまうわけにはいかなかった。だから波留は、いかにも無理をしている感じを出して言葉を返している。そうすることで、お歴々に借りができたと思わせたいのである。
「先ほども申しましたとおり、弊社単独ではどれだけ頑張っても年10基が関の山でしょう。そこで提案があります。弊社は核融合の制御ユニットの製作に注力し、日本国中の発電設備製作会社に核融合炉と発電設備を外注する方法で行けば飛躍的に数量をこなせるのではないかと考えています。ただ……」
いかにも苦しそうに、そして勿体ぶったように波留は言葉を切った。痺れを切らしたように外務大臣が続きを促す。
「ただ?」
「そうですね、ちょっと申し上げにくいのですが、この核融合発電技術には弊社もそれ相応のものを費やしています。核融合炉を外注するということは、生産技術など弊社の基幹技術が他社や国外に漏洩するリスクが高いと言わざるを得ません。ですからそのリスクを相殺できるだけの対価を頂かないことには……」
波留にとっては核融合炉の生産技術が他社に漏れようが国外に漏れようが、何の痛手も感じないというのが本当のところだ。その理由は、まだまだ手を出そうと思っているネタと業界が腐るほどあるからである。
それはいいとして、波留はちゃっかりと対価は高いよという認識を居並ぶ面々に刷り込んだ。
さらに、大臣クラスの国会議員や電力会社に貸しを作ることができそうである。そのメリットは、今後のことを考えるとものすごく大きかった。だから波留はもっともらしい芝居を最後まで続けていった。
「なるほど、確かに技術の流出は絶対に防がねばならんでしょう。対価に関しても田中会長が仰ることは尤もだ。国の立場だと補助金くらいしか対価を補う手立てはないが、額が額だからな……」
外務大臣が言い淀んだところで経済産業大臣が皆を見渡した。
「補助金では苦しくても原子力と比べたら格安でしょう。管理も楽であるし、万が一事故が起こっても放射能汚染の心配もほとんどない。リスクヘッジが必要ならその分を常識の範囲内で売価に乗せても充分以上に電力会社はペイできるでしょう」
経済産業大臣が電力会社各社の出席者に視線を飛ばすと、電力会社の面々がウンウンと頷いていた。どうしても核融合発電所が欲しいのだろう。
――チョロい。チョロすぎる。
波留は心の中で笑いが止まらなかった。いとも簡単に大臣級の国会議員と知り合い、ある程度の貸しも作れそうなのだから。
こうして電力関係の話し合いはもう少し続けられたが、それぞれが話を持ち帰って検討することになった。その後は実務者同士の調整になるだろう。
そんな感じで波留の計画は大きく前に進んだのである。




